本体
ズルン!!
黒い触手が、俺の足に絡みついた。
粘液のような肉が、締め上げる。
強い。
異様なほど強い。
「……っ!」
俺の体が地面から浮いた。
引き寄せられる。
巨大な本体へ。
ズルズルズル……
ショゴスの肉体が蠢く。
その表面に浮かぶ無数の目が。
すべて。
俺を見ていた。
Tekeli-li
その声は、耳ではなく脳に響くようだった。
嗤っている。
そんな錯覚を覚える。
俺は木剣を振るった。
バシュッ!!
触手を斬る。
だが。
ズルッ
裂けた肉が膨らむ。
増える。
また絡みつく。
(くそっ)
斬っても意味がない。
むしろ増える。
体がさらに引き寄せられる。
あと数メートル。
本体の肉塊が、巨大な壁のように迫る。
その表面で。
目が。
無数に。
開く。
ギョロリ
そのすべてが。
俺を観察していた。
(終わる)
その時。
ギィィィィン!!!
閃光のような剣撃が走った。
絡みついていた触手が――
吹き飛んだ。
俺の体が地面に落ちる。
振り向く。
黒鉄迅が立っていた。
肩で息をしている。
腕から血が流れている。
だが。
剣はまだ構えられていた。
「……無茶しやがる」
低い声だった。
「先生……」
黒鉄はショゴスを睨む。
ズルズルズル……
切断された触手が、また再生していく。
「やっぱり増えるか」
黒鉄は舌打ちした。
その時。
「悠馬!!」
玲奈の声が響いた。
振り向く。
遺跡の入口近くで、玲奈とフィオナが叫んでいた。
「わかった!!」
玲奈が叫ぶ。
「弱点!!」
黒鉄が低く言う。
「早く言え」
玲奈は本体を指差した。
「分体が全部」
「本体に戻ってる!」
「何?」
フィオナが補足する。
「さっきから観察してた」
「分裂した分体は」
「切り潰された後、一時的に本体に戻ってる。あれだけの数だからぱっと見は分からないけど」
「つまり」
玲奈が言った。
「本体がエネルギー源で、ダメージを負ったら本体に戻って回復している」
「本体が無事なら」
「何度でも再生する!」
黒鉄の目が細くなる。
「つまり」
「本体を潰せば終わりか」
玲奈が頷く。
「でも問題がある」
本体を見る。
黒い山のような肉塊。
分体が無数に蠢いている。
近づくことすら難しい。
ガレスが叫ぶ。
「こんなの、どうやって本体まで近づくんだよ!!」
その時。
黒鉄が言った。
「簡単だ」
一歩前に出る。
「道を作る」
そして。
俺を見た。
「お前」
「さっき速かったな」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
見られていた。
俺は何も言わない。
だが黒鉄は続ける。
「本体まで行けるか」
俺はショゴスを見た。
巨大な肉塊。
触手。
分体。
目。
すべてが蠢いている。
恐怖が、背骨を這い上がる。
だが。
俺は言った。
「……行けます」
黒鉄が笑った。
「よし」
剣を構える。
ショゴスが蠢く。
Tekeli-li!!
巨大な肉塊が動く。
その瞬間。
黒鉄が。
突っ込んだ。
ギィィィィィィン!!!
剣が嵐のように振るわれる。
触手が飛ぶ。
肉が裂ける。
衝撃波が走る。
石が砕ける。
土が吹き飛ぶ。
分体が次々と弾き飛ばされる。
「今だ!!!」
黒鉄が叫んだ。
俺は地面を蹴った。
そして。
「自己時間加速 - 2倍<タイムアクセラレート - ツヴァイ>」
時間を加速させた。
世界が遅くなる。
ショゴスの触手が、ゆっくりと動く。
分体の肉塊が、空中を漂う。
その間を。
俺は走った。
黒い肉の海を抜ける。
触手を避ける。
肉壁を飛び越える。
そして。
本体の目の前に立った。
高さ五メートルの肉塊。
表面に浮かぶ無数の目。
その中心。
何かがあった。
黒い肉の奥に。
脈動する。
核のようなもの。
(あれだ)
直感だった。
時間が限界に近い。
胸が焼ける。
視界が揺れる。
それでも。
俺は木剣を握り直した。
「終わりだ」
そして。
全力で――
突き込んだ。




