伝統と新しさと。
帝都の少し手前で降りて、あとは歩いて街に入ることにしたあたしたち。
あたしの両端に白猫のミーシャと黒猫のノワールが歩き、ミーシャの隣にギディオン様。
「セリーヌ。大丈夫?」
「ええ、ギディオンさま。あたしこれでも毎日ミスターマロンのお店で立ち仕事してますからね。これくらい歩くの、どって事ないですよー」
気遣って声をかけてくれたギディオン様の優しさが嬉しくて、ついつい顔がほころぶ。
帝都には馬車で来た事はあったと思うけれど、こうして歩いて行くのは初めてだ。
それにしても。
流石にドラゴンのまま帝都に飛び込んだら、驚かれちゃうしね?
少しくらいこうして歩いて行くことになったのも、まあしょうがないかな。
「流石にドラゴンのまま帝都に乗り込んだら、帝都防衛隊が黙っちゃいないだろうからね」
ギディオン様?
「セリーヌは知らなかったかな。帝都には騎士団の精鋭を集めた防衛隊があるんだよ」
「防衛隊!!?」
「帝都を守護する、絶対防衛ラインさ。皇帝陛下の御身を危険に晒すことのないよう、常に警戒に当たってるからね」
帝都は白銀に輝く巨大な城壁に囲まれていた。その城壁の向こうから見えるのは五つの尖塔。
あ、なんだか既視感……。
「あの、泉の巨大神殿となんだか似てるわね?」
あ!
「ミーシャ! ミーシャもそう思う!?」
「そうねえ。様式美っていうのかしら? この国では重要な施設は同じような作りになるよう決められているのかしら」
「いえ、そういうわけでもないのですが……。こういった文化的な建物に関しては、標準規格というものがありますからね。それを適用しようとすれば自然と同じ形になる、というべきか……」
「ふーん。なんだかはっきりしないわね。というか、ひょっとしてもう何年も新規の建築デザインなんて考案されたりしてないんじゃないの?」
「建築、デザイン、ですか?」
「そうよ。建築家とか、いるでしょう?」
「建築を主な仕事にしている者はおりますし、建築ギルドもありますが……。街の建築の基礎は基本昔から存在するアーティファクトを使用していますからね……」
「アーティファクト? ギディオン様、それって紅い街道の煉瓦と一緒?」
「うん、そうだよセリーヌ。帝都の基礎にはアーティファクトである煉瓦が敷き詰められているんだ。紅くはなく、白だけれどね」
でも、そんなの。
一体どこで造られているっていうの?
「紅煉瓦も白煉瓦も、造っているのはギアたちだからね。人の手で造るのは難しいよ」
え? だって、街の基礎でしょう?
それもみんな魔法頼みなの?
「ふん。そうよねー。やっぱりこの世界は第二次産業が弱いのよね」
「第二次産業って……」
「ほら、セリナ。この世界って物を加工して何かを作るのも、結構魔法に頼ってるでしょ? ミスターマロンのアランさんなんかがそうよね。自覚があるかどうかはわからないけど、あの人の周りにはいつもアークとかオプスがいるものね」
あ、うん。
アランさんは昔は冒険者として活躍してたって言ってたし、自己流なんだろうけど物を加工したりするのも得意だし。
あれ、アークとかオプスの権能、使ってるのは間違いないけど。
「第二次産業の、主に大規模工業化って部分では結構遅れてるなって思うのよね」
それは、そうかもしれない。
大規模な工業化には大規模な動力が欠かせないもの。
エネルギーの代替としての魔法って考えたら、小さな機械を魔石のマナで動作させるって考えは普及してるけど、それを大規模な工場で再現しようって風には発展してこなかった感じがしないでもない。
「大規模工業化は確かにしてないかもしれないけど、それと建築デザインがどうつながるの?」
確かに。
この世界はマスコミがあんまり普及してないから、あたしもそこまで情報を得ているわけじゃない。
それでも日本にあったような「建築家」という職業? がちゃんとあるのかどうかは不明。
きっと、ちゃんと建築技師や大工さん、そういう人はいるんだろうとは思うけど、そういうのにも身分制度が邪魔してないかな。
昔から決まった様式での建築っていう意味では、きっと大工さんにも伝統が受け継がれているんだとは思うけど。
「だって、デザイン、特に建築デザインなんて、それを決定する立場の人にしか決められないんだもの。そして、それを可能とするのは余暇なのよ。大規模な工業化があって初めて建築資材のようなものにも余裕が生まれるの。そして、その余裕こそが芸術を生むのだわ」
ちょっと言い過ぎのような気もするけど、ミーシャはそう言い切った。
黙ってミーシャの話を聞いていたギディオン様も、うむと唸って。
「なるほど。大規模に物を作る仕組みがなければ建材はいつまでたっても貴重品のままだ。当然そんな貴重な資材を試しに違う形で作ってみる、なんて発想も許されないだろうな」
「ええ、きっとそう。そんな冒険は一技術者には許されないでしょう? 建築という事業が貴族主導で行われるならなおさらよ。失敗したくない建築技術者は結局無難な伝統様式を選ばざるを得ないのよ」
そっか。
ミーシャのいうことは何となくわかる。
お菓子の世界だって、長い事新しい挑戦はされてこなかったみたいだもの。
あたしが新しいドーナツの話をするたびアランさんは喜んで取り入れてくれたけど、あたしが提案できる程度の知識くらいとっくに広まって改良されてなきゃ、おかしいくらいだったもの。
もう、帝国ができて5000年以上経ってる。
その前の伝説の国からしたら、もっとだ。
余暇、かぁ。
平民はみなその日の暮らしに精一杯で、変化を試すだけの余裕はなかったのかもしれない。
それでも。
アランさんや、ベルクマールの聖都のジェフさんのように、新しいものを進んで受け入れてくれる人もいる。
伝統が悪いわけじゃない。
でも、新しいものにチャレンジして行くことも、きっと人には必要なんじゃないかな。
この世界にとっても、きっと。




