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09 ユリエ・フォルズの報告

 冒険者ギルド王都南区支部。

 調査員ユリエ・フォルズは、今日の調査を終え、職場に戻る。

 彼女の仕事は、まだまだ終わってない。

 むしろこれからだ。

 急いで南区支部の同僚と、今日集まった冒険者学園の特待生テストの情報をまとめないといけない。

 徹夜確定だ。

 

 「やったなぁ、ユリエ先輩。勇者候補との密着取材、流石です!」

 「アンジェリーナは北区の連中に独占した一方。今回うちの目玉は、あんたのかげで確保したわよ、やるね。」

 

 同僚達は彼女の仕事ぶりを絶賛。

 ユリエは今日一日、次期勇者であろう、ラインハルト・エド・クロスナイトの接触に見事成功しました。

 彼がパーティーメンバーを勧誘するところまでこの目で確かめた。

 大手柄である。

 ユリエは、ラインハルトなら誰にだって優しく接すると思うけど。

 

 「ユ〜リ〜エ〜ちゃん!」

 

 冒険者ギルドの裏口から入ると、あそこには既に先客はいた。

 

 「こ、これは、レオナール様にサフィンナ様。どうしてここに?」

 「会いに来たに決まってるじゃないか、ユリエちゃんよ。」

 

 レオナール・ドラモンド、現勇者。

 通称、「つるぎの勇者」。

 ざっと見ると、パッとしない男。

 ユリエを見る目はちょっと卑猥。

 最初は勇者だから、嫌でも多少敬意を払ったけど。

 奴の本性を知ったら、生理的に無理なだけ。

 女性職員の多いギルドでは、レオナールはみんなに嫌っている。

 その隣にいるのは、勇者の仲間、魔法使いのサフィンナ・ジョナリエール。

 今年冒険者学園、魔法部門の首席卒業生。

 そして実質、勇者パーティーのリーダー。

 

 「レオナール様、冒険者の方は、正門の方から入ってください。」

 「僕はいつ、どこからでもこの南区支部に入れるって、ユリエちゃん、お前のボスは言ってたよん。」

 「ギルマス…」

 

 レオナールは南区支部のお得意様だ、あの現金なギルマスなら、彼に便利を図らせるのもおかしくはない。

 

 「ユリエ、それより、あんた今日の調査はどうよ!ラインハルトに会ったでしょう?」

 

 冒険者なのに、ギルド職員に対しそんな態度。

 この三年、ユリエは既に慣れてたけど。

 

 「これからまとめるつもりです、サフィンナ様。特別勇者パーティーの皆様に、S級冒険者の皆さんと、明日午後配ります。」

 「あたしを待たせる気?早く教えなさいよ。南区支部を支える私達に、先に報告するべきではないの?」

 

 それは断じてない。

 A級冒険者パーティー一つで、南区支部を支える訳がない。

 ユリエは心の中に文句を言いながら、それでも答える。

 

 「わかりました。報告いたします。」

 「さすがユリエちゃん、僕の言うことを聞く子猫ちゃんには、ご褒美をあげますよ。」

 

 勇者レオナールは、ユリエの胸のあたりジロジロ見ながら、両手を擦る。

 

 「レオ、黙りなさい。気持ち悪い。やるならあたしが見えないところで。」

 「は、はい。」

 

 この男、気持ち悪い。

 差別ではないが、今日ラインハルトも一瞬だけど、ユリエの胸を見ました。

 微笑ましくて、嫌ではなかった。

 もちろんラインハルトは美少年だったのもあるけど。

 レオナールほど気を悪くする男なんてそうそう居ない。

 

 けど、冒険者ギルドは勇者に逆らえない。

 特に王都の冒険者ギルド。

 勇者とそのパーティーは普通の冒険者と違い、膨大なポテンシャルを持っている。

 今後彼らが獲得する魔素の量は尋常ではない。

 魔王と魔王の幹部達に倒せるのは、勇者パーティーだけ。

 それに、彼らに逆らうなら、あっという間に、勇者と言う看板を北区支部に持っていかれるだけ。

 三年前、財力と人力を尽くした南区支部はやっとの思いで勇者候補のレオナールを勧誘することが成功した。

 今年、ようやくその勇者候補は冒険者学園を卒業し、本格的に冒険活動に入るところ。

 これからこそ、収穫の時なのに。

 北区支部に成果を持ってかれるのは、南区支部にとって致命的。

 こんな時期に、彼らの機嫌を障ることは絶対できない。

 嫌でも、我慢。

 

 「結果からいいますと、ラインハルトくん、次期勇者は、やはりサフィンナ様の思う通り。彼は、何かを持っている。さすがと言うべきでしょうか。」

 「ほぉ〜?」

 

 レオナールは面白くない顔でユリエを見る。

 現勇者である彼は、次期勇者が評価されるのが無性に腹立つ。

 

 「その、礼儀が正しいなのか、それとも私は舐められていたか。私は南区支部の者だと名乗り出る時、彼は嫌な顔もなく、私を受けてくれた。さらにその、同行も許された。」

 「同行もね。」

 

 サフィンナは興味深く頷く。

 南区支部は、すでに現勇者レオナールを抱えている。

 今後ギルド全ての資源は、レオナールに優先回るだろう。

 情報、任務、推薦、その他もろもろ。

 美味しいところは全てレオナールに持っていかれる。

 よって勇者候補のラインハルトは、今後学園の冒険活動に、南区支部に足を運ぶことはないだろう。

 北区支部は喜んでラインハルトを迎える。

 南区支部の人間に、話しかけられるだけでも、ラインハルトにとって面白くないはず。

 

 「単に何も知らない田舎者では?」

 

 レオナールは、ラインハルトは田舎の男爵家の育ちで、実家と許嫁の実家の領地にしか行ったことないと田舎者だと聞いている。

 あんな奴は王都では誰にでもヘラヘラしてきただろう。

 冒険者ギルドのルールやその闇なんて知らないはず。

 

 「馬鹿、お前じゃないから、それはないよ。ユリエ、あんたはどう思う?」

 

 サフィンナはそう思わない。

 二年前、クロスナイト領に次期勇者候補が出現した時、彼女はこのラインハルト・クロスナイトに気にかけた。

 彼女の調査によると、ラインハルトは子供の頃、クロスナイト領では、有名な悪童だった。

 しかし勇者の占いを受けた後、ラインハルトは所々自分の評価が気になり、やれる善事は全てやり、領民への態度も謙遜。

 あっという間に悪い評価を消した。

 用心深い男か、それとも、あの女の指図か。

 

 「舐められているかどうかは分からないけど、ラインハルトくんはそういう疎い人ではないと思います。落ち着いてる。」

 

 やはり、あたしの思う通り。

 

 「続けろ。」

 「はい。」

 

 サフィンナ・ジョナリエール。

 ジョナリエール公爵家の長女、国王の姪。

 当時噂の勇者候補である、子爵家の四男でレオナールを自分の側近に立てた。

 一ヶ月後、彼に準男爵の爵位も与える予定だ。

 サフィンナに、レオナールは頭を上がらない。

 そして彼女は英雄の夢を見ている。

 いつか、勇者パーティーで英雄の名を得て、どこかの大国の王妃になりたい。

 そのために、しばらくこのレオナールの名を貸すだけ。

 

 「ラインハルトくんは、冒険者ギルドに関して色々聞きました、まるで初心者のようだが。やはりそれは演技だと思います。」

 

 ユリエは今日ラインハルトを思い返す。

 

 「理由は?」

 「その後の、行動です。」

 「行動とは?」

 

 やはり、何かしたのか。

 

 「私は、彼の注目の生徒を聞こうと思いました。彼はアンジェリーナ様に興味があるかどうかを探るためです。」

 

 それは、サフィンナがユリエに与えた任務でもある。

 聖女アンジェリーナ、間違いなく英雄になれる冒険者。

 サフィンナだって、彼女を手に入れたい。

 最大な敵は、やはり彼女と同年代の勇者候補、ラインハルトにほかない。

 

 「アンジェリーナ!ああ、あの美しく輝いてる聖女様。」

 

 勇者レオナールはただ、アンジェリーナの顔と体が好きなだけ。

 パーティーメンバーは可愛いであれば、彼はオッケーだ。

 

 「うるさい、キモい。」

 

 興奮してきたレオナールを叩いて、サフィンナはユリエを催促する。

 

 「それが、ラインハルトの答えはアンジェリーナ様ではない。」

 「アンジェリーナじゃないだと?じゃあ誰?エリザヴェータ?」

 

 エリザヴェータとは、リノワール伯爵家の一人娘。

 令嬢の鏡と言われる貴族の女。

 公爵家とは二つの爵位の差があるが、リノワール伯爵の領地は公爵家よりも広い。

 十数年、戦で奪った他国の地だ。

 実質、国内最大の諸侯。

 父親の領地は自分より広い、令嬢の鏡とも呼ばれるエリザヴェータは、雑な評価しか貰えないサフィンナにとって目の敵。

 きっとラインハルトは、彼女の指図で色々やってたに違いない。

 彼女はラインハルトの悪評を消し、自分の人脈で彼のパーティーメンバー探しの手伝いもしただろう。

 そして彼女はラインハルトの幼馴染。

 あたしは公爵の娘だから、レオナールは順従で、忠誠であったが。

 どこかの姫や王女が彼を誘えば、きっと私を裏切るはず

 それに対しエリザヴェータはどうだ。

 既に婚約もしている。

 あの美少年で有名なラインハルトと。

 まだ12歳なのに、どれだけ抜け目のない女だろう。

 

 「いいえ、エリザヴェータ様ではないです。」

 「エリザヴェータではない?」

 「はい、アンジェリーナ様の美貌に劣らず、謎のエルフの女の子、でした。」

 「エルフだと!あのエルフなのか!なんという。」

 

 またレオナールはゲスな顔になる。

 

 「エルフ、ね。」

 

 エルフ。

 東の国の住民。

 弓、精霊術、ドルイドの術、魔法。

 どれも得意とする優秀な種族。

 人口の少なさも、更にその価値を上がる。

 

 「はい、名簿では「シルエファナ」の名前で登録しました、全く無名な弓手特待候補です。」

 

 毎年、有望な新人に注意深くサフィンナでも、その子の名前を知らない。

 もし実力は普通で、体目当てなら、サフィンナの耳に入らないこともありえる。

 けど、あの女が、ラインハルトのハーレムを許す可能性は低い。

 となると。

 

 「その子、腕は?」

 「弓の実技は、申し分ない一位でした。」

 

 どうやら、実力もある方だ。

 完全にサフィンナの情報不足だった。

 さすがは勇者候補とういうべきだろうか、隣の男よりずっとマシ。

 それとも、この子もあの女の繋がりで?

 

 「つまり、ラインハルトはエルフの隠し玉を持ってるってことね。」

 「はい。」

 

 実はユリエは、気懸りのことが幾つある。

 なぜ、ラインハルトはシルエファナの家名を知っていたか。

 演技なら、余計なことを喋っていた。

 そして、シルエファナとラインハルトの初対面は、演技に見えない。

 多少ラインハルトの方はシルエファナを知ってる感じを出したが。

 シルエファナは全く。

 そして、あの二人が出会う時、二人ともいきなり苦しくなった。

 ジュディも同じ。

 最後にそのエルフは、アンジェリーナと知り合いであること。

 謎が多すぎる。

 

 しかし、ユリエは黙っていた。

 レオナールとサフィンナの態度が気に入らないこともありますが、話してもしょうがない。

 ここは黙っていて、その情報が一番使えそうな時まで、抑えるのは上策。

 情報操作の仕事、長年やってた勘である。

 

 「その子は、ラインハルトのパーティーに入ったのか?」

 「はい、彼女からです。ラインハルトくんもそれを同意した。」

 

 サフィンナの思う通り。

 南区支部のユリエに、優しいところを見せ、さらに腕立つの美人エルフを簡単に説き伏せることを披露する。

 

 「なるほど、くだらない芝居ですね。」

 

 芝居、ではない。

 ラインハルトは、お前らみたいに力を他人に自慢する奴ではない。

 実際ラインハルトに会ったユリエは、そう思う。

 

 「そしてラインハルトくんの次の目標は、ジュディ・マックヒール。」

 「あの子ね、盗賊の。まぁまぁの子、ラインハルトにしては結構なセンスじゃない。」

 

 ジュディ・マックヒールは、きっちりサフィンナの情報網に引っかかた人物。

 優秀だが、アンジェリーナほどではない。

 本当に優秀になるまで、まだいらない子である。

 

 「それが、彼女は断った。」

 「はぁあ?」

 

 勇者候補の誘いを断る。

 それは想像出来ないシチュエーションである。

 アンジェリーナみたいに、勇者候補と現勇者、両方が彼女を欲しがるのは別として。

 うちに来る当てもないのに、なぜラインハルトを断る?

 ラインハルトとあの女のことだ、きっと事情は見た目ほど簡単ではない。

 

 「ジュディ・マックヒールは、アリスと言う名も知らずのミールドワーフの子とパーティーを組みました。そのアリスは勇者パーティーの誘いを拒否した。」

 

 ミールドワーフとは、ドワーフの亜種の一つ。

 平均身長は人間より10センチ下、体付きが細く。火薬が愛用する種族。

 見た目はドワーフより、人間より。

 しかし力は人間より持つ。

 原作はアリスの種族を触れなかったので、ラインハルトには分からなかった。

 

 「謎のエルフに次、謎のミールドワーフね。彼女、あるいはジュディ・マックヒールは、ラインハルトとは知り合いと見えるか?」

 「それ見演技かもしれないが、一応初対面らしいです。」

 「いや、演技ね。」

 

 サフィンナは勝手に解釈する。

 

 「南区支部のユリエの同行を許すのは何よりの証拠よ。きっと私達に見せつけるつもりだわ。」

 「でも、彼女達はラインハルトの誘いを断った。」

 

 ユリエは必死にサフィンナの思いやりを引き返そうとする。

 彼女は考えすぎだ。

 

 「そこはラインハルトの詰めの甘さだね。あれは紛れもなく、仲間割れよ。」

 「仲間割れ、ですか…」

 

 「きっとラインハルトは、謎の美女エルフ、有望のシーフ、そして謎のミールドワーフの三人、説き伏せる場面をユリエに見せたかった。」

 

 「けど、ラインハルトに不満を抱いたこの二人は、裏切った!」

 

 サフィンナは止まらない。

 ユリエは思う、何故そんな奴らに限って、勝手に事情を自分に有利な方向を決めつけるんだろう。

 

 「間違いない、きっとラインハルトを裏切ったよ!」

 「はぁあ…」

 

 ユリエは彼女の頭が羨ましい。

 

 「ラインハルト、用心深いと見せかけて、実は穴だらけね。レオ、行くわよ!」

 「行くって、どこ?」

 「決まってるじゃない、ジュディ・マックヒール、それに謎のミールドワーフ、アリス。あの子達を勧誘するわよ。」

 

 敵の敵は味方。

 特に、ラインハルトの情報を掴んでいるこの二人。

 使える奴らだったら使う。

 使えないなら情報だけ貰って、捨てる。

 いつものことだ。

 

 「でも、うちはもう満員じゃない?」

 

 レオナールのパーティーは常に6人。

 メンバーの交代は激しい。

 

 「ベラ、それにリエル。二人を飛ばせ!」

 「え?まじ?待ってフィナ、リエル、リエルだけはやめてもらえないか?」

 「はぁあ?」

 「あいつとは、まだ…」

 

 勇者レオナール、彼のパーティーはハーレムパーティーだ。

 実際の支配者、サフィンナ以外、彼は全ての隊員に手をつけようとする。

 今年のメンバーは、そのリエルって子だけはまだ未確保。

 

 「キモい、死ね!」

 

 サフィンナはこの男を蔑みながら、その行動を許した。

 腐っても勇者、多少の非は目を瞑る。

 あいつとは、ギブアンドテイク。

 

 「じゃあ、ベラとケイト。それでいいだろう。」

 「あ、ありがとうよ、フィナ。」

 

 レオナールは卑屈に笑いながら、サフィンナに感謝する。

 

 「でも分かってるよね、アンジェリーナがうちに来る時、リエルだって飛ばすわよ。」

 「それはもちろん、分かってるよ。」

 

 アンジェリーナならむしろ大歓迎。

 レオナールはアンジェリーナの顔と体を脳に浮かぶ。

 

 「行くわよ。」

 「あいよ!」

 

 「はぁあ。」

 

 ユリエは、仕事に入る前に、気力を無くした気がする。

 

 「アンジェリーナ様ね、仕事上、ぜひレオナールパーティーに入らせたいだけど。」

 

 何故か、心の中に、今日会えた男の子を思い出す。

 

 「どうなるかな、ラインハルトくん。」


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