ただ二人
その日の会議が終わった後、クロノスが結人に声をかけた。
「少し残れますか」
「はい」
他の三人は退席した。ラファエルが出ていくとき、結人に小さく笑いかけた。アトラスは静かに歩いていった。ベルフェゴールは何も言わずに出たが、扉を閉める手が、なんとなく丁寧だった。
円卓に、結人とクロノスだけが残った。
会議が終わったあとの会議室というのは、少し違う雰囲気がある。円卓の上に映像もなくなって、ただ宇宙が見える天井だけが広がっている。星が見える。銀河が見える。光の量が少し変わった気がした。
「前回の会議で、ラファエルに聞いたそうですね。なぜあなたが選ばれたか」
「はい。聞いてみました」
「答えを聞きたいですか」
「聞かせてもらえるなら」
クロノスは少し考えた。椅子に深く座って、両手を軽く組んだ。
「あなたは、物事に対して答えを急がない人間だからです」
「……それだけですか」
「それが重要なことです。人間代表として来る人には、二種類あります。すぐに答えを出そうとする人と、答えを保留できる人。前者は、会議を早く終わらせようとして、うまくいかないことが多い」
「なぜうまくいかないんですか」
「簡単な答えがない議題ばかりだからです。人類の善悪を、一言で言い切ることはできない。でも言い切ろうとすると、偏った結論になる。そして偏った結論は、ベルフェゴールにすぐ突っつかれます」
「それはわかる気がします」と結人は言った。
「あの人、論理の穴を見つけるのが早い」
「そうです。ただ——」とクロノスは少し言葉を選んだ。
「ベルフェゴールは、論理の穴を突くのが好きですが、それは必ずしも悪意からではありません。あの人は、甘い話が嫌いなのです。正しくあってほしい、と思っているから、穴を突く」
「それは、高い基準を持っている、ということですか」
「そうとも言えます。あの人なりの、誠実さかもしれない」
「面白いですね」と結人は言った。
「ところで」とクロノスは続けた。
「この会議の構造上の問題、というのを、前回あなたは言いましたね」
「言いました。人類を滅ぼすか存続させるか、という問いが適切かどうか、という話です」
「有効かどうかが、私にも実はよくわからないんです」とクロノスは言った。
結人は少し驚いた。
「クロノスさんにも、わからないことがあるんですか」
「あります。たくさん」
「時間の神なのに」
「時間の神だから、余計に多い」とクロノスは言った。
「時間が見えすぎると、どこが重要かわからなくなることがあります。百年後の出来事も、千年後の出来事も、同じように見えてしまう。そうなると、今日何をすべきか、という判断が難しくなります」
「それは、大変ですね」
「お前に言われると、妙に刺さるな」とクロノスは言った。
それは少し人間的な言い方だった。
「俺、失礼なことを言いましたか?」
「いいえ。ただ、あなたは正直だということです。慰めようとせずに、大変ですね、と言う」
「慰めた方がよかったですか?」
「いいえ。慰めよりも、正直の方が好みです」
「正直すぎることもあって、会社でよく上司に注意されます」
クロノスは少し笑った。時間の神が笑うというのは、不思議な光景だったが、悪くなかった。むしろ、クロノスが笑うと、天井の宇宙が少し明るくなる気がした。
「次の会議は、少し重要な内容になります」とクロノスは言った。
「何の議題ですか」
「アトラスが新しいデータを持ってきます。人類滅亡確率の更新値です」
「前より高くなってますか」
クロノスは少し間を置いた。
「……はい」
「そうですか」と結人は言った。
特に動揺はしなかった。驚かなかった。毎日ニュースを見ていれば、大体そんな気はしていた。
「準備しておいてください、とは言いません」とクロノスは続けた。「ただ、覚えておいてほしいことがあります」
「何ですか」
「あなたが今日この場で見たもの、言ったこと、感じたことは、記録されます。永遠に残ります。どんな結論が出ようとも、この会議の記録は残り続けます」
「……意識していませんでした」
「意識しなくていいです。ただ、あなたは人間代表として、一人の人間として、確かにここにいた。今日映像で見た、財布を拾った人間や、傘を渡した人間と同じように、あなたもここで何かをした。それは、意味のあることだと私は思っています」
「重いな」と結人は言った。
「そうですか」
「重いですが……嫌じゃないです。なんか。重いけど、背負いたい感じがします。よくわからないけど」
「それはよかった」とクロノスは言った。
本当によかった、というような声だった。
「では、また次の会議で」
「はい。次の会議も、お昼ご飯は手から消えないようにしてください」
「努力します」
「実のあるものでお願いします」
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