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そんなふたりの様子を、ジークハルトはにこにこしながら見守っていた。あぐらをかいて宙に浮いたまま、楽しそうにゆらゆら体を揺らしている。
意味ありげなその視線に「なんだ?」とジークヴァルトが不機嫌そうに言った。
『いや、涙ぐましい努力だなと思って』
ジークハルトの小馬鹿にしたような言い方に、リーゼロッテがぐっと言葉を詰まらせた。
「では、ハルト様は、他によい手立てがあるとお思いですか?」
涙目で訴える。
『リーゼロッテはもうすぐ十五歳になるよね?』
いきなりそう問われ、リーゼロッテは戸惑い気味に頷いた。
「はい、来月には」
『十五を迎えればきっと大概のことは解決するよ。ヴァルトの力が拒絶されるのもなくなると思うし』
ジークハルトの言葉に、ジークヴァルトが怪訝そうに問うた。
「なぜそう思う?」
『だってリーゼロッテを守っているのはマルグリットの力だし』
ジークハルトは至極当たり前のことのように言った。
「マルグリット母様の? ……どういうことですか?」
『リーゼロッテとヴァルトの初顔合わせの時、ヴァルトのやらかしもあったし……。何よりマルグリットは自分の託宣の相手に苦労していたみたいだからね。十五歳になるまでは、リーゼロッテにジークヴァルトを近づけたくなかったんじゃないかなぁ』
「ヴァルト様のやらかし?」
ジークハルトの言葉にリーゼロッテはこてんと首をかしげた。
(黒いモヤのことかしら……? むしろやらかしたのは、ヴァルト様を見て泣き出したわたしの方なんじゃ……)
『あれ、リーゼロッテは覚えてないんだ? よかったね、なのかな? ね、ヴァルト』
意味ありげに笑うジークハルトに、眉間にしわを寄せてジークヴァルトは心から嫌そうな顔をした。
「それに、母様の託宣の相手って……イグナーツ父様のことですか?」
うん、そうだよ、というジークハルトの返事に、リーゼロッテは「母様が父様に苦労していた?」と再び首をかたむけた。
リーゼロッテの幼いころの記憶は朧気だったが、実の両親の仲が悪かったような気はしない。どちらかというと仲睦まじかったように思えた。ジークハルトの言うことは、全く要領を得なかった。
「どういうことだ?」
ジークヴァルトはジークハルトに向かって眉間にしわを寄せた。
『さあ? ジークフリートあたりに聞けば、教えてくれるんじゃない?』
そう言ってジークハルトは、あぐらをかいたままゆらゆらと体を揺らしている。
それ以上は教えないということか。ジークヴァルトは、いつになく饒舌な自分の守護者に苛立ちを憶えた。
託宣を終えた者たちは、次代の託宣を持つ者に一切の助言を与えない。それはディートリヒ王だけではなく、すべての託宣を受けた者たちに言えることだった。
知っているくせにはぐらかすジークハルトを、ジークヴァルトは睨みつけた。
「お前、何を企んでいる?」
自分の守護者が口をはさんでくることなど、今まで一度もなかったことだ。
『さあね』
そう言うとジークハルトは、天井高く浮き上がった。そのまま天井を抜けようとして、『そうそう、リーゼロッテ』と下に向き直った。
『鎧の大公がリーゼロッテにありがとうって言ってたよ』
そう言い残すと、天井からするりと抜けて部屋からいなくなってしまった。
(鎧の大公様が……? 異形たちを祓ったお礼かしら?)
「……それにしても、母様の力がわたくしを守っているなんて」
リーゼロッテは自分の内に母の力の片鱗を探してみるが、よくわからなかった。
「ヴァルト様はお分かりになりますか……?」
その問いにジークヴァルトは「ああ」と返した。
あの薄い膜がそうなのかもしれない。
(――守るというより、隠すという方がしっくりくるが)
なぜかジークヴァルトはそんな風に思った。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。領地に帰ることになったわたしは、その前にアンネマリーに会いに王妃様の離宮へ! ロイヤルファミリーとの遭遇に緊張しまくりです! そんな中、王と目を合わせてしまったわたしは不敬罪の大ピンチ!?
次回、第16話「星読みの王女」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




