増援依頼
依頼主を無事ベルバークへと護衛し終えた僕等は、報酬を受け取った後、来たのと同じ道を通ってラトリッジへ帰還した。
ストレス続きであった行きとは大きく異なり、帰りは全員で鳥車に乗って二日弱の行程。
その道中はこれといって何の騒動もなく、交代で昼寝すら可能な悠々とした旅路だった。
今はラトリッジに在る"駄馬の安息小屋"へと辿り着き、ヘイゼルさんへと依頼完了の報告をしている。
何処のチームもそうらしいのだが、こういった報告はチームのリーダーが代表して行う。
他の皆は消耗した品の買い出しや馬車の返却などに行っているので、別に僕だけが働いている訳ではないのだが。
「別にお前の判断は間違っちゃいないさ。もしもアイツの命令通りにその盗人を斬ってたら、当面お前たちは任務から外していた」
依頼の完了と、その間に起こった内容の報告をヘイゼルさんへ話す最中に言われた言葉がこれだ。
どうやら僕が殺しを拒否したのは間違いではなかったようで、もしも気の迷いで引き受けてしまっていたらと考えると肝が冷える。
「戦場外で、それも一般人から殺しを請け負うのは傭兵じゃない、暗殺者の仕事だ。今後勘違いした依頼を持ち込まれても叶わんからな、断ったのは正解だ」
ベルバークへと到着した後の一悶着についても、ヘイゼルさんへしっかりと報告をしておく。
黙っていてもいずれバレる話であるし、あちらの責任者からのお墨付きも得て行った行為だ。
世間的には後ろ暗いが、別にここでは隠す必要もないだろう。
「お前たちにも迷惑を掛けたな。だがこれで、あいつは今後うちを利用しようなどと思わんだろう」
「それを聞いて安心しました」
「ついでに言えば、今後あいつは行商人としてやっていくのは難しくなるはずだ」
「と言いますと……?」
「行商人が運ぶ荷は、売買する商品ばかりじゃない。多くは手紙なんかの類も運んでるのさ、小金になるからな」
ヘイゼルさんの言うところによると、その手紙の中には最終的に団の支部へと届けられる物が混ざっているのだという。
中身はあの依頼主からの依頼を、今後一切受けないようにという内容だ。
それはイェルド傭兵団だけではなく、多少なりと関わりのある多くの傭兵団へと回されるのだと言う。
つまりは業界内における、ブラックリストに近いモノであるようだ。
どうやらあのオッサンはこれまで他の傭兵団にも難癖をつけていたり、報酬の払い渋りが常態化していたようだった。
「うちですら匙を投げたような客は、どこに行っても厄介者扱いだ。護衛依頼を受けてくれるような酔狂な奴を探すのは、かなり骨の折れる作業だろうな」
「それは何よりです」
「全くだ。とりあえずこれが今回の報酬になる、ご苦労だった」
そう言ってヘイゼルさんはカウンターの下から、硬貨の詰められた麻袋を取り出して寄越す。
礼を言って報酬の入った袋を受け取ると、ズッシリとした重い感覚。
僕はそれがどうにも、想像していたより重いように感じられたため訝しんだ。
無礼を承知で断りを入れて中身を確認してみると、中には当初告げられたよりも三割増し程の金額が。
「あの……、聞いていた額よりも多くないですか?」
「いいんだよ。糞みたいな依頼人に振り回されて、道中かなり苦労したみたいだしな。誰もやりたがらない依頼を押し付けた上に、今後関わらないで済むように対処してくれたんだ。黙って受け取っておきな」
ヘイゼルさんは手をヒラつかせながら、問題ないと告げる。
どうやらこれは、ベルバーク到着後の迷惑料も込みでの報酬ということか。
ならばここは黙って受け取っておくべきなのかもしれない。
僕等がラトリッジで住む家も、多少なりと修繕が進んだとはいえ、まだまだ手を入れたい所は山ほどある。
最低限必要な箇所の費用は団の予算で降りるが、カーテンやテーブルなどの購入費用はこちらが出さねばならない。
それに全員に個室も用意したいし、急に入用となった時に備えて貯蓄もしておきたい。
少しでも多くもらえるのであれば、それに越したことはないのだ。
「だが残念なことに、お前たちはそれを使う暇などなさそうだぞ」
「どういうことでしょうか?」
ヘイゼルさんは僕が金を懐へと仕舞い込むのを確認すると、ニタリと笑んで不吉な言葉を吐き出す。
それは帰還して早々ではあるが、次なる任務が待ち受けていることの証明に他ならなかった。
「そいつは休みが少ない償いも込みでの額さね。お前たちにはすぐ別の任務に従事してもらう」
僕は一瞬だが、また補給任務に駆り出されるのかと考えた。
だがヘイゼルさんの言葉からは、どこか重い物が混じっているような気がしてならない。
何か重要な内容が含まれているようであり、知らず知らずの内に僕は姿勢を正していた。
「お前たちには、"ウォルトン"へ向かってもらう」
「ウォルトン……、ですか」
告げられた土地の名前に、ついついオウム返しに問うてしまう。
どこかで聞いた覚えのある名前ではあるが、いまいちどこだったか思い出せない。
現在傭兵団が請け負っている戦場など、重要な地名に関しては暗記しているはずなのだが。
『どこだったかな……。わかるか?』
<"ウォルトン"ですね。データによりますと、現在地であるラトリッジより東に約一三〇km。ワディンガム共和国との国境に近い、最小規模の都市国家になります>
エイダに聞いて、なんとなくだが思い出した。
独立した都市ではあるが、西方都市国家同盟の中でもかなり小規模で、あまり話題にぼることもない場所だ。
だがそんな場所で何があるというのだろうか。
団の拠点も存在せず、都市というよりも村に近い存在であるため、キナ臭くなりようもない土地のはずなのだが。
そのウォルトンで何をしろというのか、僕は小さく首を捻る。
するとヘイゼルさんは、そこに関係があるのか、一つの都市名を口にした。
「共和国との国境沿いに在る、"デナム"という街を知っているか?」
「はい。ここしばらくは戦闘が沈静化していると聞きますが、対共和国の最前線に在る都市ですね」
僕等が拠点として活動しているラトリッジや、先日向かったベルバークを含む、大陸西部に位置する西方都市国家同盟。
その同盟と現在国境で睨み合っているのが、大陸中部に位置する"ワディンガム共和国"、通称共和国だ。
現在は戦闘も小康状態となっているが、またいつ戦闘が再開されるとも限らず、その最前線である都市国家デナムには少数ながら、未だ傭兵団から戦力が派遣されていると聞く。
「そのデナムが同盟を離反し、共和国側に着いた」
「本当ですか? ああ、それでウォルトンに……」
確かウォルトンがあるのは、ここから見てデナムの手前。
つまりデナムの次に共和国から近い位置であり、敵方に寝返ったという話が事実であるならば、現在はそこが最前線となっているはず。
つまりヘイゼルさんが僕等に与えた任務というのは、共和国との最前線に行って加勢して来いという内容だった。
ヘイゼルさんは僕へと、今現在得られている情報を事細かに説明する。
僕はそれをただ、徐々にこみ上げてくる緊張を抑えながら聞き続けた。
「これがお前たちに初めて与えられる戦場での任務だ。ウォルトンにはデナムへ駐留している連中が、後退して来ているはずだ、詳しいことはそっちに聞きな」
「了解しました。早速明日には出立します」
「ああ、気を付けて行ってこい」
カウンターから踵を返すと、丁度用事を済ました皆が駄馬の安息小屋へと入ってくるところだった。
皆と合流するために、一旦家に帰らなければならないかと考えていたが、手間が省けたようだ。
このままここで、明日以降の予定について伝えておくとしよう。
集合した皆と一緒に、壁から少し離れた位置のテーブルへと移動すると、まずは慰労を兼ねて食事と飲み物を注文。
頼んだ品が運ばれた後に乾杯し、ひとまずは食事を進めていく。
そこからある程度食事も進んで落ち着いたところで、僕は先ほどヘイゼルさんから受けた任務に関する内容を告げた。
「それじゃ、あたし達も遂に戦場に?」
「そうなる。危険性は未知数だけど、当然戦闘は覚悟しなければならない」
僕がそう答えるなり、ケイリーの顔に若干の緊張が奔ったのに気付く。
だがそれも当然か。僕等はこれまで、襲ってきた野盗相手くらいしか戦闘の経験がないのだから。
しかも共和国は同盟と異なり、その戦力のほとんどが正規軍。
当然のことながら常に一対一で戦えるとも限らず、乱戦となったり一人で複数を相手にしなければならない状況も十分ありうる。
そうなった時、果たして無事に帰還できるのかと。
どうしても悪い方向へと想像を働かせてしまうのは、仕方の無いことだ。
「今のところは睨み合いが続いてる状況みたいだけど、今後いつ戦端が開いてもおかしくはないそうだ」
「出発は明日ですか?」
「ああ、出来るだけ早い方が良い。消耗品の補充が棲んでいるなら、すぐにでも」
マーカスの問いに返すと、彼は半分目を伏せて何かを考え始める。
ついさきほど皆は消耗品を補充してきたばかり。
だが向こうでどれだけの日数がかかるかわからないため、それで足りるのかを考えているのだろう。
「定期的に補給部隊を出してくれるそうだから、一応補充そのものは出来るってさ」
「了解です。でも念の為この後で、もう少し買い足してきますね」
「頼んだよ。……皆、急な話だけれどこれが僕等にとって、傭兵らしい初めての仕事になる。今さら聞くのもどうかと思うけど、覚悟はいいか?」
丸いテーブルを立ったまま囲む皆へと、僕は一人ずつ顔を向けた。
視線を合わせたケイリーとマーカスは小さく頷き、大丈夫だと告げる。
「レオは……?」
「任務なら行くだけだ」
レオは変わらず淡々と、伝えられた内容を受け入れる。
彼なりに思うところはあるはずなのだが、命令されたなら行くのが当然だと言わんばかりだった。
「緊張は?」
そのすました表情に面白みがなく感じられ、僕は少々揶揄するように悪戯っぽく問うてみる。
するとレオは僅かに首を傾げ、何が言いたいのかわからないといった風に顔を顰めた。
決して怒ってはいないのだろうが、心外だとでも思っているのかもしれない。
「どうして俺にだけ聞くんだ?」
「別に、理由なんてないよ。ちょっとからかってみただけさ」
悪かったよと言いながら、僕は置かれた酒壷から酒精の弱い果実酒を、レオのジョッキへと注いだ。
どうにも納得のいかない様子のレオはそれをグイとあおり、飲み干していく。
僕はそれを見ながら、彼と最初に会った時のことを思いだしていた。
ここまで彼と幾度かの戦闘を経てきたが、毎度必ずあの深い色をした瞳が見られるとは限らない。
だが緊迫感の違いのせいなのだろうか、人を相手にして戦う時の方が、よりその状態を現す可能性が高いように思えた。
これから向かうウォルトンで、それが見られるかはわからない。
だがもしも戦場に出る事によって、その秘密を知る機会が訪れるのであるとしたら……。
これから血生臭い戦場に向かおうとしているというのに、僕は内心で好奇心が沸き立つのを自覚せずにはいられなかった。
ヒロイン推参はまだ少し先なのです




