第10話 待っていたおにいちゃん
「だ、だれだ……?上から……!?」
取り囲んでいた男たちも動揺が隠せないらしい。
お互いに顔を見合わせて、じりじりと離れて行く。
そこで、エルの静かでよく通る声が周囲に響いた。
「忠告しよう。この者たちは、聖騎士エルディオン・レイヴェルト・アル=セラフィムが保護している。……今すぐに去るなら見逃そう」
すでに逃げ腰だった男たちは、その言葉を聞いて、我先にと走り出した。
あっという間の出来事だった。
やはり名前は長ければ長いほど効力が強い。
――覚えられないけれど。
「えーと……。どちらさま?モフたんのお兄さん?」
黒髪に金眼、これまた近寄りがたいイケメンが……。
恐る恐る声をかけた私に、その男性は音もなく一瞬で目の前に来てこちらをマジマジと観察し始めた。
びっくりした……!
空から降ってくるし、わけわからん。それにいきなり距離が近い。
「あ〜、なるほどな。ラーフェルディアが懐くわけだわ。神力の残滓が強い」
「神力の残滓??」
さらに意味がわからないことを言われた。
これは、あれなのだろうか。
会話が出来ないタイプなのか。
「俺はヴァルディーク・セレスタ=ノイン。神獣一族の若手ナンバーワンだ」
「――なんの順位だ。人気ランキングか」
思わず呟いてしまう。
微妙に納得できるところがなんかイヤだ。
しかし、神獣って伝説の??
私の横で、そろりとリリが動く気配がした。
「……ようやくそろった。おにいちゃんを待ってた」
「リリ?」
どこか、ほっとしたような声と口調だった。
「……そこのチビっこ。お前からも神託の気配がするな」
「……!」
エルが息を呑む気配がした。
リリは、突然現れた彼に頷き、ゆっくりと告げる。
「おにいちゃんも、見えたよ」
「あ〜。神託に俺も組み込まれてるのか?どうするかな……。時が来たら、勝手に動き出すだろうし。ラーフェ、兄ちゃんと一緒に……え、嫌??」
小さな弟に首を振って拒否された彼は、しばらく腕を組んで考え込んでいた。
そして結局、
「俺も世話になるわ。よろしく頼むな!あ、せっかくだし、人間のグルメに期待してるから!」
笑って私たちに告げた。
お金、持ってるのかな……神獣って。またしても同居人になってしまうのだろうか。
しかし、自由すぎる。
まずはこちらに許可を取ってほしい。
勝手に決めてしまうこの強引さも、人間じゃないからかしら?
――でも、少しだけ良いこともあった。
「は?移動するのに馬車?人間ってかったるいな〜」
そう言った彼は、指をパチンと鳴らせた。
すると、全員が私の家の中に移動していたのだ。
「うわ!すごいっ」
「だろー?俺がいると便利になるぞ!これで、珍しい食材もパッと取りに行けるしな!」
いや。便利だけれど……。
珍しい食材は、私ではどうすればいいのかもわからないので遠慮したい。
「私は、別に料理が得意ってわけじゃないわよ。本業は錬金術なの!そういうのはレストランで食べなさいよ」
「えー!何とかならないのか?」
「ならないわよ……。うーん、あるいはどこかの店で修行でもしてきたら?自分で作る楽しさが見つかるかもよ」
適当に言ってみる。
とりあえず、私に要求されても困る案件は、他で解決してもらわなければ。
「じゃあ、紹介してくれ!」
――村娘に無茶を言うな。
でも……そうだな〜。
そう思いながらも頭を抱えて考えてみる。
「いや……。一人いるけど。グルメっていうより元冒険者のおじさんが経営するガッツリ系の食堂よ?男性に人気があるわ」
理由は単純。『肉!山盛り!おかわりOK!』を掲げているから、力仕事を終えた男性に大人気なのだ。
多少大味でも許される、それが山盛り大盛りの世界だ。
神獣のお口に合うかどうか……。
「そういえば、名前聞いてなかったわね?私はミーナ。こっちはリリよ」
「あれ?言ってなかったか?名乗った気がする……」
――名乗られた気もする。
しかし、覚えていないと伝えるよりはマシだ。
「あの時はゴタゴタしてたから、聞き逃しちゃったのかも!もう一度お願い」
「いいだろう。俺は……」
「あ、三文字以内でお願い。人間って脳が小さいから忘れやすいのよ!」
――それは、ミーナ嬢だけでは……。
後ろで何か聞こえた気がするが、敢えて無視する。短ければ短いほど、親密度が上がるのである。
「人間って不憫だな……。じゃあ、俺はヴァル。弟はラーフェだ」
「わかってくれてありがとう、ヴァル!でも、ラーフェは元のモフたんに戻ってるけど……」
下を見ると、いつも通りに白い毛玉が転がっていた。
「ああ。幼年期は不安定だからな。あと十年も経てば落ち着くだろ」
「うわぁ。やっぱり長寿系の時間感覚スゲェや」
私が呟いた言葉は流されたらしい。神獣ヴァルは、もう違う話題に移っていた。
「で?そこの騎士は?神託に関わってるのか?」
ヴァルがリリに聞く。
リリは無言で首を振るだけだった。
「じゃあ、必要ないな。帰りな、そこの騎士さん。あんたは神殿の人間だろ?これから邪魔になる可能性がある。それに、真面目なあんたは神獣の事も報告しなきゃならないだろう?」
「それは……!その通り、です。ですが……」
「この神託の意味は、お前には重すぎると思うぞ?神殿そのものの意味を問われている」
一瞬で部屋の中の空気が張り詰めた。
ヴァルもエルも動いていないのに、空気が異様に重く息苦しく感じる。
「とはいえ、神獣は選択を強制しない。それをやると面倒だからな。好きにすればいいさ」
何気なく、でも冷たく突き放すようなその台詞で、部屋の中の緊張が解けた。
ヴァルはもう、エルにも興味を失ったようだ。
エルは一瞬だけ二階へ視線を向けて、自分の手のひらを見た。
ぎゅっと拳を握りしめ――、
それでも彼は、最後まで言葉を発しなかった。
リリが待っていた『別のおにいちゃん』。
それが、実際に現れてしまった――。
―――何故、『私は必要』なの……?
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