処刑台
短編
「死刑執行人」のその後
手足の枷を外して、指定のコートの大きいポケットに突っ込む。もう既に死後硬直を起こして真っ直ぐな体を、担架の上で引きずってきちんと乗せ直した。
頭側に移動しながら処刑台の外側にいるはずの同僚を呼ぶ。
「連夜ー。おーい、運ぶぞー」
「代企先輩? 前から思ってたんですけどこの穴、なんですか?」
顔を上げると丁度、横長の細い穴から連夜が両目と人差し指の先を覗かせているのが見える。代企は一瞬、「ああそんなものもあったな」と随分以前を振り返るような気持ちにも、「なんでこいつ知らないんだ?」と現在の当たり前の常識を聞かれた気分にもなった。
「ああ、それな。昔はこう、」言いながら水平にした右腕を、体の向きを変えつつ連夜側の穴と反対側の穴を繋ぐ。「板通してたんだよ」
数年前からこの国の死刑の方法は変わった。
とは言っても絞首刑であるのは相変わらずで、実際変化したのはその執行方法だ。固定されたロープに首を通した罪人の足元の板を引き抜くやり方から、機械でロープを巻き取ることによって台の下にいる罪人を引き上げる方法になり、執行人は多少作業が楽になり、整備の時を除いて処刑台が台である必要はなくなった。
これらのことを説明すると、穴の中で連夜が眉を寄せた。台の内側までやってくるので死体を運ぶ気になったかと思ったらそうでもないらしく、処刑台の構造を一通り眺めた後、うなる。
「物理的に非効率ですよね」
「さすが先進国出身。なんか難しいこと言ってんじゃん」
確かに連夜の言う通りではあった。処刑される人間の体重が掛かるはずだから、板もそれに耐えうるだけの厚さだったし、木製だから当然重い。それを一人の男が引くのだから、相当な手間だっただろう。あいつもよくやってたもんだ、と代企は呆れる。今となってはリモコンのボタン一つで死刑は執行される。
そもそも機械がなくとも引き上げる方法で出来るはずだったし、現在の処刑で警察が処刑台の外から罪人に銃を向けて万一の脱走を妨げていることから考えても、深い段差であったとはいえ首にロープを掛け、手足に枷をつけただけの罪人を一人残して執行人は台の下に回るなんて警戒が薄いにも程がある。相手は重罪人、質によっては脱走が可能な者もあったのではないだろうか。
「昔の王様が引き上げるより落とすほうが楽しいからこういう構造にしろって、そう言ったっていう話もあるんだけどな」
「馬鹿馬鹿しい。こんなじゃ、一人くらい逃げてもおかしくないじゃないですか」
「正論だけどな」
「大体、こういうひらけたコロッセオみたいな場所を選ぶ理由もわからないですよ。公開するならまだしも」
次から次へと文句を連ねる連夜に対して代企は苦笑する。死刑執行が終了したとはいえ、処刑場にはまだ警察がいた。代企たちは単なる死体処理係で、刑を執り行うことに関しては本来無関係であるため、口出し出来る立場ではなく、あまり言うと執行係の目の敵にされかねない。ただでさえ連夜は他国の出身だし、それとは別に、表面上では目立った不和はないにしろ、とくに現在は関係が悪かった。
しかし正義感の強い彼のことだから、文句を言いたくなるのも無理はないだろう。連夜は犯罪を酷く憎んでいる節があった。出身国の治安のせいかもしれない。彼の国は殺人犯が夜間を掌握しており、下手に夜に出歩けば死ぬらしい。代企からしてみれば冗談のようだったが、死刑となる罪状の幅が広いことを考えるとこの国の刑法も大概冗談のようではある。
「殺すんなら確実に殺さないと。逃げられるようなやりかたじゃ意味がない」
「お前怖いな」
「安心して見てられないのが嫌で。俺は罪人がきちんと裁かれるところを見たくてわざわざこの国のこの職を選んだんです」
それが怖いんだよ、とは言わなかった。死刑を安心して見たいという心境もどのようなものなのだろう。(そんだけ、ろくな治安じゃなかったってことなんかな)
「でもま、今は引き上げだし、先代の執行人のときは板抜いてたけど脱走とかはなかったからいいだろ」
「先々代とかその前はあったってことですか」
「さあねえ。……あ、でも、先々代は執行人は二人だったって聞いたな」
「二人?」
少し考え込む。代企も本当に今まで忘れていたが、確かにそういう話を聞いたことがある。記憶を遡れば、自分が初めて罪人処理の仕事についたときに、年配の同業者の長ったらしい説明の中で聞いたような気がした。
つーことは側久んときだけか、と呟き、長いことその名前を口にしなかったための違和感を抱いた。ついでに、余計なことを言ってしまった気分にもなった。なぜか瞬間的に、疑いをかけられ職を追われたある同期生の、非難の視線が思い出される。
かわく?と首を傾げる後輩に、「先代の執行人。そんときだけだな、板抜く方法で脱走防止に銃向けてなかったのは」と大した根拠もなくいい加減に説明した。連夜はへえ、と気のない返事をしてから、それより先輩、と急に話の流れを変えた。
「運ばないんですか、これ」
「誰のせいで作業が止まってたと思ってんだよ」
そう言って冗談を笑い飛ばす。笑い飛ばしながら、「これ」とか言ったらあいつは嫌がりそうだなと思っていた。
20120122




