3: 美少女と王子様
怒気を含んだ翡翠色の瞳が私を見据えている。
先程の質問に対してさっさと答えろと言いたいようだ。
端正な顔で睨まれると、とっても怖いのだとよく分かる。綺麗な顔ってある意味こういった感情が分かりやすいのよねぇ…。
別に心配しなくても、あの声量では陛下の耳には入っていないと思うし、別に私は言わな…あっ、会ったばかりだから殿下は私が陛下に報告しないか判断できないものね。
それにしてもここまで怒るだなんて…これは正直に言ったらどうなるのか。
「女性にこんな行動をとるなんて紳士的ではありませんわ」
とりあえず、ここは紳士として私を速やかに解放して頂きたい。
「聞こえなかったか、俺はさっきの事について説明しろと言っているんだ。そういった発言をしろと一言でも言ったか?」
はい、一人称「俺」に変わってますね!
陛下の前ではどうやらいい子ぶっていらっしゃるようで。
「私ご挨拶をしただけですわ。何か聞こえたのなら殿下の聞き違いでは?」
「今のお前の発言が嘘だと自分がよく知っているだろう」
流石殿下…返しが上手い。
これで単に怒鳴り散らし責め立てるような輩だったらどんなに楽か。
殿下にとって私が誤魔化しているのは明白だろうし、自分は引かないからお前が引けとおっしゃっているのでしょう。
このままでは埒が明かない。
「私通路で見ましたの」
「何を」
「殿下がドレスを着用し、髪を下ろされているお姿をですわ」
「それは…従姉妹だな。今日丁度遊びに来ていたが…もう帰ってしまった。お前が変な誤解をしているようだからつい苛立ってしまった」
おっとそうはいかない。
…殿下、つまり誤魔化す為に私を連れ出し脅したのですね?乗ってはあげません。…今度は私のターンですよ。
「殿下、嘘はいけませんわ」
「あ?」
「失礼」
殿下の髪を纏めていた紐をとる。
その髪型は、その長さは…あの時見た美少女と同じ。
「あの時見えた少女と殿下の髪の長さは同じですわ。殿下は先程髪を結っておられましたから、その癖で3mm程前後していらっしゃるようですけれど、私の目は誤魔化せませんわ」
「…なんでそこまで」
「私、目はいいんですのよ」
「目が良いどころじゃないだろ」
「あとは骨格…」
「骨格!?」
なんでしょう、地味に殿下引いてません?
失礼な。
「殿下、もう見られてしまったものは仕方ないと思いますの。ならば認め、私に情報提供させた方が殿下にとってもよろしいかと。…殿下、何処から見えたか気にならないとこれから困りませんか?」
「別に困る事なんて…」
「私、口は堅い方ですし」
「……」
「あと、私逃げませんので。殿下もその体制はお辛くありますんか?不安でしたら私の服の袖など掴んで構いませんので、もう少し楽にお話して下さると嬉しいですわ」
そう言って、にっこりと微笑むと殿下はひとつため息をついた後私の服の袖を掴んだ。
これは話す気になったという事よね…?
「…仕方ない、まず何から話そうか」
ー…俺が産まれた時、国一番の占術師が祝いの意味も含め俺について占ってくれる事になったらしい。なんでもそいつの占いには、他国からの侵略から助けられた事もあるらしく、父…王の信頼も厚かった。
そして、占った占術師は顔を青くさせこう言った。
「国王陛下、恐れながら殿下は5歳の誕生日を迎えられませぬ」
それを聞いた母親である王妃は倒れそうになったらしい。
「何か、それを食い止める方法は無いのか」
そう問いかけた国王陛下に、占術師は「一つだけ…」と口を開いた。
で、その方法が…。ー
「5歳の誕生日を迎えるまで女の格好をするというものだ。まあ、それでお披露目も社交会への出席も先延ばしになっていが…近々それらもする予定だ」
「それで目覚めちゃったんですね…」
「目覚めたって言うな!」
殿下はもうじき6歳になられる。
つまり、その期間はもう終わっていた。
「この格好今迄が今迄だから落ち着くんだよ。まあ、こういったものは見慣れているから嫌いにはなれないし…」
うん、目覚めてるんじゃないかしら。
「言っておくがな…服装こそこれだが、男として育てられていたからな?俺自身もきちんと男だと理解していたし」
「はい、そういう事にいたしましょう」
「お前絶対分かってないだろう!…はぁ」
見事ツッコミを決められた殿下が、1つ溜息をつかれる。
そして口を開き、ぼそりと呟いた。
「潮時かな…」
「…潮時とは?」
「辞めるって事だよ」
「え!?女装をですか!勿体無い!」
「勿体…?」
「いいですか殿下。女性の服を纏われた殿下の美しさはこの世界の美少女の中でもピカイチですわ。先程陛下にお会いして思いましたが、陛下は体格がよろしいですわよね。という事は殿下も遺伝したならば、美しく女装ができる間はあと数年といった所です。あと数年くらい、いいと思いませんか?」
詰め寄ると、殿下は苦々しい顔をした。
「だが、また見つかったなら今度はどうなるか分からない。お前は大丈夫そうだが、そんな者は少ない。子供は大抵親に言うだろうし、大人はこういったものは利用するはずだ」
王子に女装癖があるなんて格好のネタだろう?
殿下は自嘲気味に呟いた。
…確かに、見つかってそれが殿下だと見抜く者が居れば何が起こるか分からない。1人でしていれば誤魔化しもきかないだろう。
仮に誤魔化せたとしても、疑惑だけで充分に脅威だ。
陛下の耳に入れば、陛下は確実にそれを分かってしまうだろう。
「殿下、陛下は私に殿下と友人になることを提案されましたわ」
「そうみたいだったな」
「それを利用しましょう」
「利用…?」
「はい、2人で遊ぶ時だけ殿下のお部屋でするのです。2人ならば何かしら対処のしようもありますし」
「それのお前のメリットは?お互い利益のあるものでないと信頼しきれないからな」
「そうですね…殿下の弱みのようなものを一方的に私が握っているのはフェアとは言えませんもの…。…ごほん、殿下?予め言わせていただきたいのですが、たまに言葉が不適切でしたりするかもしれません。熱を上げて話出すと止まらない方ですの」
「構わない」
それでは…と、私は息を吸い込み言葉を発した。
「私、可愛いものが大好きなんです。中でも美少女って最高ですよね、可愛いものが何でも似合うんですよ?いやもう可愛いは正義との言葉通りの存在ですわ。個人的には細身ではあっても多少肉付きがある方が愛らしさが増す思うんですよ、抱きしめた時にふわっとなるじゃないですか!あとはさらさらの髪ですね!ふわっとした髪も好きですが…さらさら艶艶の髪が風になびく姿はもはやアート!芸術モンですよ!あとはお目々もくりっとしてると最高に可愛いのですが、少しきゅっと釣り上がり気味の目って幼いのに背伸びした感じがたまりませんよね!唇なんて桜色なんですよ綺麗ですよね!そして、そんな身体をふわふわの空気を含んだドレスでー…」
「長いから一言で」
「殿下マジ理想の美少女!」
私は思わずガッツポーズをした。
言葉にしていると、あの時の美少女ちゃんが脳内に浮かぶ。…本当ものすごく可愛かったなぁ。
「お前割と残念な中身してるな」
「自分でもそう思います。…殿下、私は殿下の美少女モードを見て楽しい、殿下は着慣れた可愛い服を着て楽しい。これで利益は一致しますよね。で、私のこれが世間にバレれば、私は社交界で干されるでしょうし殿下も然り。お互い弱みも握れております。良い関係になれると思いません?」
「確かに。…まぁ、さっきのお前の勢いがバレたら色々まずいよな」
「言っておきますが、ラブじゃなくライクですからね。…いかがでしょう殿下?」
「ああ、いいと思う。よろしく頼むミリアナ嬢。それと、協力関係である以上対等だ。力を抜いて話して良いし、名前もアルでいい」
殿下…アルが手を差し出した。
私はそれに応え、お互いに握手を交わした。
「こちらこそよろしくお願いします。それではお言葉に甘えて、アルと2人の時はそうします。アルも素の口調でいいですよ、一人称が“俺”の方。あっ、私の事はミリアと呼んで下さい」
「ああ、ミリア」
「あ、アル…お願いがあるのですが…」
「何だ?」
「たまに私が持ってきた服きてもらえませんか…?」
「余程変なものを持ってこないなら構わない」
「よっしゃ!ありがとうございますアル!やったー、美少女が私コレクションを着てくれる日が来るとは!」
私が大喜びしていると、アルは苦笑いをした。
「俺は少女じゃないが…。なんというか、お前は本当に美少女というものが好きなんだな」
「そりゃあもう、産まれる前から!」
「ふはっ、そりゃあ筋金入りだなぁ!」
アルは私の言葉に、吹き出すようにして笑った。
そしてここから、王子の苦労人人生が始まりを告げるのかもしれません。