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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
3章 ペナントサバイバル
25/65

22 凡才エリート


試合後のロッカーで名和が浪川に笑顔で話しかける


「よ、浪川。今日は見事なホームランだったね」


打たれた選手にわざわざ声をかける名和のメンタルに浪川が呆然とする


「なんで負けたのにヘラヘラしてんだよ...つーかあれはお前があんなど真ん中放るからだろ?あれじゃ打った気にならん」


「完璧主義のお前はそう思うしれないけど失投とはいえあんなとこまで飛ばされちゃこっちはショックだよ。正直話しかけたくもないくらい」


その発言に浪川が名和の行動に余計に疑問を抱く


「ならなんで俺に話しかけてきた?ひょっとしてお前もバカなのか」


「あはは、恐らく佐々城よりはバカじゃないよ。それに話しかけた理由はこれ」


「誰も佐々城とは言ってねぇけどな」


そっか、と笑うと浪川にスマホの写真を見せる


それには少しクールそうな細身で若干白に近い黒髪ロングの女性が写っていた


「この人こないだ会ったんだけど浪川の知り合いだって言うからちょっと聞こうと思って」


暫く写真を見つめるとあっ、と思い出す


「こいつ...優香里か。安里優香里(あさとゆかり)。高校の時から全然変わってねぇ」


「やっぱ知り合いなんだね。てか僕名前もなにも聞いてなかったんだけどこの子誰なの?」


「大坂学蔭の野球部のマネやってた同級生だよ。詳しく言うなら俺の元カノだな」


「へぇ、浪川にも彼女いたんだぁ。そんでこの子のどこがよかったの?確かにスレンダーでかなり美人だけど」


名和がニヤニヤすると浪川が呆れてため息をつく


「ただの一瞬の血迷い。性格なんて全くタイプじゃねぇしな。しかも俺が早田大行くって言ったら遠距離が嫌だって別れた」


「なるほど、だからこの子元カレの浪川に会いたがってるのかな?連絡先聞いてないから全然どこにいるかも知らないけど」


「ふーん...ま、正直どうでもいいけどな。用件はそれだけか?」


「あ、うん。それだけ。明日も頑張ってね」


「あんたらを負かす程度は頑張るから安心しろよ」


浪川が捨て台詞を吐いて荷物を背負い直してホテルに戻った


結局タイガースとの三連戦は2勝1敗とカード勝ち越し、苦手球団に一矢報いた


そして時は経ち7、8月が終わり3位のカールに12ゲーム差の大差をつけ首位ラビッツとのゲーム差も1.5と2球団の優勝争いで勝負の9月に入った


7月月間MVP 山崎 0.00 12S


8月月間MVP 佐々城 0.64 1勝 10HP


【9月1日 午後2時 横浜スタジアムロッカールーム】


「うわぁ...なんでそんなん見つけるんだよぉ...」


ロッカールームの端でスマホの画面を見て悶々とする和人に田中が不自然に思い声をかける


「どうした?そんな端っこで」


「え、い、いやなんでもないですよ」


明らかに焦っている様子から和人に良いことではないんだろうと察する


「ほーん...スマホ見せろよ」


「な、なんで見せないといけないんですか」


「ルームメートのよしみだよ。なんか隠されてると気持ち悪いし」


「...絶対笑わないでくださいよ」


渋々見せたスマホの画面には大学祭に女装した和人の写真が姉の『和人の部屋漁ってたら見つけた!かわいー』というコメントともにラインに送られていた


「あ、お、おう...」


「なんすかその微妙な反応!せめて笑ってくださいよ!」


「いやぁだって普通に似合ってるからさぁ...なんとも反応しづらい」


「え、友達も言ってたんですけどそんなに似合ってますか?」


「うん、普通に居そうな感じするわ。まぁ顔が顔だしな」


「ふーん....」


和人が頷くと田中の顔をじっと見る


「田中さんは...なんか特徴無いですよね。失礼かもしれないですけど顔だけじゃなくて選手としてもすんごい地味というか」


「なんだ、地味で悪いか。地味だって悪いもんじゃねぇよ。下手に注目浴びないからエラーとか三振しても悪目立ちもしない。まぁその分いいプレーしても目立たねぇけど」


「確かに田中さんって成績だけ見たらまぁまぁですけどバントはほぼ失敗しませんし勝負強いんですよね。いろんなとこそつなく守ってて超便利屋って感じ」


和人の言う通り成績は.268 4本 24打点と飛び抜けた数字はないものの得点圏打率は.312、守備でも臨時で捕手をやったりと影でよく働いていた


「うーん...まぁ本当は便利屋止まりじゃダメなんだろうけど、俺としてはこのポジションで長い間プレーできたら十分かなって思うわ。俺にはソスほどのパワー無いし、勝る要素だって守備走塁くらいだろ。あいつにはそれを差し引いても軽くお釣り来る打撃があっからな」


田中の持論に近くにいた同い年で代打の切り札の矢野がと頭を掻く


「まぁ、言いたいこともわかるけど始めっからレギュラー諦めてたらモチベーション下がるくない?俺は今はまだ代打の切り札だけど近い将来レギュラーはおろかあわよくば4番だって狙ってるし」


「そりゃお前にはサミネス監督も認めるパワーがあるからな。俺には良い意味でも悪い意味でもクセがないからレギュラーとかには向いてないよ。時々スタメンくらいがちょうどいい」


「...まぁお前がそう思うならそれでいいんじゃないかな?でももったいないよ。解説者の人とかお前のことしょっちゅう高く評価してるのに」


その話に田中が笑って帽子を深く被る


「所詮リップサービスだよ。てかそんなことよりそろそろ練習しようぜ、将来のエースと4番さんよ」


両チームスタメン


【横浜シーレックス】


一番 センター   梶田

二番 サード    宮坂

三番 ライト    浪川

四番 レフト    筒号

五番 セカンド   ソス

六番 ファースト  ロベス

七番 キャッチャー 伊東翔 

八番 ピッチャー  神茶谷

九番 ショート   倉木


【東京ラビッツ】


一番 セカンド   吉河尚

二番 ショート   坂木

三番 センター   丸山

四番 サード    岡

五番 ライト    亀谷

六番 レフト    グレーロ

七番 キャッチャー 尾城

八番 ファースト  中嶋

九番 ピッチャー  菅沢


【午後6時 横浜スタジアム】


『さて今日の横浜の先発は神茶谷。前回のスワホーズ戦での登板では7回2失点の好投で6勝目を挙げました』


ライトを守る浪川が遠目に神茶谷のピッチングを見る


(今日の神茶谷さんのデキは悪くなさそうだな。問題は菅沢さんから俺ら野手陣がどんだけ点とれるかどうかか...)


プレイボールがかかり球場が盛り上がる


そして興奮の覚めやらぬ4球目のスライダーを吉河が引っ張り右中間に飛ばす


ライナーに近いフライでほぼヒットになるであろうその打球を浪川が横っ飛びでノーバウンドでギリギリ掴む


『と、捕った捕った!捕りましたアウト!これはライト浪川のファインプレー!吉河も上手くスライダーを引っ張ったんですが...ヒットを一本損するような形になりました』


『いやー素晴らしいですね。この打球判断の良さは球界随一でしょう。これが広い守備範囲を生む秘訣とも言えます。この守備でも本業は捕手で更にあの打撃でしょう?いやぁ今までいろんな凄い新人を見てきましたがやはり彼は別格ですよ』


(うーん...もっと早く動けてたらちょっとは余裕でキャッチできたかもしれない)


解説者の絶賛と球場にいいぞいいぞのコールが響く中浪川がグローブをじっと見て一人反省をする


そしてこの浪川の好プレーもあり神茶谷は初回を三者凡退に抑える


しかしラビッツの先発の菅沢も好投を見せ、試合は0が多く並ぶ投手戦になる


どちらも打線を寄せ付けない投球を続けていたが7回裏、その均衡を破るチャンスがシーレックスにやってくる


先頭のロべスがレフト前ヒットで出塁して流れを作ると七番の伊東翔が打席に立つ


そしてベンチ内では次の神茶谷の代打をどうするか話し合っていた


「僕はこの場面磐石に矢野で行くべきだと思いますが...サミネス監督はどうですか?」


「私は今日は田中で行くべきだと思いますね。彼はこういう場面で下手に固くならず柔軟な打撃をしてくれるでしょう」


「監督がそういうならそうしましょう。田中!」


打撃コーチの坪内がベンチ裏で素振りをしている田中を呼ぶ


「はい?」


「ここ伊東が出たらお前いくから準備しとけ」


「あ、はい。わかりました」


田中の軽い返事に坪内が感心する


(なんであいついっつもあんなに平然としてんだ...到底ルーキーには見えん)


そして伊東がフォアボールで出塁し代打の田中が送られる


そしてベンチを出ようとする田中を浪川が呼び止める


「今日の菅沢さんはスライダーが凄いキレいいです。でもその分ストライク入んないっぽいので捨ててなんか狙い球しぼった方がいいですよ」


「なるほど、わかった」


「あ、ちょっと待って下さい...最低限ランナー進めて勝負強い倉木さんに回してくださいね。ゲッツーとか論外ですから」


浪川の軽い煽りに田中が苦笑いをする


「はは、あんま俺舐めんなよ?こう見えて社会人の時に全国大会決勝で逆転サヨナラ打ってMVP取ってっからな。正直この程度の緊張なんかあの時と比べちゃ生ぬるいもんだよ」


田中の普段見せない鋭い眼差しで浪川が言葉を詰まらせる姿に無言で微笑んで肩を叩く


(ま、安心しろよ天才さん。こんなでかい口たたいてるけど俺はあんたほどの身体能力も力もない凡才だからな。だから勉強しな、凡才の野球ってもんを)


そう心の中で呟いて田中が打席に立つ


まず1球目の外のストレートを見逃してボール、2球目の外のスライダーも見送り2ボールといきなり打者有利なカウントに持っていった


3球目のカーブを見逃しストライク、4球目のストレートをファールとカウントを2-2とした


そしてその後もカットを続けてフルカウントで12球目を迎える


菅沢としても122球目とこの回での交代が濃厚になった


そしてその疲れからかシュート回転して少し甘くなったストレートを待ってましたと言わんばかりに上手く流し打つ


『左中間に持っていったー!前進守備をとっていた外野を転々と転がる!その間に先制のセカンドランナー、ファーストランナーホームイン。あ、そして田中は二塁を蹴って三塁へ向かう!返球はどうだタッチはできない、セーーフ!田中先制の二点タイムリースリーベース!』


悔しそうな顔の菅沢の横で田中がベンチへ向かってガッツポーズをする


(どうだ浪川、粘って粘って狙い球を待つ。これが凡才の野球ってもんだ。)


ベンチの浪川は無表情ながら手を叩いて感心する


そしてブルペン内の和人もグローブを叩いて喜ぶ


「おっしゃー!やっと点とったー!」


ブルペンコーチに軽く叱られる


「喜んでる場合じゃないぞ。お前はよーく次の回の準備しとけ」


「分かってますってー」


和人が少し口を尖らせて肩を温める


この後倉木のタイムリーと浪川のタイムリーで2点を追加してあっという間に4-0とリードを広げた


守りでも8回に和人が先頭バッターを出しノーアウト1塁の場面でセカンドの田中に強烈な打球を襲ったが、あえて弾いて体の前に落としセカンドにフォースアウト、更に打者があまり足の速くない岡だったためファーストもアウトでゲッツーにするという解説者も褒める地味だが高い判断力を見せるプレーがあった。そして9回も山崎が無失点で抑えてシーレックスは完封リレーで勝利し、トップのラビッツとのゲーム差を0.5に縮めた


神茶谷も7回無失点の快投で今シーズン7勝目を挙げた


東京 000 000 000

横浜 000 000 40X


投手

東京 菅沢ー田垣ー利根

横浜 神茶谷ー佐々城ー山崎


本塁打

無し


試合後、ロッカールームで浪川が試合中にセカンドに行ったときにショートの坂木に話された事を思い出す


『あ、坂木さん。2ヵ月くらい言い忘れてたんですけどこないだ焼肉奢ってくれてありがとうございました』


『あー、いいって...それよりホームランダービーん時ほんと悪かった。何も事情も知らずにすまん』


『え、何の事...』


プレイがかかったため話が途中で途切れてしまったため浪川は坂木がなにを謝罪しているのか聞けずモヤモヤしたままだった


しかしホームランダービーという単語からあっ、と不意に思い出す


(あぁあの話か。別に坂木さんが悪い訳じゃないし恨むつもりは毛頭もないけどな)


すると浪川が違和感を感じて動きが止まる


(ちょっと待て。じゃあ坂木さんは俺の親父の話を知ってる...へぇそうか、自分の選手には喋るんだな。世間には長らく隠してることをこうも簡単に...!)


唇を噛み締めてロッカーをバンッと強く閉めたせいで周りから視線が集まる


「ど、どうしたの浪川君?」


「あ?...なんでもねーよ」


和人の心配を余所に怒りが収まらない浪川は早々に寮に戻ってシャワーを浴び早めに睡眠をとった

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