あんまり仲の良くない後輩と怨霊退治に出かけよう
(10月22日 火曜日)
翌日の放課後、小都と一緒に、孝市のクラスに顔を出すと、何やらざわりと教室が揺れた。というのも、孝市の席のそばに、以前見かけた後輩らしき子がいて、孝市に熱心に話しかけていたのだ。くりくりとした目が可愛らしい、ショートカットの子だった。
あれはたぶん、後輩霊媒師の遠野さんだろう。霊媒師云々は置いておいても、上の学年のクラスに出入りできるところを見ると、相当な胆力の持ち主だと思われた。
遠野さん(仮)は、振り向いて私を睨むと、怒った顔で口を開きかけたが、すぐに閉じた。少しおびえたような視線が、隣の小都に向かっているような気がしたので振り向いてみたけれど、小都はいつもみたいに困ったような笑みを浮かべているだけ。私の視線に気づくと、小都は「ん?」と笑顔で首をかしげた。
「孝市くん、少しいいかな?」
「先輩はあたしが先約なんですけど!」
「遠野、ちょっと今日は駄目だ。また今度な」
「あ、先輩、ちょっと!」
孝市はいそいそと立ち上がり、小都の後について教室を出ていこうとした。小都は鞄を持っているので、たぶん、昨日作ったお菓子を渡すのだと思う。私は、遠野さん(仮)の前にさりげなく立ちふさがりながら小都の後姿を見送り、目線で精一杯のエールを送った。頑張ってほしい。
そして、さりげなく、河原崎さんが席を立った。孝市の後を追うのだろう。私が「邪魔しないように」と視線で告げると、頷いた河原崎さんは遠野さん(仮)に一瞬目をやった。「そっちの足止めは任せた」と言われた気がする。
バスケのディフェンスみたいに手を広げて立ち塞がった私へ、遠野さん(仮)は、鋭い視線をキッと向けてきた。たぶんだけれど、恨まれているような気がする。まあ、割り込んだのはこっちだし、年上の余裕で受け止めてあげようと、広い心で微笑んでみた。
「いや、ニコニコ笑ってないでどいてくれません?」
「なんで怒ってるのか聞かせてくれたらいいよ」
「あなたが! 邪魔してくるからですよ!」
「初対面なのに邪魔とか言われた……」
「あなたこの前も邪魔してますからね⁉」
さらに、噛みつくように遠野さん(仮)はものすごい勢いで詰め寄ってきた。
「下迫先輩は、幼馴染だからまあ仕方ないとして。あなたは先輩のなんですか?」
「私もあの2人の幼馴染なんだけど……」
すると、馬鹿にしたように、ハッと鼻で笑われる。原作(?)でヒロインだけあって、そんな仕草ですら可愛かった。自分とはやっぱり違うなと私は人知れず感心する。しかし、その次の台詞には少々頭に血が上った。
「下迫先輩は有名ですけど、あなたは知らないです。存在感ないですね」
地味だと? こいつ、初対面なのになんてことを言うんだ。もう決めた。年上も年下も関係ない。私は、一歩相手に近づき、耳元でそっと囁く。
「そう言うあなたは霊媒師なんてやってるんでしょ? 存在感あっていいよね」
「ちょっ……! なんでそれ知ってるんですか⁉」
「え、普通に住民の人たちが教えてくれたけど」
「住民⁉ 地域で知られてるんですかあたし⁉」
小声で言い返してくる彼女は何やら焦っている様子だったけれど、関係ない。そろそろいいだろう。くるりと背を向け、意趣返しの意味も込めて呟く。
「さて、わんわん吠える小型犬みたいな子だったって住民のみんなに報告しなきゃ」
「あなたとその住民の人たちってどういう関係なんですか⁉」
「え、コーチと選手みたいな感じ」
「意味が! わかりませんけど! 待ってください!」
後ろから肩を掴まれたけれど、するりと振り払う。小都が問い詰めてくる時より、ずっと固定の仕方が甘い。まだまだである。
「さて、存在感ないから私は帰ろーっと」
「意外に根に持つ性格だった……! ちょ、ちょっと……! もう少し話を……!」
結局、遠野さん(仮)は教室までついてきて、小都が戻ってくるまでぐるぐると私の側を離れなかった。が、戻ってきた小都の顔を見たかと思うと、なぜか顔を引きつらせ、一瞬で姿を消した。見事な逃げ足の早さだった。
そして一方、小都はというと、ちょっぴり困ったような表情をしていた。というか、孝市といちゃいちゃしてくると思っていたので、こんなに早く戻ってくるのは想定外。携帯に入った河原崎さんからの情報によると、小都は孝市にお菓子を渡し、2、3言話した後、別れたという。やっぱり前向きでない気がする。世論以外に、積極的になれない理由でもあるのだろうか。
『というわけで、遠野さんとはあんまりうまくいきませんでした』
《遠野ちゃん誰に対しても第一印象マジで悪いからな、よくやった方だ》
《小型犬みたいな遠野ちゃん可愛いね、コウハイーヌと呼ぼう》
《センス死んでて草》
《それより教室に来てるってことは、遠野ちゃん、一緒に昼食を、みたいなことを孝市に言ってくるはずだけど、どうするの? あの子いつも購買のパンを校舎裏で食べてるんだ》
《宣戦布告代わりにドッグフードを出してやるのはどうだ》
『そういう陰湿なのは駄目です。1人で寂しいってことなら、まあ……一緒に食べてもいいかなとは思います。遠野さんがいいって言えばですが』
《向こうは絶対「いい」って言わないと思うよ》
そうだよね。私は、平和的な解決方法に頭を悩ませた。遠野さんは、誰に対しても当たりがきつく、いつも昼食は1人だけで食べているらしい。一緒に食べてもいいと思うが、孝市との仲は絶対に進展してほしくない。そんな解決法はないものか。
『例えば、遠野さんの好きなものばかりをお弁当に詰めていったらどうでしょう。お弁当に夢中にさせるんです』
《発想自体はそんな変わらなくて草。犬かな?》
《遠野ちゃんは筑前煮と明太子入りのだし巻き卵とタラのキノコあんかけが好きだぞ》
『あ、私、どれも作れます』
《江麻ちゃん、君、できないことないの?》
《そりゃ幼馴染との恋愛だろ》
《草》
『私がしたいわけじゃありませんからね?』
(10月23日 水曜日)
そして、翌日のお昼休み。孝市と一緒に昼食を食べようと小都と隣のクラスに向かうと、既に先客がいた。その先客は、小都と私を見てあからさまに顔をゆがめる。
「あ、ほんとだ、霊媒師ちゃんいる」
私が呟くと、遠野さん(仮)はこちらの肩をガッと掴み、教室の端の方へぐいぐいと引っ張ってきた。そして、小声で怒鳴ってくる。
「その呼び方止めてくれません⁉ 遠野って名前があるんですけど!」
「でも名乗らなかったから……だったら肩書で呼ぶしかないかなって」
「肩書⁉ ……でもどうせ住民の人からいろいろ聞いてるんじゃないんですか」
「そういえば遠野さん、住民の人から『コウハイーヌ』とかいうあだ名付けられてたよ」
「絶対それあなたの話のせいですよねえ⁉」
「たぶん『後輩』と『犬』が掛かってるんだと思う」
「解説は結構です!」
そして、お弁当箱の中身を見た孝市は不思議そうに呟いた。
「なんで今日は青とか緑じゃないんだ……?」
遠野さんがぎょっとした顔で孝市を見たので、私もいちおう補足しておいた。
「孝市はカラフルな料理が好きだもんね」
「嫌いとかじゃない。慣れただけだ」
もぐもぐとそれぞれでお弁当やパンを食べていると、遠野さんが、「あの人ヤバいです。絶対何か変なものを呼び込んでますよ」とか言い出した。あの人、のところで私をちらりと見たので、まあ、そういうことだろう。とりあえずニコニコ笑ってごまかしてみた。
「本当か? おかしなことしてないだろうな」
「別に変なものは呼び込んでないよ」
脳内が別の世界に繋がってしまっているみたいだけれど、変なものと言われると微妙だ。
「それより見て! たまたま今日のお弁当って筑前煮とだし巻き卵とタラのキノコあんかけなの。ちょっと作りすぎちゃって。どう? 私、料理けっこう得意なんだ」
「……い、いただきますけどぉ……。これ変なもの入ってないですよね?」
「えっ、私、お弁当に変なもの入れる人だと思われてるの……?」
「変な料理は作るけどな」
「やっぱり変な料理は作るんだ……!」
そうして、小都と孝市がのんびりとお喋りしている横で、私はひたすら遠野さんに餌付けした。横目で見ると、孝市と小都は2人ともとてもいい笑顔で、楽しそうに顔を見合わせて会話している。やっぱり、一番孝市の隣にいて自然なのは小都だと思うな。
(10月30日 水曜日)
そして、あっという間に、秋祭りの日がやってきた。遠野さんと食堂のお姉さんが誘いに来ていたけれど、孝市は当たり前のように小都の手を取った。周囲の空気まで支配する圧倒的ヒロイン感に、そばで見守る私は感心するしかなかった。遠野さんは、小都の代わりに私を睨みつけ、荒々しい足音とともに去っていった。
放課後、孝市と早めに行くよう、適当に理由をつけて小都を教室から追い出す。後で追いつくからと繰り返し言うと、最初は渋っていた小都だったが、諦めたような顔で、孝市と出ていってくれた。最後に未練がましく振り返られたので、ひらひらと手を振っておく。
無理やりに教室から2人を押し出し、校門を出たところまで、教室の窓から確認。ちなみに、孝市にはスマホの電源を切らせておいた。占いで電波を発する機器が危ないと言っていたとゴリ押しした。切らなきゃ絶交するとまで言ったら、しぶしぶ切ってくれた。
私は孝市の席に掛け、訪れるはずの来客を待つ。できる限りのことはした、はずだ。
……困った。なぜか無性に家に帰りたい。ぶんぶんと首を振って、邪念を払う。
続いて、教室を覗き込んだ先生が、声を掛けてきた。手伝ってほしいことがあるらしい。
「やることあるので手伝い無理です」
「何もしとらんじゃないか」
私がそれでも断固拒否すると、先生は不承不承ながら去っていった。
そして、そのとき。チリン、と鈴の音がした。
すると、夕暮れの教室に、後輩霊媒師こと遠野さんが息せき切って飛び込んでくる。
「先輩っ!」
「孝市は帰ったよ。用事があるんだって。スマホも持って行かないって言ってたよ」
「そ、そんな……。あたし1人じゃ……」
遠野さんは、くらりと足をよろめかせる。そしてスマホを取り出し、おそらく孝市に連絡しようとして、繋がらなかったらしく、がっくりと肩を落とした。当たり前だけど、私発信の情報は全然信頼されていないらしい。
「私、暇だよ。手伝おうか?」




