第一章 十二歳の宝石鑑定
十二歳になると、人は一生に一度だけ、宝石に選ばれる。
それはこの世界では、ランドセルを背負うことや、給食当番が回ってくることと同じくらい、あたりまえのことだった。
十二歳の誕生日を迎えた子どもたちは、町の中央にあるスターワールド鑑定堂へ行く。そこで《スターワールドジュエル鑑定》を受け、自分だけの宝石に選ばれる。
ルビーに選ばれる子もいる。
サファイアに選ばれる子もいる。
エメラルド、トパーズ、アメジスト、ガーネット、水晶。
そして、その宝石から生まれる小さな相棒を、人々はジュエモンと呼んだ。
宝石のランクは、S、A、B、C、D、E、F。
SランクやAランクの宝石に選ばれた子は、将来有望だと言われる。名門ジュエル校に推薦されたり、特別な訓練を受けられたり、町の広報紙に名前が載ったりすることもある。
反対に、EランクやFランクは、あまり期待されない。
弱い石。
輝きにくい石。
育てても、たいしたジュエモンにはならない石。
大人たちは直接そんな言い方をしないけれど、子どもたちは知っている。
Fランクは、つまり、価値なし。
だから、七瀬理央は、その日、少しだけ期待していた。
少しだけ、というところが大事だった。
大きく期待したら、外れたときに恥ずかしい。だから理央は、朝からずっと「べつに何でもいいし」と思うようにしていた。
けれど、机の引き出しには、昨日の夜まで描いていた創作ノートが入っている。
炎のたてがみを持つライオンみたいなジュエモン。
氷の羽を広げる小鳥みたいなジュエモン。
葉っぱの耳を持つ小さなうさぎ。
音符のしっぽを揺らす金色の子。
影の中できらきら光る黒い猫。
ページのすみには、白くて丸い、耳の大きな子もいた。
理央は、その子にまだ名前をつけていない。
ただ、その横に小さくこう書いていた。
“よわいけど、そばにいてくれる子”
「理央、ハンカチ持った?」
玄関からお母さんの声がした。
「持った」
「鑑定票は?」
「持った」
「水筒は?」
「持ったってば」
理央は少しむくれた声で答えた。
お母さんは今日も仕事だ。鑑定堂までは一緒に来てくれるけれど、終わったらすぐ職場に戻らなければならない。
本当は、鑑定が終わったあと、どこかでお昼を食べたり、選ばれた宝石の話をゆっくりしたりしたかった。
でも、理央はそれを言わなかった。
お母さんが大変なのは知っている。
お父さんも仕事で帰りが遅い。ご飯を作ってくれている日もあるけれど、ときどき千円札を渡されて、弟の分もお弁当を買う日がある。
大事にされていないわけじゃない。
それは、理央にもわかっている。
だから、さびしいなんて言いにくかった。
「行こう、理央」
「うん」
理央はランドセルではなく、式用の小さなリュックを背負った。
中には鑑定票と水筒と、こっそり創作ノートを入れてある。持っていく必要はない。でも、何となく置いていけなかった。
スターワールド鑑定堂は、町の中央広場にあった。
白い石造りの大きな建物で、屋根の上には星の形をした金色の飾りがついている。入り口の前には、十二歳になった子どもたちと、その家族がたくさん集まっていた。
理央は、すぐに自分の服が地味なことに気づいた。
きれいなワンピースの子。
新品のジャケットを着た子。
星模様の刺しゅうが入った礼装の子。
首から、宝石を呼び寄せるための補助護符を下げている子もいる。
補助護符。
星寄せのお守り。
浄化香。
宝石が落ちてきやすくなる礼装。
そういうものがあることは、理央も知っていた。
でも、理央の家にはなかった。
お母さんは、一度だけお店の前で足を止めたことがある。ガラスケースの中に並んだ補助護符を見て、値段を見て、それから財布を開きかけて、やめた。
「ごめんね、理央。今年はちょっと……」
「いいよ。べつにいらないし」
理央はそう言った。
本当に、いらないと思おうとした。
でも、鑑定堂の前で、きらきらした護符を下げた子たちを見ると、胸の奥が少しだけ、きゅっとなった。
「七瀬さん」
名前を呼ばれて、理央は顔を上げた。
同じクラスの猪狩悠斗が立っていた。
背が高く、運動もできて、先生からよく頼りにされている男子だ。今日は濃い赤のジャケットを着て、胸元には立派な星寄せ護符を下げている。
「お前、護符なし?」
猪狩くんは、理央の首元を見て言った。
「……うん」
「へえ。勇気あるな」
悪気があるのかないのか、わからない声だった。
理央は何も言わなかった。
猪狩くんの後ろでは、彼の両親らしい大人が、にこにこしながら話している。
「悠斗なら、きっといい石に選ばれるわ」
「お兄ちゃんだしな。しっかりしてるから」
「うちの子なら安心よね」
猪狩くんは、少しだけ口元を引き上げて笑った。
理央は、その笑い方を、なんだか変だと思った。
でも、すぐに鑑定堂の鐘が鳴ったので、それ以上考えるひまはなかった。
中は、星空みたいだった。
丸い天井の内側いっぱいに、青黒い夜空が描かれている。そこに金や銀の点がちりばめられ、まるで本物の星が浮かんでいるようだった。
中央には、透明な円形の台がある。
鑑定を受ける子どもは、ひとりずつその台の上に立つ。そして、天井の星から落ちてくる宝石に選ばれるのだ。
最初の子は、サファイアだった。
青い光がすうっと降りてきて、その子の手のひらに収まった。鑑定士が水晶板をのぞきこみ、高らかに告げる。
「スタージュエル、サファイア。ランクB」
会場から拍手が起きた。
次の子はエメラルド。ランクA。
その次はトパーズ。ランクC。
高いランクが出るたびに、家族の歓声が大きくなる。
理央は順番を待ちながら、リュックのひもを握りしめていた。
べつに何でもいい。
何でもいい。
何でもいいけど、できれば。
できれば、きれいな石がいい。
できれば、みんなが少しだけ「すごいね」と言ってくれる石がいい。
「猪狩悠斗くん」
名前を呼ばれて、猪狩くんが台に上がった。
会場の空気が少し変わる。
猪狩くんの胸元の補助護符が赤く光った。天井の星が、ひとつ、またひとつと赤く瞬く。
やがて、燃えるような光が天井から降ってきた。
それは、大きく澄んだルビーだった。
赤い宝石が猪狩くんの手のひらに乗った瞬間、会場がわっと沸いた。
鑑定士が水晶板をのぞきこむ。
「スタージュエル、ルビー。ランクA」
拍手が起きた。
猪狩くんの母親が涙ぐみ、父親が満足そうにうなずく。
「やっぱり悠斗だ」
「すごいな」
「火属性のAランクなんて、将来有望じゃん」
猪狩くんは赤いルビーを見下ろしていた。
その顔は、うれしそうだった。
けれど、理央にはなぜか、少しだけ苦しそうにも見えた。
「七瀬理央さん」
理央は、びくっとした。
とうとう自分の番だった。
台に上がると、足元がひんやりした。透明な床の下にも星が流れているように見える。
理央は手のひらを前に出した。
天井を見上げる。
星は、なかなか光らなかった。
さっきまで次々に降っていた宝石の光が、理央の番になったとたん、静かになった気がした。
ざわ、と会場のどこかで小さな声がする。
理央は手のひらに汗をかいた。
やっぱり。
やっぱり、何も来ないのかもしれない。
そのとき、天井の端のほうで、小さな白い星がまたたいた。
ぽつん。
本当に、ぽつん、という感じだった。
その光は、ゆっくり、ゆっくり降りてきた。
赤でも青でも緑でもない。
乳白色の、少し濁った光。
理央の手のひらに落ちてきたのは、小さなオパールだった。
表面は白くくもっていて、宝石屋のショーケースで見るような虹色のきらめきはない。
鑑定士は、少し困ったような顔をした。
水晶板をのぞきこむ。
会場が静かになる。
理央は息を止めた。
鑑定士が告げた。
「スタージュエル、オパール」
そこで一拍置いた。
「ランクF」
しん、とした。
それから、どこかで小さな笑い声がした。
「F?」
「価値なしじゃん」
「オパールって当たり外れ大きいって聞いたけど、あれは外れだね」
「補助護符なしだと、やっぱりああなるんだ」
理央は、手のひらのオパールを見つめた。
泣くほどじゃない。
泣くほどじゃないけれど、胸の奥が、ぎゅっと小さくなった。
お母さんが客席からこちらを見ている。
申し訳なさそうな顔だった。
その顔を見た瞬間、理央はあわてて笑った。
平気。
平気だよ。
べつに何でもいいって、思ってたし。
理央は台を降りた。
すると、横を通った猪狩くんが、手の中のルビーを軽く掲げた。
「Fランクって、ほんとに光らないんだな」
理央は足を止めた。
「……」
「お前のジュエモン、役に立たなそう」
その言葉は、大声ではなかった。
でも、理央にははっきり聞こえた。
理央はオパールをぎゅっと握った。
言い返したかった。
でも、言葉が出なかった。
役に立たない。
価値なし。
Fランク。
その言葉が、頭の中でころころ転がる。
鑑定がすべて終わったあと、お母さんは理央のそばに来た。
「理央……」
「大丈夫」
理央は先に言った。
「オパール、かわいいし」
「でも」
「ほんとに大丈夫。お母さん、仕事戻らないとでしょ」
お母さんは何か言いたそうにしたけれど、時計を見て、唇を結んだ。
「ごめんね。夜、なるべく早く帰るから」
「うん」
「今日、お父さんも遅いから、これで弟の分もお弁当買っておいてくれる?」
お母さんは財布から千円札を二枚出した。
理央はそれを受け取った。
「わかった」
「ありがとう。助かる」
助かる。
その言葉を聞いたとき、理央はなぜか、さっきの猪狩くんの顔を思い出した。
ルビーを持って、みんなから褒められていたのに、少し苦しそうだった顔。
でも、すぐに首を振った。
今は自分のことで精いっぱいだった。
鑑定堂を出ると、夕方の光がまぶしかった。
理央は手の中のオパールを見た。
くもった白い石。
Fランク。
価値なし。
でも、なぜか捨てる気にはなれなかった。
「……あんたも、がっかりしてる?」
理央は小さくつぶやいた。
オパールは何も答えない。
ただ、夕日の中で、ほんの一瞬だけ、青いような、緑のような、小さな光が石の奥をかすめた気がした。
理央は目をこすった。
でも、もう光は見えなかった。




