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せかい

掌編

 

 ——は生まれた。

 2000年のことだった。

 ——は比較的脳の発達が早かったようで、喋るのも立つのも兄さんより早かった。

 けれど——が自我を持っていくにつれ、精神障害のあることに周囲が気付いた。

 人々のことを覚えていないのだ。

 本当の母親を素通りして、どこかの奥さんに「母さん」と呼び掛けたりした。そして決まってその奥さんは、まるで——の本当の親のように応答する。

 姉さんなどいないのに姉さんを探していたり、テレビに映った犯罪者の顔を見て「父さんだ」と言ったり、大体——はすぐ自分の名前を忘れる。


 それから——の周りでは数多くの奇妙なことが起こった。

 さっきの母親の話もそうだけれど、——が母だと言えばその人が母になるし、——が林檎をパイナップルと呼べばそれはパイナップルなのだ。

 そして——の周りの人も——自身も、突如消えたり現れたりする。酷いときは他人の中に——がいることもあった。


 これはとても厄介であり、ご近所の平和のために——は精神病院の隔離室に入れられた。

 けれど——は忽然といなくなる。

 鍵をかけても誰かが見ていても駄目だった。知らぬ間に、部屋の外へと行ってしまう。

 これを探すのはとても厄介で、——が通っていた学校や——の家にいるならまだいい。酷いと——も——の親も知らない土地にいることがあるのだ。結局その地で人を消したり出したりするし、橙をメロンに変えたり天気予報を大幅に覆したりしてしまう。


 そんな日々が続いたあるとき、隔離室に見舞に来ていた——の母親は、——の口からこんなことを聞いた。


 なんだ、これは 夢か


 その瞬間、母親は——のすぐ傍にいたので気付かなかったが、——の立っているところを中心にして宇宙は端からとてつもない速さで消滅していた。やがて消滅は太陽系に突入し、地球以外の星を消した後、地球は——のいる場所の裏側から消えはじめ、隔離室の外まで消えた。

最後に——がひとつ目を閉じて、自分の名前を思い出すと、隔離室も——の母親も消滅した。

20100715

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