26 先発デビュー
あー負けた
※和人視点
【午後6時 ナゴヤドーム】
スタメン
【横浜シーレックス】
一番 センター 梶
二番 セカンド ソス
三番 ライト 浪川
四番 レフト 筒号
五番 サード 宮坂
六番 ファースト ロベス
七番 ショート 山戸
八番 キャッチャー 戸羽
九番 ピッチャー 佐々城
【名古屋スネークス】
一番 センター 大下
二番 セカンド 姫島
三番 サード 高柳
四番 ファースト ビジエト
五番 レフト デルモンテ
六番 ライト 平良
七番 ショート 行田
八番 キャッチャー 小野奨太
九番 ピッチャー 小野雄大
いよいよ僕の初先発の日がやってきた
2位のラビッツとのゲーム差は未だわずか0.5とラビッツの試合結果しだいでは負けたら首位陥落の可能性がある重要なゲームでの登板となった
「あー、ドキドキするぅ...」
緊張して手のひらに人の字を書いて飲み込むと試合のスタメンマスクの戸羽さんが声をかける
「変に先発だからって意識せず中継ぎの時と同様に打者一人一人を打ち取ることを考えろよ。そうしてりゃ5、6回なんてすぐ終わる」
「は、はい」
戸羽さんからアドバイスをいただいたが僕の緊張の理由はそれではなかった
無論少しは初先発での緊張はあるが美波さんが見に来ているというのが一番の原因だ
もしも初回ノックアウトなんてなったら顔も合わせられやしない
「おい、ガチガチになってても力んで叩きつけるだけだぞ?いつも通りリリースするギリギリまで力感なくして打者の打ち気を削げ」
僕の緊張を少しでも和らげようとしてくれているのか浪川君もアドバイスをくれて僕の肩を叩く
「アドバイスサンキュ、浪川君も今日で30号乗せて僕の援護してね」
「お前が無失点ピッチングを続けたらな」
軽く会話を交わすと浪川君がバッティンググローブを着けて先頭の梶さんの打席を見つめる
まず横浜の表の攻撃は名古屋のエース、小野さんに三者凡退に打ち取られ僕の初先発マウンドがやってくる
投球練習ではいつも通りストレートとカーブ、そしてチェンジアップのキレを確認する
最後に外の低めのストレートを構えた所にズバッと決めるとよしっと小さく声を出して自分を鼓舞させる
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一方その頃美波は席で弁当を食べながら試合を観ていた
(あーん、佐々城さんが投げるのに前の人が大きすぎて試合がよく見えない...まぁ私が小さいのもあるけど)
横から顔を出したりしてなんとか試合を観ようとしているとその前の若い女性が美波に気づく
「あー、ごめんなさい。席交換しましょうか?」
「いえそんな!お気遣いなく...」
「そう言われても後ろでキョロキョロされるとこっちも気になるというか...」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて」
その女性の言う通りに席を交換すると美波が質問をする
「あの、失礼ですけど、何センチくらいあるんですか?女性にしては大きいような」
「170くらいです。でも対照的に弟は167でお世辞にも男にしては大きいとは言えないんですよ。まぁ、それが可愛いんですけどね。今あそこにいる...」
彼女の指差す方向にはマウンドで投球練習をしている和人がいた
「へぇ...ってえぇ!?さ、佐々城選手のお姉様なんですか?」
美波が驚きつつあまり周りを騒がせないために小声で質問する
「あ、はい。和人の姉の和美です。弟の初先発っていうから急いで空きのチケット買って...もしかしてカズのファンの方?」
「は、はい!あの打者を豪速球でねじ伏せる投球がカッコよくて初めて見てからずっと大ファンです。まぁそれたけじゃなくて顔も格好よくてカワイイのでそれも...」
和美が美波の可愛いという発言に大きく頷く
「うんうん!やっぱりそう思うよね!カズって可愛いわよねぇ!小さい体に小さくて整ってて可愛い顔!ほら、これ見て、昔のカズ。ほんっとに可愛いでしょ!」
彼女がスマホに入っている小学か中学ごろの笑顔のユニフォーム姿の和人の写真を見せてニコニコと笑う
喜怒哀楽全ての写真が細かくあることに恐怖を覚えながらも美波もその写真を見て少しうっとりする
「お、おお...確かにこれは可愛いですね...今にはない可愛さというか...」
「分かる?今は20越えてイケメン感出てきたけど、昔は女の子みたいにとにかく可愛いかったのよ~」
するといきなり嬉々としていた顔が少しスッと暗くなる
「でも、そんなカズにも彼女できちゃったみたいなの...まぁいずれは来るとは分かってたけど辛いものね」
異常な感情の変わり様にドン引きしつつ、その発言に天然な美波がドキッとする
「え、さ、佐々城さんて彼女いるんですか?」
(てことは私って...ただの遊ぶための女に過ぎなかったってこと?...ご、ごめんなさい佐々城さん。勝手に彼女になった気でいて...)
美波が勝手な解釈をして頭の中で謎の謝罪をする
「えぇ、オールスターの時に初めて話してからすごく仲良くなったらしくて。カズ曰く横浜育ちの横浜ファンで髪型が黒髪ロングで星形の髪飾りつけてて背が小さくて結構胸が大きい...って、これ...」
彼女が美波を見つめると、美波がはっとしてそれが自分だということに気づく
「え?...と、ということは...彼女って私?」
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二人がそんな会話をしていることを知らない僕はまず先頭の大下さんをセカンドゴロに打ち取ってひと安心して二番の高卒ドライチルーキーの姫島君と対峙する
姫島君はこれまで7試合に出場して.285 2本 7打点の成績を残し、高校通算65本スラッガーのポテンシャルを発揮している
まず初球高めの154kmを計測したストレートを放るとフルスイングの空振りでストライクを先行
空振りとはいえそのスイングの鋭さから大器の片鱗が合間見える
2球目はストレートが外に外れ、三球目のインローのカーブは空振りで追い込み次の球で決めようと戸羽さんがまたインコースにカーブを要求
納得いかない僕はそのサインに首を振り、インコースのストレートにチェンジしてもらう
そのサインに頷いて高卒ルーキー相手とはいえ手を抜かず力強く投げ込む
そのボールをカットしようとしたのかコンパクトに振ったバットは空を切らせ僕の先発での初めての三振を奪った
続く高柳さんも空振り三振で立ち上がりを三者凡退で切り抜けてベンチに戻る途中に少し笑みが溢れる
よーし、これで少しはカッコついたかな?
ベンチでは戸羽さんと投球内容について話し合い、次の回の作戦を立てたら声を出して応援して打線の援護を待つ
そして三回の表の攻撃、ワンナウトランナー無しでプロ初打席が回ってきた
バットにスプレーをかけていると坪田コーチに軽く背中を叩かれる
「佐々城、ランナーいないし気楽に振ってけ。ピッチャーなんだし凡退しても別に誰も責めないよ」
「はい、頑張ります!」
軽く素振りをして遂にプロで初めての打席に立つ
『そして、先発の佐々城が左打席に入ります。高校時代は名門の横浜商高で4番をつとめ通算49本の本塁打を放ち甲子園でも名を馳せたスラッガーだったという佐々城ですが、これは楽しみな打席ですよね』
『はい、かつては「小さなゴジラ」とまで言われていましたからね。その打撃が湿ってないといいんですが』
まず初球はストレートを見送ってストライク
よかった、思ったよりストレートはしっかり目で追えてる
2球目のワンバウンドしたフォークは見送りカウント1-1
そしてどの球にも対応できるように少しバットを短く持つと三球目はカウントを取るためかストレートが甘く入ってきた
チャンスだ、と狙いを定めしっかりヘッドを残してセンターへ弾き返す
ラインドライブ気味の打球はセンターの前に落ち、プロ初打席で初ヒットを放った
「よーし、ナイバッチ!」
と、一塁コーチャーの池永コーチに鼓舞されハイタッチをする
後続は繋がらなかったもののヒットを打ったことで投球も自然と勢いづく
4回には158kmをマーク、3者連続奪三振を奪うなど6回を終えて球数91球、10奪三振、無四球、被安打2、無失点の(自分で言うのもなんだが)好投でマウンドを降りた
しかし相手の小野さんも好投を続けお互いのスコアには0が並び、初先発での勝ち投手の権利を得ることはできなかった
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「あーあ、カズはいいピッチングしてるのに援護が0じゃあねぇ...」
和美がため息をつくとすかさず美波がフォローする
「で、でも、小野選手もいいピッチングしてますし、まぁ仕方ないような...」
「勿論小野さんはいい投手だけど大学でもちょこちょこしか打席立ってなかったカズが自らヒット打ってるのよ?それなのに、野手陣が援護無しってただの見殺しよ見殺し。カズの彼女ならちょっとはカズに同情してあげなさいよ~!」
「は、はい、すみません...」
しょぼんと落ち込む彼女を見て和美が少し焦る
「じょ、冗談よ!軽いジョーク。横浜のエースって昔から援護点が無いっていう系譜があるからきっとカズもすぐエースになれるわね。あー、でも人気出すぎで私の手に届かない存在にはならないで欲しい。姉として可愛がれるくらいが一番」
「そうですよねぇ、有名にはなって欲しいですけどあんまり有名になりすぎても悲しいというか...」
すっかり元気を取り戻した二人はまた和人について話まくった
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7回裏の守りは三島さんがきっちり三人で締めて8回表の攻撃に突入
これまで完封ペースだった小野さんの牙城が突如として崩れる
まず先頭の梶さんがストレートの四球で出塁すると、二番のソスも甘くなったツーシームを捉えフェン直のツーベースでノーアウト二三塁のこれ以上にない先制のチャンスメイク
そしてそのチャンスに打席に入るのは前の打席でライトへヒットを放っている浪川君
こうして見ると新人離れした威圧感を放っている
特にリーグトップの打率.363をマークするほど滅法強い得点圏では集中力が並の選手とは数段違う
「っしゃー、決めろ浪川ぁ!」
僕もベンチから声を出して彼を応援するが恐らく今の彼の耳に音など届いていないだろう
甘い球を確実に仕留めるビジョンを持って投手を睨み付ける
3球続けてボール球が続き、ノースリー
セオリー通りならここは見逃すが、ねじ曲がった浪川君はそんなことはしない
置きに行った甘いストレートを思いっきり引っ張り、レフトに強い打球を飛ばす
どうだ?とボールの行方をベンチから顔を出して見つめるが、惜しくも切れてファール
切れていなければ上段席に行ったんじゃないかというほどの大飛球に少しドーム内が一瞬静まりかえる
そして5球目、アウトコースの完璧に決まったであろうスライダーを上手く逆方向に弾き返し右中間を真っ二つに破る
ランナーは二人生還し、浪川君は俊足を飛ばして軽やかに三塁へ到達
欲しかった先制打だというのに相変わらず無表情だが三塁ベース上で噛んでいるガムを少し膨らませて小さくガッツポーズを見せる姿になんだかほっとする
その後2点を追加し8、9回も磐石なリリーフ陣で0封
ヒロインは無論決勝打の浪川君で、「勝てたのはいいですけど、本音は1打席でも早く打って佐々城に勝ちをつけてやりたかったです」と言ってくれたのが少し嬉しくて照れくさかった
なお、ラビッツはスワンズに勝利しゲーム差は開かなかった
横浜 000 000 040
名古屋 000 000 000
投手
横浜 佐々城ー三島ー無藤ー山崎
名古屋 小野ー藤島
本塁打
無し
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この後バスで横浜に戻るシーレックスの選手たちをファンが出待ちをする
「浪川くーん!ナイスバッティング!」
浪川に対する黄色い声援に不満を持つ和美はより大声を出す
「カズちゃーん!ナイスピッチング!可愛いー!」
それに気づいた和人は姉が来ていることに少し驚いてばつが悪そうに頭をかく
そして美波と目を合わせて小さくピースサイン
美波もそれに応じて微笑む
お、彼女か?とチームメイトにいじられながらバスに乗り込み横浜へ出発する