第22話 譲れない思い
「リーゼはジークヴァルト様と、うんと仲良しさんになったみたいね」
主役が連れ去られてしまったピクニックの席で、残された者のほとんどが唖然とした状態だったが、その雰囲気をまったく意に介した様子もなく、クリスタがのんびりした調子で言った。
「喜ばしいことだが、わたしとしては複雑な気分だよ」
フーゴはがっくりとした様子でうなだれている。気分はもう花嫁の父である。
リーゼロッテを連れ去った公爵の馬は、一行がいる丘の少し離れた花畑の方へ行ったようだ。ピクニックに同行した使用人たちは、みなそろって二人の動向を逐一見守っている。
肉眼でそこにいるな、程度の大きさだが、ふたりが馬を降りて仲睦まじそうに語らっている様子を目にすることができた。
「……ねえ、エラ。リーゼロッテお嬢様は大丈夫なのかしら?」
クリスタ付きの年配の侍女が、エラにこそりと話しかける。そして、言いにくそうに言葉を続けた。
「公爵様はお若いのにとても威厳がおありだし、お嬢様が怖がられたりしてないか、とても心配だわ。その、お噂で公爵様はとても恐ろしい方だとお聞きするし……」
ダーミッシュ領にジークヴァルトが来ることは滅多にないため、使用人たちは公爵の人柄を噂話で聞きかじる程度だった。整った顔立ちから一部の女性陣には人気が高かったが、フーゲンベルク公爵にまつわる噂は黒かったり怖かったりするものが大半を占めている。
使用人たちにも何かと気を配ってくれる公爵に、屋敷の使用人たちはおおむね好感を抱いていた。にもかかわらず、今日、実物の公爵を目の前にした者たちは緊張のあまり竦みあがり、護衛の騎士も含めて一様に恐怖心を植え付けられていた。
「それはオレも気になるな。護衛を任された身ではあるが、オレも公爵閣下を前にするとどうも気押されてしまって……。お嬢様は怯えてしまっていないだろうか」
ジークヴァルトよりもずっと年上の護衛が、情けなさそうに眉を下げて言った。しかし、周囲の使用人たちは、同感であるとばかりにうんうんと頷いている。
「それはまったく心配ありませんよ。リーゼロッテお嬢様は公爵様のことを、とてもおやさしい方だとおっしゃっていますし、公爵様もお嬢様をそれはそれは大切にしてくださっていますから」
エラはみなが危惧するようなことは何もないと、周囲を安心させるように言った。
「それならいいのだけど……」
そう言った年配侍女だったが、その表情はいまだ不安げだ。
周りで会話を聞いていた使用人たちも、みな同様の顔つきをしている。なにしろ、あの公爵がやさしく微笑む姿など、誰一人として想像できなかったのだから。
一同は困惑しながら、遠くの丘の向こうで見つめ合っている二人の姿を注視するほかなかった。




