12.調査
シルの上に乗って、バンと共に自室に戻った。バンが器用に扉を開けて中へ入る。真っ暗だったので明かりをつけて、部屋を見回す。
「何かしら、あのカード」
部屋はほとんどそのままだった。しかしテーブルの上にカードが置かれている。シルに協力してもらってテーブルによじ登ると、カードを読んだ。差出人はキャトリーで、私がいないから連絡事項だけ書いたカードを残したようだ。
「他に何か手がかりはないかしら」
私がテーブルの上に乗ったまま確認すると、菓子の空き箱が目に入る。
「菓子を食ったら豚になったのだろう? 菓子の残りはないのか?」
シルがテーブルに前足を乗せて鼻をヒクヒクさせる。
「残念だけど一口サイズだったから、全部食べちゃったわ」
「そうか……箱からは確かにガブリエルの匂いがするから、あいつからのプレゼントであることは明白だ」
オオカミは鼻がいい。試しに箱の匂いを嗅いでみたら、香水らしい香りがした。豚も鼻がいいのだったなと他人事のように思う。これがトリスタン様の匂いならずっと嗅いでいたいのに。
「薬を飲ませたのに結果を確かめに来なかったのだろうか。あとはキャトリーと掃除婦の匂いくらいしかないな」
シルはとても優秀なようだ。城で働く人間の匂いはほとんど覚えていると、胸を張って言った。しかし手がかりが全くない。いったいどうしたものか。
「ちぇ、ここは外れか。カエデがなにか掴んでいるといいんだが」
バンは手のひらに拳を打ちつけながら暴れ足りないと言った様子だ。口調に似あい、荒事が好きなのだろう。
「大変なの、開けるの!」
扉の外から大声がして、私たちは顔を見合わせた。今のはきっとカエデの声だ。バンが前足で器用に扉を開けると、弾丸のようにカエデが飛び込んできた。
「カエデ、何があったの?」
「ガブリエルが黒ずくめの怪しい男と会ってたの! 追いかけたけど見失ったの!」
突然の報告に、みんな目の色を変えた。これは大きな手掛かりになる。
「何を話していたの!?」
「途中からしか聞いてないけど、ミニカの話をしていたの。菓子を配ってくれて助かった。これでミニカはトリスタンの婚約者候補から離脱せざるをえないって。そうしたらガブリエルがミニカを手に入れたらいいとも言っていたの!」
てっきりガブリエルが主犯なのかと思っていたけど、黒幕がいるようだ。ガブリエルはそそのかされたのか。
「追いかけたって言ってたけど、追跡がバレたの?」
「うう、ごめんなの……」
バレて撒かれたなら、きっと落ち合う場所を変えるだろう。現場を見張るのは意味がないかもしれない。
「はあ、仕方がないな。今日はとりあえず戻るか」
シルの一声で、みんなの住処に帰る。来た時と同じようにシルの上に乗せてもらって、廊下を歩くが、人っ子一人いない。もう真夜中かと窓越しに空を眺める。そこには相変わらず魔女の浮遊島しかない。
なぜこの世界には、百もの魔女が生まれるのだろう。魔女は人間にとって存在そのものが天災に等しい。魔女の力を欲して人が争ったことも、魔女が事件を起こして国が消えたことも、歴史上数えきれないほどあった。
魔女たちが徒党を組んで浮遊島に住まいを移してからはおおむね平和だったけど、たまにこういう事件は起きる。
「こんな時こそ魔女を頼れたらいいのに」
しかし今の私は豚だ。会話もできないのだから魔女を頼ることはできない。ため息をついてシルの背中で丸くなる。元に戻れるかわからない不安で押しつぶされそうだ。
住処に戻ると、明かりがついていた。バンが明かりを消していたはずなのに、誰かいるのか。
「トリスタンだな……」
鼻をヒクヒクさせたシルからその名を聞いて、私は飛び起きた。シルの背から飛び降りると、中に向かって走る。ソファに座るトリスタン様を見つけると、その足元に突進した。遅れて、シルたちも住処に入ってくる。
「ああ、やっと帰ってきたか。夜の散歩は楽しかったか?」
トリスタン様に頭を撫でられて、私はきゅうきゅう鳴いた。
「使用人に確認を取った。お前の分の食事は用意していなかったと。何日前に来たのか知らないが、食事の用意がなくてすまなかった。色々持ってきたから食べるといい」
なんてお優しいのだろう。勝手に来た客人の食事を心配してくれるなんて、惚れ直してしまいそうだ。テーブルにはたくさんの料理が並んでいる。カエデとバンはすでに肉を食べていた。
今の私は豚。だから許されるはず。そう思って私はトリスタン様の膝の上に飛び乗った。
「どうした。食べないのか?」
トリスタン様は私を撫でながら、口元に食べやすく切った肉を運んでくれる。いっそもうずっと豚のままでもいいかもしれないと思った。先程までの暗い気持ちはすでに吹き飛んでいる。
「お前……存外図太いな」
シルが呆れた顔で呟いたが、私は無視を決め込んだ。この幸せな時間を邪魔しないでほしい。柔らかいローストビーフを口に運んでもらう至福の時。豚肉料理がないのもきっとトリスタン様の配慮だろう。
「……ガブリエルは、なぜお前たちを嫌うのだろうな」
トリスタン様は心なしか困った顔をしていた。表情が変わらないことで有名なトリスタン様だけど、ずっと見つめてきた私には些細な変化もよくわかる。ガブリエル様が知性化生物を嫌っているなんて初耳だ。
実験動物として狂気の魔女によって改造された存在である我々トランプカードの先祖は、その遺伝子を代々受け継ぎ、卓越した能力を世界の平和のために使うことを誓った。トランプカードの遺伝子を引き継ぐには、生まれてくる前に善良な魔女による魔法的処置を受ける必要がある。だがそれは国家機密だ。
ガブリエル様は王族でありながらトランプカードではない。だから知性化生物のために善良な魔女とトランプカードが交わした契約のことも知らされていない。知性化生物が出来得る限り自由に暮らせるように交わされた契約を王族が破るのは、魔女を敵に回す危険な行為だ。
知性化生物を嫌い、排除することは契約違反。ガブリエル様がなにかやらかさないよう注意する必要がある。
「きゅう」
トリスタン様を慰めるように頬を摺り寄せると、トリスタン様の表情が和らいだ。
「ガブリエルは王位を継げない。哀れに思い自由にさせたが、それが間違いだったのか」
私を撫でながら、どこか遠くを見つめるトリスタン様は後悔しているようだった。トリスタン様はガブリエル様を可愛がっていたのだと思う。でもガブリエル様にその想いは届かなかった。
いつも無表情なトリスタン様に、冷血漢だの血も涙もないだのと言っているガブリエル様を見たことがある。トリスタン様はこんなにも優しく温かいのに、ガブリエル様はそれに気づかない。悔しい、と思う。
「きゅう」
トリスタン様はしばらく、私の背を撫でていた。




