三つの暴力が重なりあうとき2
カバネルは猫のような目を細めてニヤニヤ笑っている。
アセットがカバネルの申し出を検討しかけたとき、タナキサが口をはさむ。
「な? あいつは話がどう転がってもかまやしないんだ。だが、わたしはあくまで話し合いを望む」
それまで黙っていたパモナが口を開いた。
「わたしは魔道士です。様々な超常の攻撃法を心得ています。あなたがたふたりがアセットを罠にかけようとしているなら後悔しますよ。いわゆるケチョンケチョンにのしちゃいます」
カバネルが嬉しそうに笑った。
アセットは焦った。
「パモナ!」
こんなことを言ったら、まずパモナが攻撃目標とされてしまうのに。
アセットはパモナを守りたかった。
パモナの力は秘密にしておきたかったが、
彼女のほうはアセットを守るために自分へ矛先を向けさせてしまった。
タナキサは冷静で、辛抱強かった。
「それならそれでいいが、無理やりここを押し通るつもりならわたしは戦う。それより頼む。話を聞かせてくれ」
その真摯な態度はアセットの心を動かした。
タナキサは人々を守る王国の騎士だ。
ここまで言っておいて不意打ちをかけてくるとも思えない。
安全なのだろう。少なくともいましばらくは。
アセットは身体をよじって、パモナの瞳を覗いた。
「パモナ、話してみよう?」
パモナは頷いた。
「アセットがそうするなら、それでいいよ」
「パモナ、危ないことはしないで」
「それってこっちのセリフだよ」
ふたりはふっと微笑みあう。
「納得いったんならこっちの家で話そう」
タナキサが親指でさし示した。
アセットとパモナはエクウスを降りた。
カバネルががっかりした様子で言う。
「けっきょく拳で語りあうことになるんじゃないのぉー? そうだよね?」
「まったくおまえらは誰をとっても頭が痛い」
そういってタナキサが案内を務める。
四人は道沿いにあった大きめの家へ入った。
家のなかは暖炉に火が入っており、すでに居心地のよいものになっていた。
大きな背嚢がふたつ転がっている。
タナキサとカバネルが担いできた食料だろう。
広い家だった。椅子の数はじゅうぶんにある。
デーモンたちはまだ外でおしゃべりしていた。
アセットが目をやったときには、イステバがオーバーな身振りでなにかを説明していた。
しばらくデーモン抜きで人間同士のみの話し合いになるだろう。
アセットたち四人が大きなテーブルにつくと、
タナキサが白湯の入ったカップを人数分用意した。
タナキサは単刀直入に話を切りだした。
「わたしが知りたいことはひとつ。おまえがここまで頑なにアガモルゲを目指す、本当の理由だ。ここまで来てしまったのだから正直に話してみてくれ」
アセットの心も固まった。本当の目的を話してもいい。決然とした口調で話しはじめる。
「それならもうホントのことを言うけど……」
アセットは明かした。
目的はアガモルゲの心臓部であるという時の門。
時の門の力を使って殺された姉の死をなかったことにすることが目的であると。
パモナも納得済みで同行していることも、
パモナには忘れている目的がある可能性があり、
またアガモルゲの方向がわかることも話した。
話し終わったとき、タナキサの瞳が濡れて輝きと野心が増したように見えた。
タナキサは言った。
「それは……、確実なことなのか? 死んだ者の運命を変えられるというのは」
アセットは平然と答えた。
「ぜんぜん。確実な根拠はなし。わたしがおとぎ話から推測しただけの話」
「そんなことに命がけで取り組もうっていうのか、おまえは、まったく……」
「行けるとこまで行ってみないと気がすまないの」
カバネルは頭の後ろに手を回して伸びをした。
「うぅーん、でもさぁー、アガモルゲのなかって入ってみたいよねぇー! おもしろそう! 悪魔の騎士が三人もいればなにがあってもラクショーじゃない?」
タナキサがパモナに聞く。
「アガモルゲに近づいて、おまえの記憶が戻ったとしよう。その目的が我々の不利益になることだったらどうする? おまえはどうも稀代の魔道士らしいからな、アガモルゲをより活発化させるなんてこともできるかもしれない」
パモナは気を悪くしたような目つきで言った。
「そのときは、そんなことをしてやる義理はありません。その目的は放棄します。わたしはただ世界を巡ってみたいだけ。もう家族も残っていないだろうし。アセットの行きたいところへついていきたい」
「短いあいだにずいぶん惚れこんだものだな……」
タナキサの言葉に、アセットとパモナは頬を赤らめた。
照れ隠しするように、アセットが口を開く。
「パモナもこう言ってるんだし、連れて行かない理由はないと思う。無駄足になるかもしれないのは、わたしのもともとの目的も同じ。でも、そこにあるものを見てみなければ納得できないから。それにパモナは頼りになる」
タナキサは言った。
「アガモルゲの時の門についてはわたしも興味が出てきた。おまえたちの考えているような力があるとすれば、たしかに魅力的だろう。危険を冒す価値がある」そこで区切って言葉を続ける。
「おまえたちの目的はわかった。じつのところ、ここまできたときに腹積もりは八割がた決まっていた。ここはもうベルラッサへ帰るよりずっとアガモルゲに近い。わたしも一緒に行く。アガモルゲ中心部まで侵入し、時の門をみつける」
カバネルが手をあげた。
「じゃあアタイも行くぅー。最初からそのつもりだったけど。ここまで来たらねぇ、アガモルゲ観光しない手はないっしょ。なんか怪物でてきたらまずアタイに回して。それぐらいかな条件はさ」
アセットは我知らず眉間にしわを寄せていた。
「わたしはここを通してくれるだけでいいんだけど。団体行動なんてしたことないし」
カバネルが笑った。
「たった三人に、デーモン三匹じゃん! 団体とかじゃないってー! アセットちゃん、そういうとこなんかカワイイねぇ!」
タナキサはすでに気を許した様子で、背もたれに体重をかけて言った。
「つれないことをいうな。少なくとも、時の門をみつけるまでは協力する。それがどんなものかよくわかっていないからな。正体が判明したとき、よく考えよう、お互いな」
アセットは念を押した。
「わたしたちはわたしたちの目的を最優先する。ついてくるならお好きにどうぞ。邪魔だけはしないで」
タナキサは頷いた。
「わかった。善処しよう」
いっぽうカバネルはおどけてみせる。
「アタイ、わっかんないなぁー! アガモルゲが退屈だったらアセットちゃん襲っちゃうかもぉー?」
アセットとタナキサが鋭くにらむ。カバネルは笑った。
「じょーだんじょーだん。まあいくら仲良しになったとしてもさ、緊張感て必要でしょ」
「はぁーあ……」
アセットは少女らしいため息をつく。パモナはその肩をさすった。
タナキサが言った。
「まずは山越えだが、その前に腹ごしらえをしよう」
アセットは外を指差した。
「わたしたちだいぶ余裕があるからエクウスの食べ物を食べて。オークの食料なんだけど……」
タナキサは驚いたような声をあげる。
「そんなものを食べているのか! ダメだ!」
カバネルもニヤニヤ笑う。
「アセットちゃーん、人間そこまで落ちちゃだめよー?」
しかしふたりともアセットたちの取りだした食べ物を見て、こわごわと味わったあと意見を変えた。悪くない、と顔に書いてある。
アセットたちは、オークの集落で奴隷を解放したときの冒険譚を話すことになった。
話し終わったころにはタナキサとカバネルの雰囲気は、以前より友好的なものになっていた。
ふたりとも、アセットとパモナのコンビが見ためほど侮れないと悟り、自分たちはみな似た者同士なのだと再認識したらしかった。