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Sense it. There is it in things seen.

短編

 

 女子トイレって独特のにおいがする。臭いのは臭いんだけど、男子トイレとはまた別のにおい。湿度に含まれたそれが、換気扇の作りだす風にかきまぜられて溜まっている。

 電気が点いていなかった。水色のタイルがくすんでいて、床にはトイレットペーパーが一枚こびり付いていて汚い。でもスリッパはきちんと整頓してある。

 ああ、あれだ。俺はここの空気がこもっている原因を見つけた。窓が開いていないんだ。あの窓枠とか鍵とか、ちょっと錆びてて触りたくないカンジだから誰も開けなかったんだろう。女子って変なところで潔癖だ。


「何してんの」


 プラスチック製の、穴があいた茶色いシート。そこは上履きかトイレのスリッパかでいうと前者を履いている部分。その壁際に、知らない女子生徒が座り込んでいた。背中を壁に預けて、右足は立てているけれど左足は投げ出していた。上履きもトイレのスリッパも履いていなかった。

 彼女は俺が入って来てからも、しばらくこちらを見ずにずっと思いつめたような瞳で個室のある方を眺めていた。実際思いつめていたのかそうでないかは知らない。セーラー服の紺の襟が薄汚いタイルに擦りつけられているのとか、長いスカートがあまり綺麗とは言えないシートの上に広がっている、それは俺にしてみればちょっとおぞましいくらい品のない状況だったんだけど、磨りガラスの窓から届けられる一定の明るさに照らされたその姿は、不快感を拭うほどにはある種の神秘性を持っていた。

 ほとんど首を動かさず俺を視界に捉えた彼女は、間をおいて「何してんの」とこっちの言葉を鸚鵡返しに口からこぼした。


「…点検。窓と、スリッパと、ペーパーと…あと電気の。」


 俺って環境整備委員だからさ。週交代でこういう当番回ってくるんだけど、同じクラスのやつは仕事しないからこっちの点検もやんなきゃいけないんだ。そういう事情は口にはしなかったけど、相手は興味無さげにふぅんと呟いただけだった。

 覗きだ何だと騒ぎたてたりしないタイプで助かった。俺だって好きでこんなとこ入ってるわけじゃないんだから。


「で、そっちは何してんの」


 再度問いかけると、彼女はこっちを見たのと同じ鈍さで正面に視線を移し、しばらく何も言わなかった。トイレのにおいが嫌で口で息してたけど、ふと甘い香りを感じて俺は何気なく流しの横のごみ箱を覗いた。ティッシュとかトレイットペーパーの包みとかに混じって、舐めかけっぽいピンクの飴がぬらぬらと光っていた。(女子ってサイアク)


「生理」


 自分が問いかけたのも忘れたくらいに、女子が返事した。きょとんと見返して、思い出して「あー、そう」と言ったけど、どうも彼女が言ったことはさっきの質問の答えになっていない気がしてきたので、それで、と先を促してみた。


「痛いんだよね」

「…あー、…」

「だから考えてたの」


 そう言ったきり、また彼女は口を閉ざした。なんだそれ。意味分からん。

 次の言葉を待つのも不毛だと思って、俺はペーパーの点検に入った。いつもはちゃんとホルダーに嵌まってるか確認するだけだけど、今は夏休みだから掃除がなくて、切らしてる事がある。でも昨日の様子から考えると多分足りてる。男子みたく無意味に引きだして遊んだりしなければの話。

 一番端まで見て、ついでに窓の鍵も見て引き返す。もう一度さっきの女子を見ると、若干俯き気味になっていた。


「女子だからって、何で痛い思いしなきゃいけないの、か」


 まだ話が続いていたことに驚きながらも、俺はもうそれについて返すつもりはなく、スリッパを履き換えて出て行く気満々だった。

 女子のこういうところが嫌いだ。そりゃ、生理痛とかちょっと気の毒だとは思うけどさ。どうせ大したことないくせに体育休んだりとか、甘えすぎだろ。

 なんか微妙に腹が立った。前々から思ってたけど、こんな苛立ちは感じた事がない。さっきこの女子に感じた神秘性の答えがこれだったのが残念すぎたのかもしれない。何も言わないつもりだったけど、あまりにも苛々していたので手を洗いながら「男子だって、女子が持ってない痛みイッパイ持ってるよ」と言ってやった。

 鏡越しに相手を見ると、最初見た時と同じ方向を向きながらその口が呟いた。「ひとりにしてくれる。」

 一人にするも何も、こっちはもう出て行くつもりだったっていうのに。



 After all, we can't understand each other.


 ——Can we?

20100801

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