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第16話    暗雲ロンリネス



「起きてったら」


「んー・・・」


「姉さん」


「・・・・・む・・・・・」


寝ぼけている時ではさすがの柚奈でも、今聞こえた二つの声が別の人物だとはわからない。

和音と和葉は時間になっても起きない姉を起こしに来たのだが、姉を機嫌よく起こすのは至難の業だ。

もしも下手して姉の機嫌を損ねてしまったら、その末路は想像したくもない程に恐ろしい。

それでも思わず想像してしまうこの双子の脳裏には、同じ地獄絵図が描かれていた。


「これでいきますか?」


「よし」


今朝の朝ごはんにあった唐揚げを姉の顔の近くに持っていく。

すると、うっすらと姉が目を開かせた。


「・・・・・・美味しい匂い」


「ほら、美味しい朝食が姉さんを待ってるよ」


姉は無言でのっそりと起き上がる。

よし、と双子は同時にガッツポーズをして任務の成功を喜んだ。

そして姉がベッドに座ったまま唐揚げを口に入れるのを見て、再び寝ないようにと和音が念を押す。


「誠に申し上げにくいんですけど、今日のお約束を覚えていらっしゃいますでしょうか」


「約束?ああ、買い物でしょ?」


「僕達二人とも午後の三時からは部活があるので、なるべく午後にずらしてもらいたくないんですが」


「別にずらさなくてもいいじゃん」


「時計をご覧になって下さい」


「何よ」


そう言って、和葉が横からすっと差し出した時計は、ぴったり11時を差していた。

うつろだった柚奈の目が、ぱちくりと開かれる。


「えーーーーーー!!!」


姉の叫びに弟は二人並んで冷静に耳を塞ぐ。

柚奈は飛び起き、クローゼットを勢いよく開いた。


「ちょっ、あと1時間しかないじゃん!!」


「姉さん、わかってる?俺等もう靴に足入らないんだって」


「ちょっと悪いけどそれは明日に」


「サンダルで部活に行けって?」


同じ顔が二つ、柚奈を見つめている。

先週からずっと靴の事は言われていたのだが、京都研修から帰宅した直後だったので来週まで待ってくれと言った。

疲れている姉を見て渋々承諾し、そしてキツい運動靴で今週はなんとか部活を乗り切ったと言うが、もう限界らしい。

どんだけ成長速いんだよって話だが、それは自然の摂理であり仕方が無い。


「先週からずっと我慢してたのに」


「してたのに」


「また延期ですか?」


「ですか?」


よくこの双子は姉を責める際にこの手を使う。

同じ顔が同じ事を連呼すれば、姉の心は確実に苛まれていく。

双子は無表情で姉に訴えた。

そして、柚奈は折れた。






玄関の扉に手をかけた瞬間、ふと気付いた。

そういえば、柚奈の家を知らない。


自分らしくない、と前髪をかきあげる。

もう約束の時間まで30分を切っている。

美依なら柚奈の家を知っているだろうと、場合によってはそこまで送ってきてくれるかもしれないと慌ててメールする。

靴を脱いでリビングに戻り、美依からの連絡を待っていると、すぐにメールの受信音がなる。

急いで開くと、それは美依からではなく、柚奈からのメールだった。



本当、ごめん。

急用が入った。

明日じゃダメ?



今どきの女子らしくない絵文字無しのメール。

しかし、まあそれも柚奈らしいし、もしかすると単に急いでいただけなのかもしれない。

急に気が抜け、了解のメールを送る。


予定が空いてしまったな。

そういえば、今日は蓮と聖斗が服を買いに行くと言っていた。

今からでも間に合うだろうか、と二人に桐はメールを打った。








「これなんかいいじゃん!」


「俺は赤がいい」


「同感」


「ちょっとお姉さんのセンスに文句つけないでくれる!」


黄色のTシャツを握って離さない柚奈と、赤いTシャツに持ちかえさせようとする和音と、隣でパーカーを物色する和葉がいた。

結局、桐とのデートを断って弟の買い物に行く事になった。

最近どんどん成長していく弟の衣服は、半年に1回は買いかえなければならない。

この調子だと、高校に入るころには身長は180ぐらいいくのだろうなあ、と柚奈は弟を見上げる。


「俺、向こうでジーンズ見てくる」


「了解。姉さんは俺に任せて」


「どういう意味よ」


和葉はこのままでは部活に遅れると思ったのか、とりあえずTシャツは和音に任せてジーンズコーナーへと向かった。

この双子が衣服なんかを共有する理由は、スリーサイズが同じだという事と、好みが全く同じだという事にある。

自分が好きなものを買えば、相方もそれが好きなのだ。

この世の双子がみんなそういうわけではないのだが、この双子は名前以外は全て同じに思えるほど全てが一緒だ。


「黄色って目立つじゃん。こっちの赤と黒のやつが絶対いいって」


おまけにこの双子は顔がいい。

背も高いし体格もいいし、大きな瞳に長い睫毛、通った鼻筋にニキビもシミもない綺麗な肌。

柚奈も異性には好かれるが、弟のモテようとは比べものにならない。

しかし、だからなのか弟はそれ以上目立つ事を好まない。


「目立ってなんぼ!」


「拒否」


で和音と二人言い合っているTシャツコーナーの裏側、ジャージのコーナーに見た事のある3人がいた。

だが、お互いにまだ全く気づいていない。


「休日とかさ、寝て起きてそのまま着替えずにごろごろ過ごしてちょっくら外に買い物に行っても変じゃないジャージが欲しいんだよね」


「着替えりゃいいじゃねーか」


「僕も同意見です」


「だっから、その手間が省ける魔法のジャージを・・・」


「俺、Tシャツ見てくる」


「僕も」


「ちょっとちょっとお待ちなさい!お2人さん!」


さっさと歩いて行ってしまう桐と聖斗を慌てて蓮が追いかける。

隣で聖斗が笑う中「薄情者!」と蓮はわざと泣きべそをかいている。

阿呆かと一喝して、さっさとTシャツコーナーへ行こうと角を曲がろうとしたとき、ふと覚えのある声が聞こえてきた。


「だって赤も黒も持ってるじゃん」


「えー」


突然足をとめた桐に、並んで歩いていた聖斗は不思議そうに立ち止まったが、後ろにいた蓮は思い切りぶつかった。

そのせいで前のめりに倒れそうになったが、桐は必死に持ちこたえた。


「どうかしましたか?」


「・・・・柚奈がいる」


「えっ、嘘」


三人は見つからないようにそっと商品棚の陰から顔を出した。

そこには確かに柚奈の姿があった。


「あれ、急用でデート中止になったんじゃないの?」


「蓮」


聖斗が蓮を叩いて制する。

蓮はやば、と言う顔をしたが桐はそれどころじゃなかった。

柚奈の隣に見知らぬ男が立っていた。


「すーごいカッコいいんだから何も恥じる事はないさ。目立てばいいじゃん」


「別に何も恥じてないから」


柚奈の砕けた話し方に、桐は目を見開いた。

最初会った時と今では柚奈も桐達に随分と打ち解けているが、同じように打ち解けている男が他にいるなんて思いもしなかった。

それに気になったのはその男の容姿だった。

桐と同じか少し低いくらいのすらりと高い身長に、筋肉もついているようで体格がいい。

そして、桐も目を見張るほどの美形だった。

テレビで歌って踊るそこらのアイドル何かよりもよっぽどその美貌は秀でていた。

現に柚奈も「カッコいい」と言っている。


「あの男、オーラがすごくない?」


「ですね。かなりモテそうな人に見えますけど・・・・」


聖斗がちらりと桐を見たのに、桐は気付いた。


「ですね」


桐の言葉に苛立ちがこもっていたのはあきらかだった。

聖斗と蓮は顔を見合わせる。


「桐も男前だって」


「どーも」


正直言うと、自分がそれなりに良い容姿をしている事は知っている。

そして自分と同じくらいに蓮と聖斗は女子に人気がある。

いつも3人でいたし、3人共性格は全く違い、3人それぞれの良いところがあるとわかっていたので互いに羨む事も嫉妬する事もなかった。

だが、あの柚奈の隣にいる男は違う。

柚奈が砕けた話をするほど仲がいいという事は、あの男は性格も良く話しやすいという事だ。

そしてなにより男である桐までも惚れ惚れするような完璧な容姿。

すると、桐は男の胸元に目がいった。

シルバーのスティック型のネックレス。

それは、紛れもなく柚奈が修学旅行のお土産で買っていたペアネックレスの一つだった。


「ちょっとジーンズも見てくるね」


「うん」


そう言って柚奈は桐達のいる方とは反対方向の通路へ行ってしまった。

男は一人で、さっきまで柚奈が男に見立てていたTシャツを手にしている。

どうやら気持ちが揺らいでいるようだ。

すると、男が不意にこちらを見た。

じっと見つめていたので、ばっちり目が合ってしまう。


「何か?」


この男、意外にも鋭いようで桐に問う。

聖斗と蓮が緊張する面持ちの中で、桐は怯まぬよう拳を握りしめて言った。


「柚奈とは・・・・どういう関係で?」


男は少し意外そうな顔をしていた。

もう少し違った質問を予想していたのだろうか。

しかし、男はしっかりしているようで至って冷静沈着だ。

そして少しばかり考えたのち、何故か悪戯に微笑む。


「友達以上・・・・・恋人以上?」


恋人以上?

桐の中で何かがぷつんと切れた。

その表情には憤怒も嫌悪も無く、青ざめたような顔をしていた。


「帰る」


「桐!」


「待てって桐!」


そういう女だとは思わなかった。

誠実で、容姿に惑わされず、誰にも染められない純真無垢であり、けれどシビアな一面も持つ柚奈を、彼女のような人は他にいないと思った。

しかし、人間は賢い。

今までも女子に騙されかけた事は数度あった。

何故か桐を好く女子は熱狂的な人が多く、変にずるがしこい人が多かった。

最初は桐に全く興味がないふりをして、自然に話しかける。

桐はほとんどの女子が自分の事を見た目で判断すると思っているし、事実そうだと思う。

だから、見た目で判断されないと桐は表には出さないが嬉しいと感じる。

そしてどこかその女子は変わっていて、そう、漫画の主人公のように人を見た目で判断しないような人に見えた。

だが、それも全部演技だったのだ。

それを知ってしまった桐は、失望した。

女子はみんなそういう奴なんだと。

そんな女子を最初に演じてくる人は少なくなかった。

それでも桐は信じる事は無く、だから桐はこれまでに誰とも付き合った事はなかった。


でも柚奈は違うように思えた。


桐に興味が無いように演じる女子は多かったが、桐の事を嫌うような素振りを見せるのは柚奈が初めてだった。

それに、英語やフランス語が堪能なところも少し自分と似ているようで親近感を持った。

でも最終的には本当に、何となくだった。

柚奈の雰囲気が好きだった。

それだけだった。

それだけだったのに。


結局、みんな見た目なのか。


桐は全てに失望した。


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