表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fランクのわたしに生まれた、白いジュエモン・ミュオパル  作者: ワシワシ/三月ふゆ
ミュオパル誕生、ルビーと星火事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/9

第一章 十二歳の宝石鑑定


 十二歳になると、人は一生に一度だけ、宝石に選ばれる。

 それはこの世界では、ランドセルを背負うことや、給食当番が回ってくることと同じくらい、あたりまえのことだった。

 十二歳の誕生日を迎えた子どもたちは、町の中央にあるスターワールド鑑定堂へ行く。そこで《スターワールドジュエル鑑定》を受け、自分だけの宝石に選ばれる。

 ルビーに選ばれる子もいる。

 サファイアに選ばれる子もいる。

 エメラルド、トパーズ、アメジスト、ガーネット、水晶。

 そして、その宝石から生まれる小さな相棒を、人々はジュエモンと呼んだ。

 宝石のランクは、S、A、B、C、D、E、F。

 SランクやAランクの宝石に選ばれた子は、将来有望だと言われる。名門ジュエル校に推薦されたり、特別な訓練を受けられたり、町の広報紙に名前が載ったりすることもある。

 反対に、EランクやFランクは、あまり期待されない。

 弱い石。

 輝きにくい石。

 育てても、たいしたジュエモンにはならない石。

 大人たちは直接そんな言い方をしないけれど、子どもたちは知っている。

 Fランクは、つまり、価値なし。

 だから、七瀬理央は、その日、少しだけ期待していた。

 少しだけ、というところが大事だった。

 大きく期待したら、外れたときに恥ずかしい。だから理央は、朝からずっと「べつに何でもいいし」と思うようにしていた。

 けれど、机の引き出しには、昨日の夜まで描いていた創作ノートが入っている。

 炎のたてがみを持つライオンみたいなジュエモン。

 氷の羽を広げる小鳥みたいなジュエモン。

 葉っぱの耳を持つ小さなうさぎ。

 音符のしっぽを揺らす金色の子。

 影の中できらきら光る黒い猫。

 ページのすみには、白くて丸い、耳の大きな子もいた。

 理央は、その子にまだ名前をつけていない。

 ただ、その横に小さくこう書いていた。

 “よわいけど、そばにいてくれる子”

「理央、ハンカチ持った?」

 玄関からお母さんの声がした。

「持った」

「鑑定票は?」

「持った」

「水筒は?」

「持ったってば」

 理央は少しむくれた声で答えた。

 お母さんは今日も仕事だ。鑑定堂までは一緒に来てくれるけれど、終わったらすぐ職場に戻らなければならない。

 本当は、鑑定が終わったあと、どこかでお昼を食べたり、選ばれた宝石の話をゆっくりしたりしたかった。

 でも、理央はそれを言わなかった。

 お母さんが大変なのは知っている。

 お父さんも仕事で帰りが遅い。ご飯を作ってくれている日もあるけれど、ときどき千円札を渡されて、弟の分もお弁当を買う日がある。

 大事にされていないわけじゃない。

 それは、理央にもわかっている。

 だから、さびしいなんて言いにくかった。

「行こう、理央」

「うん」

 理央はランドセルではなく、式用の小さなリュックを背負った。

 中には鑑定票と水筒と、こっそり創作ノートを入れてある。持っていく必要はない。でも、何となく置いていけなかった。

 スターワールド鑑定堂は、町の中央広場にあった。

 白い石造りの大きな建物で、屋根の上には星の形をした金色の飾りがついている。入り口の前には、十二歳になった子どもたちと、その家族がたくさん集まっていた。

 理央は、すぐに自分の服が地味なことに気づいた。

 きれいなワンピースの子。

 新品のジャケットを着た子。

 星模様の刺しゅうが入った礼装の子。

 首から、宝石を呼び寄せるための補助護符を下げている子もいる。

 補助護符。

 星寄せのお守り。

 浄化香。

 宝石が落ちてきやすくなる礼装。

 そういうものがあることは、理央も知っていた。

 でも、理央の家にはなかった。

 お母さんは、一度だけお店の前で足を止めたことがある。ガラスケースの中に並んだ補助護符を見て、値段を見て、それから財布を開きかけて、やめた。

「ごめんね、理央。今年はちょっと……」

「いいよ。べつにいらないし」

 理央はそう言った。

 本当に、いらないと思おうとした。

 でも、鑑定堂の前で、きらきらした護符を下げた子たちを見ると、胸の奥が少しだけ、きゅっとなった。

「七瀬さん」

 名前を呼ばれて、理央は顔を上げた。

 同じクラスの猪狩悠斗が立っていた。

 背が高く、運動もできて、先生からよく頼りにされている男子だ。今日は濃い赤のジャケットを着て、胸元には立派な星寄せ護符を下げている。

「お前、護符なし?」

 猪狩くんは、理央の首元を見て言った。

「……うん」

「へえ。勇気あるな」

 悪気があるのかないのか、わからない声だった。

 理央は何も言わなかった。

 猪狩くんの後ろでは、彼の両親らしい大人が、にこにこしながら話している。

「悠斗なら、きっといい石に選ばれるわ」

「お兄ちゃんだしな。しっかりしてるから」

「うちの子なら安心よね」

 猪狩くんは、少しだけ口元を引き上げて笑った。

 理央は、その笑い方を、なんだか変だと思った。

 でも、すぐに鑑定堂の鐘が鳴ったので、それ以上考えるひまはなかった。

 中は、星空みたいだった。

 丸い天井の内側いっぱいに、青黒い夜空が描かれている。そこに金や銀の点がちりばめられ、まるで本物の星が浮かんでいるようだった。

 中央には、透明な円形の台がある。

 鑑定を受ける子どもは、ひとりずつその台の上に立つ。そして、天井の星から落ちてくる宝石に選ばれるのだ。

 最初の子は、サファイアだった。

 青い光がすうっと降りてきて、その子の手のひらに収まった。鑑定士が水晶板をのぞきこみ、高らかに告げる。

「スタージュエル、サファイア。ランクB」

 会場から拍手が起きた。

 次の子はエメラルド。ランクA。

 その次はトパーズ。ランクC。

 高いランクが出るたびに、家族の歓声が大きくなる。

 理央は順番を待ちながら、リュックのひもを握りしめていた。

 べつに何でもいい。

 何でもいい。

 何でもいいけど、できれば。

 できれば、きれいな石がいい。

 できれば、みんなが少しだけ「すごいね」と言ってくれる石がいい。

「猪狩悠斗くん」

 名前を呼ばれて、猪狩くんが台に上がった。

 会場の空気が少し変わる。

 猪狩くんの胸元の補助護符が赤く光った。天井の星が、ひとつ、またひとつと赤く瞬く。

 やがて、燃えるような光が天井から降ってきた。

 それは、大きく澄んだルビーだった。

 赤い宝石が猪狩くんの手のひらに乗った瞬間、会場がわっと沸いた。

 鑑定士が水晶板をのぞきこむ。

「スタージュエル、ルビー。ランクA」

 拍手が起きた。

 猪狩くんの母親が涙ぐみ、父親が満足そうにうなずく。

「やっぱり悠斗だ」

「すごいな」

「火属性のAランクなんて、将来有望じゃん」

 猪狩くんは赤いルビーを見下ろしていた。

 その顔は、うれしそうだった。

 けれど、理央にはなぜか、少しだけ苦しそうにも見えた。

「七瀬理央さん」

 理央は、びくっとした。

 とうとう自分の番だった。

 台に上がると、足元がひんやりした。透明な床の下にも星が流れているように見える。

 理央は手のひらを前に出した。

 天井を見上げる。

 星は、なかなか光らなかった。

 さっきまで次々に降っていた宝石の光が、理央の番になったとたん、静かになった気がした。

 ざわ、と会場のどこかで小さな声がする。

 理央は手のひらに汗をかいた。

 やっぱり。

 やっぱり、何も来ないのかもしれない。

 そのとき、天井の端のほうで、小さな白い星がまたたいた。

 ぽつん。

 本当に、ぽつん、という感じだった。

 その光は、ゆっくり、ゆっくり降りてきた。

 赤でも青でも緑でもない。

 乳白色の、少し濁った光。

 理央の手のひらに落ちてきたのは、小さなオパールだった。

 表面は白くくもっていて、宝石屋のショーケースで見るような虹色のきらめきはない。

 鑑定士は、少し困ったような顔をした。

 水晶板をのぞきこむ。

 会場が静かになる。

 理央は息を止めた。

 鑑定士が告げた。

「スタージュエル、オパール」

 そこで一拍置いた。

「ランクF」

 しん、とした。

 それから、どこかで小さな笑い声がした。

「F?」

「価値なしじゃん」

「オパールって当たり外れ大きいって聞いたけど、あれは外れだね」

「補助護符なしだと、やっぱりああなるんだ」

 理央は、手のひらのオパールを見つめた。

 泣くほどじゃない。

 泣くほどじゃないけれど、胸の奥が、ぎゅっと小さくなった。

 お母さんが客席からこちらを見ている。

 申し訳なさそうな顔だった。

 その顔を見た瞬間、理央はあわてて笑った。

 平気。

 平気だよ。

 べつに何でもいいって、思ってたし。

 理央は台を降りた。

 すると、横を通った猪狩くんが、手の中のルビーを軽く掲げた。

「Fランクって、ほんとに光らないんだな」

 理央は足を止めた。

「……」

「お前のジュエモン、役に立たなそう」

 その言葉は、大声ではなかった。

 でも、理央にははっきり聞こえた。

 理央はオパールをぎゅっと握った。

 言い返したかった。

 でも、言葉が出なかった。

 役に立たない。

 価値なし。

 Fランク。

 その言葉が、頭の中でころころ転がる。

 鑑定がすべて終わったあと、お母さんは理央のそばに来た。

「理央……」

「大丈夫」

 理央は先に言った。

「オパール、かわいいし」

「でも」

「ほんとに大丈夫。お母さん、仕事戻らないとでしょ」

 お母さんは何か言いたそうにしたけれど、時計を見て、唇を結んだ。

「ごめんね。夜、なるべく早く帰るから」

「うん」

「今日、お父さんも遅いから、これで弟の分もお弁当買っておいてくれる?」

 お母さんは財布から千円札を二枚出した。

 理央はそれを受け取った。

「わかった」

「ありがとう。助かる」

 助かる。

 その言葉を聞いたとき、理央はなぜか、さっきの猪狩くんの顔を思い出した。

 ルビーを持って、みんなから褒められていたのに、少し苦しそうだった顔。

 でも、すぐに首を振った。

 今は自分のことで精いっぱいだった。

 鑑定堂を出ると、夕方の光がまぶしかった。

 理央は手の中のオパールを見た。

 くもった白い石。

 Fランク。

 価値なし。

 でも、なぜか捨てる気にはなれなかった。

「……あんたも、がっかりしてる?」

 理央は小さくつぶやいた。

 オパールは何も答えない。

 ただ、夕日の中で、ほんの一瞬だけ、青いような、緑のような、小さな光が石の奥をかすめた気がした。

 理央は目をこすった。

 でも、もう光は見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ