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議題:結人の意見(プロローグ)1

 次の会議が来るまで、結人は準備した。


 準備、と言っても、大層なことは何もしなかった。参考文献を読んだわけでも、論文を漁ったわけでも、主張を箇条書きにしてノートにまとめたわけでもない。

 そういうやり方が合わないとわかっていた。

 学生の頃から、試験前にノートを作り込むタイプじゃなかった。ノートを作ること自体に時間がかかって、読み直す頃には疲れている。歩きながら考えたり、ぼんやり風呂に入りながら考えたり、電車の窓の外を眺めながら考えたりするほうが、なぜかきちんと整理されていた。体が動いているか、何かを見ているか、そういう状態のほうが頭が動く。机に向かうと、逆に固まる。

 

 だから、ただ、日常の中で少し意識を変えた。

 見るようにした。

 今まで見ていなかったものを、見るようにした。それだけだ。


 毎朝の通勤電車で、周りを見るようにした。

 今まで電車に乗ると、反射的にスマートフォンを開いていた。改札を通ってホームに降りた瞬間から、もう手が動いている。ポケットから取り出して、ロックを解除して、ニュースアプリを開く。そこまでを考えずにやっている。習慣というのは怖いもので、意識する前に体が動く。


 流し見して、SNSを少しスクロールして、誰かが何かを言っているのを眺めて、どこかのゲームを数分触って。そうしているうちに目的の駅に着く。乗っている時間の記憶がほとんどない。移動しただけで、その間に何があったか覚えていない。


 それをやめた。


 スマートフォンを、鞄の中にしまった。取り出せないように、ではなく、ただしまっただけだ。ポケットじゃなく、鞄の奥の、少し取り出しにくい場所に入れた。物理的な障壁が、習慣を少し邪魔してくれる。

最初の数日は、落ち着かなかった。


 手が暇だった。何もしていない手を、どうすればいいかわからない。吊り革を両手でぼんやり持ってみたが、それも変な感じがした。結局ポケットに手を突っ込んで、それでいいやと決めた。


 そして、周りを見た。


 月曜日の朝の電車というのは、独特の重さがある。

週の始まりの、それも朝の、一番しんどい時間帯だ。ホームに電車が来るまでの時間、プラットフォームに立っている人たちの表情が、金曜の夜とは全然違う。金曜の夜は、まだ体に余力がある。どこかに行けそうな、何かできそうな顔をしている。月曜の朝は違う。誰も彼もが、これから何かを背負っていくような顔をしている。

 


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