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デーモンは処女の掟を説いたものだった2

 アセットが入っていくと、騒ぎがピタリとやんだ。

 一瞬後、歓声とともに人々が詰め寄ってくる。

「無事だったんか、あんた!」

「ありがとう、ありがとう!」

「あんたのおかげよ! あんたの!」

 人々があまり熱狂的に身体を叩いたり、抱きついてくるので、アセットは力をこめて押しのけるしかなかった。

「ちょ、ちょっと、あなたたち、どうして逃げないんですか?」

 アセットが口をきくと、人々は一歩退いて囲んだ。


 代表らしき男がおずおずと口を開く。

「おれたちゃ行くところがないんでなぁ。開拓村がアガモルゲの落とし子に潰されて、避難してくるところをここのオークどもに捕まったのさ」


 別の女が言った。

「ここならしばらく食べ物には困らないし、雨風もしのげるし。村は遠いから出ていくにしても栄養つけとかないと」


 この人々はグラウスがいた村よりも先に、アガモルゲの落とし子の襲撃を受けた村で生活していたらしい。


 アセットは事情が飲み込めたが、注意をうながす。

「事情はわかりましたが、ここにはオークの生き残りが戻ってくるかもしれませんよ」


 体格のいい男が言った。

「だいじょうぶだ。残りなんてたいした数じゃないだろう。ここには弓矢も剣もあるし、鎧だってあった。なんとかなる」

「それにアガモルゲの落とし子がいるからなぁ。あいつよりはオークのほうが相手にしやすい」


 アセットは状況が変わっていることを教えてやった。

「そのアガモルゲの落とし子も倒しました。わたしの知り合いが、ですが。この先の開拓村の近くです」

「お、おおー……」

 人々がどよめく。

 なんともいえない空気が漂った。

 安堵と、アセットに対する畏れが入混じったような雰囲気だった。


 しばらく間をおいて男が言った。

「なぁあんた、まだ年若いようだが行き場所を探してるならここに留まってくれよ。俺たちの長になってくれ」

「そうだ、そりゃいい! 頼むよ!」

「あたしたちを守っておくれよ!」

 ふたたび人々が詰め寄ってくる。

 期待に輝く瞳を拒絶するのは気が引けるが、アセットの意志は固い。

 目的を諦めるつもりはなかった。アセットは申し訳なさそうに言った。

「みなさんの期待には応えられません。わたしは旅の途中で、大事な用事があるんです」


 代表の男は肩をすくめた。

「まぁそうだろうな。あんたみたいな人が目的もなくこんな場所をうろつかないだろう。重要な旅なんだろうね。でもこれだけは覚えておいてほしい。我々はいつでもあんたを迎え入れるし、そのときにはできる限りのもてなしをする」


 女が言った。

「旅といったって夜は休むんでしょう? 今晩はここで寝ておいきよ」

「おお、そうだ! あんたが倒したボスの部屋を使うといい。あいつの部屋はきれいだ」

 別の男が言った。

「鎧を脱いで、たらふく食っていってくれ。オークの食べ物といっても、あいつらが手を触れる前なら清潔だ。作っていたのは俺たちなんだから」


「すいません、まず部屋を見せてください」

 アセットは魔道士の部屋へ案内された。

 この集落の首領の部屋だ。

 オークの居住空間と違い、小綺麗に整理整頓されていた。

 床には敷物が敷かれ、清潔なシーツに包まれた大きな寝台と、幅の広いソファがあった。

 明かりにはランプもある。

 これなら三人で寝てもずいぶん余裕があるだろう。

 パモナを運んできてもいい。納得するとアセットは言った。

「外で仲間が気を失ってるんです。まず彼女を運んできます」


 アセットはパモナを運んできて寝台に寝かせた。

 人々は好奇心に満ちた目でパモナを見たが、そこには畏敬の念もあった。


 パモナを寝台に寝かせると、アセットは宴会の広間に戻った。

 いつまでも悪魔の騎士ではいられないし、せっかくの食事もいただきたい。

 生身をさらすのは気恥ずかしいところもあったが、アセットはイステバと分離した。

 装甲が帯になって剥がれ、イステバの姿に凝集する。

 イステバとアセットが素の姿を晒した。

 幼い子どもと変わらない少女と、まだ大人には程遠い少女のコンビだった。


 人々は悪魔の騎士デーモンメイデンの解除に驚いていた。

 文字通り腰を抜かしてしまった者もいる。

 そしてアセットとイステバの姿を見て、困惑にも似た驚嘆に表情を失うのだった。

「小柄だとは思っていたけど、ホントにこんなかわいい女の子だったとはねぇ……」

「小さい子はデーモンなのかい? 信じられんな、すごいねぇ」


 代表の男が言った。

「まぁ、村の長になってもらうには少々若すぎたようだのう。育ちざかりじゃろ、さあ、あるだけ食ってもらおう」


 アセットとイステバを囲んで、宴会が再開された。

 ふたりともオークの食べ物をおおいに口へ運んだ。

 パンもチーズも漬物も、度の低いビールも思いのほか味がよかった。

 おそらくあの魔道士が細かく指導していたのだろう。


 アセットとイステバは質問攻めにあった。

 答えられることには真実を話し、旅の目的については曖昧に濁した。

 重要なためにおいそれと教えられないといったふうを装う。


 やがて宴もお開きになった。

 人々は広間の床で眠りこんでしまい、

 目を赤くした見張りの者が不寝番をしにトンネルの出口へ向かう。


 アセットとイステバはボスの部屋へ引きあげた。

 パモナは部屋を出たときのまま、まったく動いた様子もなく寝入っていた。

 心配になって額を触ってみるが、幸い熱はない。


「あー、食べた食べた。けっこうおいしかったね」

 そういうと、イステバは寝台にあがり、パモナのとなりに身体を滑りこませた。


 アセットが咎める。

「ちょっと! パモナが寝てるのに!」

「これだけ広ければ余裕でしょ。アタシ小さいし、デーモンは寝返り打たないし。じゃ、また本気で寝るから」

 イステバは身体をまっすぐに伸ばして、胸の上で腕を組む。

 そのまま目を閉じて動かなくなってしまった。


「まったく……」

 アセットは呆れ気味につぶやいた。

 治療中にたっぷり寝ていたアセットは眠くない。

 部屋のなかを物色して時間をつぶすしかなかった。


 このボスの部屋には多くの蔵書と地図があった。

 ほかにも集落を運営するための記録の束もある。

 アセットは地図を広げて確かめた。

 ここからアガモルゲの干渉地域までが描かれている地図は役にたつだろう。もらっていこう。


 アセットはふと、寝台に目を向ける。

 パモナとイステバが仲良く並んで寝ていた。

 その有様を見て、アセットは少し心がざわつくのを感じた。

 それは嫉妬の萌芽だった。

 我ながら少なからず驚く。

 正直に言って、パモナとイステバが一緒に寝ていることが、ほんのわずかばかり、かすかにうずく程度にだが、おもしろくないと認めざるを得なかった。


 イステバがパモナと寝ているのがつまらないのか、

 それともパモナがイステバと寝ているのがつまらないのか、

 そこのところはいまひとつ判然としない。

 どのみち、大きな怒りでもなかった。少なくともいまはまだ。


「ふー……」

 アセットはざわつく気持ちを振り払い、大きなソファへ横になった。

 身体を伸ばしてリラックスし、頭を整理してこれからのことを考える。

 地図を手に入れたおかげでわかったが、この先に最後の開拓村がある。

 いくぶん道を外れるとしてもそこには寄るべきだろう。

 村は潰されているということだが、水は手に入るはずだ。


 そんなことを考えていると、アセットはいつの間にか眠りに落ちていた。

 眠りは浅いものだったか、違和感を覚えて目覚める。


 すぐ近くにパモナがいた。

 床の上に座りこみ、アセットの右腕をとって、自分のほおに当てている。

 まるで大事なものでもあるかのように。


 アセットの鼓動は跳ねた。しかし平静を装って声をかける。

「パモナ、起きたの? だいじょうぶ?」

「えっ! あ、ああ、もちろん!」

 パモナは慌ててアセットの腕を離した。顔を赤くして言い訳がましく言う。

「傷がちゃんと治ってるかよく見ようと思って。深い火傷だったし!」

 アセットは身体を起こした。

「すごくよく治った。傷跡もないよ。本当にありがとうパモナ。わたしパモナがいなかったら死んでたかもしれないし、なんてお礼をいえばいいか」

 パモナは立ちあがった。

「気にしないで、旅の仲間なんだし。わたし、アセットの役に立てて嬉しかった」

 少し黙ったあと、目を伏せて続ける。

「でも本当はすごく怖かった。火傷、ひどかったから。これが治らなかったら、アセットが死んじゃったらどうしようって、必死だった……」


 アセットも立ちあがり、心の赴くままにパモナの身体を抱きしめた。

 それは嘘偽りのない友愛の証だった。

「パモナ、ありがとう。心配かけてごめんなさい……」

「アセット……」

 パモナもアセットの身体に腕を回す。

 ふたりは無言でお互いの体温に感じいった。


 とつぜん、イステバの声があがる。

「女同士っていってもさ、処女じゃなくなったらもう悪魔の騎士デーモンメイデンになれないんだからね」


 アセットとパモナは弾かれたように身体を離した。アセットは顔を赤くして弁明する。

「そ、そんなんじゃないから! なに考えてんの、イステバ!」

 パモナも言った。

「そ、そう! そういうのじゃないでしょ、見ればわかりそうなものだけど!」


 イステバは身体も起こさず言った。

「ま、いいけどさ。気をつけてよ、マジで。ここほとんど荒野のまんなかと一緒なんだからね」


気まずい沈黙が数瞬あったが、それはパモナの腹の虫で破られた。

「あっ! もうずっと食べてないから! おなか減っちゃったかな」

 アセットは微笑んだ。

「オークの食べ物持ってくる。けっこうおいしいんだよ」

 もう夜明けも近かった。

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