三つの暴力が重なりあうとき
夜が明けた。
まだ陽は昇っていなかったが、灰色の明るさがあった。
アセットたちは分けてもらった食料をエクウスの限界まで積み、出発の準備を整える。。
もと奴隷たちもみんな起きだし、動ける者は仕事をはじめた。
当面の仕事はオークたちの死骸の処理だった。
これを片づけないからには臭いがひどく、ここに住むのはつらいことになるだろう。
作業には数日かかる見通しだった。
アセットが悪魔の騎士になって手伝えば、もしかしたら一日で終わってしまうかもしれない。
しかし、そういうわけにもいかなかった。
アセットたちには追手がかかっている可能性があった。
パモナは貴重な人材だ。
タナキサたちが追ってきているかもしれない。
また、あの晩に現れたイステバの姉妹、
イメリアンの契約者も、もしかしたらイステバの契約者たるアセットと戦うために追ってきているかもしれない。
タナキサやイメリアンの契約者は、追ってくるとすれば馬を使うだろう。
アセットたちのエクウスと馬では一日に移動できる距離は大きな差がある。
そう易易と追いつかれる心配はなかったが、寄り道しすぎれば話が変わってしまう。
この集落にも長居はできない。
何人かの者が見送りにきていた。代表の男が言った。
「行ってしまうのか。あんたは立派な騎士だった。あんたのしたことは孫子の代まで語り継がれるだろう。この恩は決してわすれない」
アセットはエクウスの上から応えた。
「わたしはオークが許せなかっただけです。お礼はこの食料でじゅうぶん」
男は笑った。
「あんたは大物だと思うよ。よい旅を!」
「あなたたちもお気をつけて。それじゃ!」
アセットはエクウスを発進させた。
パモナはアセットの後ろに座り、サイドのバスケットにはイステバがふんぞり返っている。
ボスの部屋でみつけた飴玉を口のなかで転がしながら、イステバが言った。
「このまま引き返してさー、人がたくさんいるところで困ってる人たちを助けて旅しない? 暴力で解決できることだけやって、人に感謝されてお礼もらってさー。楽しいと思う」
前を見たまま、アセットが応える。
「わたしもパモナもアガモルゲに用事があるの。なんにもならない旅に終わるかもしれないとは考えるけど、それでも行き着くとこまで行かないと気がすまない」
「まぁ、そういう性分だよね、アンタ」
パモナが口を開いた。
「わたしは、なんていうか、個人的にはもうアガモルゲへ行かなくてもいいかなって気がしてる。あまりいいこと待ってなさそうな予感がするの。わたし、アセットと一緒ならどこへ行っても楽しめる気がするし」
アセットは軽い驚きを覚えてちらと後ろを振り返る。顔を前に戻して言った。
「わたしもパモナと一緒にいろんなところへ行きたい。けど、それもこれも、時の門をみつけたあと! パモナの用事は嫌ならしなくていいと思うけど、わたしがやるべきとこはさせて!」
イステバが呆れる。
「説得とか無理よね、やっぱ。年寄りみたいに頑固」
アセットたちは陽のあるあいだずっとエクウスを走らせ、夜になると野営した。
あくる日の午前中に、放棄された開拓村に着いた。
都合よく、アガモルゲへの進路はまっすぐだった。
村は半壊といったところだろう。
大きな足で踏み潰されたような家々がある。
村の被害はそのていどだったが、あんな大きな生物が襲ってきて、手の出しようもなければ、全住民は逃げだすしかなかったはずだ。
なかなか美しい自然に囲まれた場所で、遠くに山脈の連なりが望めた。
その山脈が、アガモルゲの徘徊領域となんとか人の住める領域の境目となっている。
遠目からみるかぎり、村にひとけはなく、ひっそりとしていた。
ここで水を補給し、一休みするつもりだった。
アセットは村の広い道へ、エクウスで乗り入れた。直後、イステバが声をあげる。
「あっ! ちょっとヤバいかも!」
警告は遅かった。
建物の陰から輝く人影が飛来して、エクウスの前に立ちはだかる。
黒と翠の装甲が輝く悪魔の騎士、タナキサだった。
しかしタナキサは着装をほどき、イルケビスとふたりになって己の姿をさらした。
アセットはなにをされるのかと身構えた。
そこへ、気配も感じなかった背後から声があがる。
「久しぶり、お姉さま」
振り返るとそこにはアセットと同じ歳くらいの少女が立っていた。
細身で黒革のぴっちりしたスーツに身を包んでいる。
紫の髪と金色に光を放つ瞳が、超常の生物、デーモンであることを示していた。
その隣にも女が立っていた。
赤髪を編みこんでいて歳は十代後半といったところ。
アセットよりも年上だが、タナキサよりは年下。
しなやかな獣を思わせる顔つきだった。少女は片手をあげた。
「はい、袋のねずみー。お初ぅー、アタイ、カバネル。イメリアンの契約者」
ということは紫の髪の少女はイの三姉妹が三女イメリアンということだ。
けっきょく、長姉であるはずのイステバが、もっとも幼い容姿をしている。
デーモンというものはわからない。
この前の襲撃とイステバの説明からして、
イメリアンとカバネルは相性のよい狂犬コンビらしかった。油断禁物だ。
アセットが警戒していると、反対側のタナキサが声をかけてきた。
「必ずこの村へ寄ると踏んでいた。これが経験の差ってやつだ、アセット。とりあえずおとなしくしてもらおうか」
この放棄された開拓村に寄ったのは偶然の連なりの結果だった。
もともとはアセットの計画にない寄り道だったが、
じっさいに出会ってしまったのだからタナキサの予測にケチをつけてもはじまらない。
それよりアセットには聞きたい疑問があった。
「タナキサ、あなたたち、どうやってエクウスより速く先回りできたの」
タナキサは得意げに胸を反らした。
「悪魔の騎士になって飛んできた。食料だけを背負ってな。休み休みでも馬より速い。結果的にはエクウスよりも速かった」
アセットは内心で舌打ちをした。
オークの集落を襲わなければ先にここを通過していたかもしれないのに。
奴隷たちを開放したことは後悔していない。胸に誇れることだった。
しかし、運命のいたずらが憎らしい。
アセットは前と後ろの様子に気を配りながら、唇を尖らせた。
「それで? こんな辺境まで追ってきちゃって、あなたたちはなにをするつもりなの」
タナキサは両手を広げた。
「話し合おう。悪魔の騎士同士、それも姉妹同士じゃ殴りあっても埒があかない」
背後でカバネルが言う。
「けっきょくアタイたちも勝負つかなかったもんね。タナキサちゃんが先に着装解けちゃったんだけど、生身のタナキサちゃん捻り潰してもおもしろくないからさ、こっちゃー」
サイドのバスケットからイステバが声をあげた。
「ねえ、話長くなりそう? アタシたち姉妹だけ抜けておしゃべりしててもよくない?」
「イルケビスとあっちの紫の子も連れてくのね? それならいい」
「りょーかーい。イルケビス、イメリアン、おいで!」
イステバがエクウスを降りると、デーモンの娘三人は固まって離れたところへ行く。
タナキサが言った。
「わたしたちも話し合おう。契約してるデーモンたちは姉妹同士だし、わたしたちも憎しみがあって敵対してるわけでもない。アセット、わたしはおまえの話が聞きたい。なぜこうもアガモルゲにこだわるのかを」
アセットは応えた。
「話してもいいけど、あなたたちが納得するとはかぎらない。それでもわたしはパモナを渡さないし、アガモルゲに行く」
タナキサはゆるくウェーブした黒髪をかきあげた。
「ほんとに頑固だな。それも含めてとにかく話を聞きたいって言ってるんだ。とにかくエクウスから降りてこい、ふたりとも。腰を落ちつけて話そう」
「なにかの罠をしかけてはいないよね。プライマル・ナイトともあろうお方が」
「そんなに信用できないなら、話し合いのあいだ、おまえだけ悪魔の騎士になっていてもいい。わたしたちは生身のままでいよう。それでどうだ」
アセットの背後でカバネルが声をあげる。
「えぇーっ! そんなのずるい!」
アセットはタナキサに言った。
「うしろ、納得してないみたいだけど」
タナキサは口の端を吊りあげた。
「なに、あいつならわたしより簡単に納得するさ。暴れる口実を探し回って旅してきたようなものらしいからな」
背後からカバネルが意外な提案をしてくる。
「アセットちゃん、見逃してあげようか? ねえ、アタイとケンカしてアセットちゃんが勝ったら、アタイ、アセットちゃんの味方になってあげる。二対一ならタナキサちゃんお手あげだよ?」
「え?」




