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cry

短編

 

「いちかって、本当に俺のこと好きなの?」


 何を言われたのか、その瞬間全然分からなかった。

 告白されたときとそっくりな言葉で、ともき君はそう言った。


「…どう、して……そんなこと言うの?」


 言葉が掠れる。窓を背にして机に座っている彼は、逆光で表情がわかりにくくて、暗くて、怖い。

 時間が止まっているみたいだった。世界には私と彼しかいないみたい、だった。

 その彼があからさまに溜め息を吐いたから、私は一層緊張した。


「俺に何隠してるんだよ」

「……かっ…かくしてなんか、」

「隠してるだろ。本音とか」


 違う。違うよ、私は、隠してるんじゃなくて言い出せないだけ。

 ぐるぐる胸の鼓動に合わせて言葉が駆け巡るけど、声になってくれない。

 ああ、だからだよね。私が何も言えないから、だからともき君は、私のこと嫌いになっちゃったんだ。

 ここ数日の素っ気なさに納得して、同時に泣きそうになる。やっぱり私じゃ駄目だった。


「なんでいちかは俺に喋らないの?」

「………」

「嫌われるのが怖い?」

「………」

「…でも違うだろ、彼氏彼女ってことは、互いに安心できる関係でいいはずなんだから」

「……。」


 互いに安心できる関係。

 ともき君が「付き合っている関係」をそんなふうに考えていたなんて、知らなかった。

 確かに私は、嫌われるのが怖くて、傷付くのが嫌で、意見できない。

 でもそれだけじゃない。本当に、苦手なんだ。声を上げようとすると頭が真っ白になっちゃって、みんなの視線が何を孕んでいるのかわからなくて怖くて、だから私は喋れない。

 最近はすごく頑張っていた方だ。自分から話掛けたりとかメールとか、ともき君ともっと話したくて積極的にやっていた。


(でもやっぱり、受け身だったよね、)


 考えれば考えるほど、胸が痛くなって遂に涙がこぼれた。

 しゃくりあげる私に、ともき君は面倒臭そうに「泣くなよ」と言った。


「泣くなら理由言ってから泣いて」

「…っ…う…」

「……何が嫌なのか言えよ」

「……ふ、…ぅ…」


 私じゃ駄目なのが、嫌。このままおしまいになりそうなのが、嫌。

 でもどっちも嗚咽に押されて出てこない。

 せめて何か言葉をと思ったけれど、何も思い付かなかった。

 やがて我慢ならなくなったのか、ともき君は机から下りてその机の足を蹴った。

 びっくりして私は身を縮める。


「大体さ、お前彼女らしいこと何ひとつしてねぇじゃん。帰り誘っても逆方向だとか言うし、遊びに行こうつっても嫌だっていうし、一回でも俺に『好き』って言ったことある? ないだろ!」


 だって、だって送ってくれるって言ってくれても逆方向だから悪いなって思って、

 遊びに行くにしても私こんなだから、行っても多分楽しくないって、そんなつもりで、


 彼の激した声を聞きながら、頭の中で必死に言い訳しながら、また別のところで酷く冷静になった私を感じる。


 これが、本音?

 彼が私に言って欲しかったことなのかもしれない。


(『好き』って口にしないのは、)


 恥ずかしくてとても言えないと思ったから。

 ただでさえあんな感じなのに、そんな言葉舌に乗せる勇気がなくて。


 私は涙を何回も拭きながら、なんとか言葉を紡ごうとした。


 でもちょっと遅かった。


「……帰る」


 言うなり鞄を肩に掛けたともき君は、まだ泣いている私の横を擦り抜けて教室を出て行ってしまった。

(結局、)

 結局。


(何も言えなかった。)


 落ち着き始めていた胸の痛みがまた酷くなって、折角泣き止もうとしていたのに涙の洪水は勢いを増してしまった。



 嗚咽の教室に、電子音。

なんだろうと顔を上げると、私の後ろの机に乗った鞄の中で携帯が光ってる。

 メールだ。しかも、さっきの着信音はともき君。

 急いで携帯を開いてメールを見る。


『さっきは怒鳴ってごめん。

 今更だけどさ、ずっと気になってたから答えて欲しい。

 付き合うことになったとき、俺「もしかしていちかは俺のこと好きなの?」って聞いたじゃん。

 いちかは口下手だから、もしかしてあの時、変に否定が出来なくて頷いたんじゃない?

 だとしたら、迷惑だよな。

 そうじゃなくてもいいよ、別れたいかどうか教えて』


 メールの本文を読んで、私はどうしよう、と思った。

 その解釈は全くの誤解で、私は確かにあの時より前から彼のことが好きだった。だからあの問い掛けは、想いを繋ぐきっかけをくれたあの言葉は、私にとって凄く大切なものだったのに。

 それに、私は今でも、


 まだそんなに時間は経ってないはず。携帯を放り込んでから鞄を持った。頑張って走れば、追い付くかもしれない。

 念のため、と思って窓から昇降口の方を見ると、校門に向かって歩いて行く男子生徒の背中が見えた。

 どうしてだろう、それが君だってわかったのは。


 窓を開ける。

 今呼べば、声に出せば、

 君はまだ振り向いてくれる?


「——…っともき君!!」


 精一杯の声で、私は叫んだ。その瞬間つむった瞼を上げると、こちらを見上げる彼の姿が目に写った。


「…わ…私っ…違うよ! …私は、否定出来なかったんじゃなくて…!」


 ちゃんと声に出すから

 聞いていてね



「私は! ちゃんと、

 ずっと…!

   ともき君のことっ…!


 大 好き だから……!!」




『叫んでも叫んでも本当は足りないくらい、』

(大好きだよ)

20100614

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