悪者
僕が騎士隊の詰所から解放されたのは、その日の夕刻に近くなり始めた頃だった。
薄暗い室内で座らされ、延々と無意味な尋問モドキを繰り返されていたせいで、外に出た直後は夕日が眩しくてしかたない。
「よくもあんなはした金で、これだけの時間拘束しようとするもんだ。何時間経ったんだ……」
<そこまででもないですよ。大よそ三時間弱といったところでしょうか>
「十分だよ。受け取った額が労力に見合わな過ぎるだろうに」
僕は人通りの少なくなった通りを、小声でエイダに愚痴りつつ歩いた。
そういえば、ラトリッジの騎士もよく商店で強引な値切りをしていたのだったか。
もしやとは思うのだが、存外騎士という存在は、金に困っているものなのだろうかという考えが頭をよぎる。
疲労に肩を落とし、僕はベルバークの大通りを行く。
その道中で通行人に道を尋ね、細い道を入り込んで裏路地へ。
ラトリッジの路地裏とよく似たその道を進んでいくと、前もって知らされていた一軒の倉庫前へと辿り着いた。
看板すらなく、一見して何のために在るのかすらわからないそこは、イェルド傭兵団のベルバークにおける拠点の一つ。
一応僕等がここへと到着したら、顔を出しておくようヘイゼルさんに言われていた場所だ。
僕は躊躇なく分厚い一枚板の扉を開くと、中からは僅かな喧騒が響く。
建物の内部は酒場のようになっており、その作りはラトリッジに在る"駄馬の安息小屋"とよく似ていた。
そこを奥へと進み、カウンターに立つ一人の老人へと話しかける。
「遅かったじゃねえか」
「すみません、少々厄介事に巻き込まれてしまいまして」
「まぁいい。連れの三人はブツと一緒に奥だ。入って右側四つ目の扉」
ぶっきら棒な老人が告げる言葉に従い、カウンターを越えて奥へと進んだ。
その先は細い通路になっており、左右にそれぞれ五つずつの部屋が並ぶ。
僕は老人に言われた通り、他には目もくれず右手四番目にある部屋の扉を開けて中へと足を踏み入れる。
「すまない、遅くなった」
「いいえ構いませんよ。すみませんでした、一人に押し付けてしまって。騎士隊に捕まってたんですって?」
開いた扉の先には、皆の姿。
そのマーカスが心配する声に、僕は軽く首を縦に振り肯定する。
だがそもそも役割を振ったのは僕自身だし、全員無事に揃っているため何も不都合はない。
別に謝ってもらう必要などはなかった。
「捕まったなんて大層なものじゃないさ。ちょっと意味もなく世間話をしてただけで」
肩を竦めて苦笑いしながら言う僕の言葉に、マーカスとケイリーは同じく苦笑いで返す。
これが言葉通りの意味ではなく、それなりに大変な目に遭ったというのは、おそらく察してくれているのだろうけれど。
まぁそれはいい。
僕は気を取り直すと、この部屋に居る僕等四人とは異なるもう一人に対して声を掛けた。
「さて……。どうもすみませんね、こんな埃まみれな場所にわざわざご足労頂いて」
少しだけ嫌味っぽく、床に座った相手を下眼遣いで見下ろして告げる。
その相手は昼間僕等から逃げ出し、追いかける僕に騎士隊をけしかけたオッサンこと、元依頼主だ。
今はただ歯を食いしばり、妬まし気にこちらを見上げている。
「僕が思ってたよりも随分大人しいみたいだけど、まさか暴力とかは振るってないよね?」
「するわけないじゃん! ……まぁちょっとだけ手は出そうになったけど」
ケイリーは少々バツの悪そうに告げる。
どうやらかなりギリギリのところで踏みとどまっていたようだ。
確かに報酬を払わず逃げ出した時点で、かなり愉快でないのは確かだ。
かといって感情のままに殴るわけにもいくまい。彼には大人しく、報酬の残額を差し出して貰わなければならないのだから。
「レオも助かったよ。手間を掛けさせて悪かった」
「問題はない。リーダーの指示だ」
このオッサンが傭兵団の拠点に居る理由は単純で、僕が騎士団に連れて行かれた後、一人になったところでレオが案内役となってくれたからだ。
その手段に関してはこれといって指定していなかったのだが、見たところ怪我もなさそうだ。
別に暴力的な手段でお越しいただいた訳ではないようなので一安心。
ちょっとくらいの恫喝はした可能性があるけれど。
「なぜワシがお前らに金を払わねばならんのだ!」
これまで大人しくしていたオッサンは、急にその細い体形に似合わぬ大声で喚く。
唐突な叫びに少々驚いたが、この様子だと体調の不良や恐怖に身動き取れないとかではないようだ。
それにしても……。今の発言からして、どうやら逃げ出した行為そのものを誤魔化すつもりもないらしい。
どこまでも不遜というか、図々しい人物であると言える。
「未払いな報酬の残額を支払う、それは当然のことでしょう? 行商人でなくとも子供ですら知ってる理屈です」
「お前らは依頼人であるワシの命令を無視したのだぞ! 払う必要などあるか!」
「ですから昨夜もお話しした通り、僕等は依頼された範疇以上の行為には関与しません。貴方が支払うと約束した、子供のお小遣いと見まごう予算内ではこれが限界です」
僕はいい加減殴り倒したくなるような感情を抑え、嫌味を込めながらただ有りのままに告げる。
しかしオッサンはそれが耳に入っているのか、それとも最初から聞く気など無いのか。
少しでも金を払っている自分は偉いのだから、傭兵は何でも命令を聞くのが当然という態度を崩さない。
いかにもな典型的クレーマー気質というか、お客様は神様という言葉を履き違えているかのようであった。
ラトリッジから出発する前日、ヘイゼルさんと顔を会わせた僕は、このオッサンについての話を少しだけ聞かされている。
どうやらこのオッサンはこれまでも何度か、うちの傭兵団に護衛依頼をし、その度に一悶着起こしているとのことであった。
まさか毎度毎度こんな騒動を起こしてるのだろうかと想像してみると、ヘイゼルさんが嫌がるのもよくわかる。
……ヘイゼルさんは何と言っていたか、確か「ミミズと酒を飲む方がマシ」であったか。
<カミキリムシです、アルフレート>
『ああ、そうだっけか。……よくそんな会話も記録してるな』
エイダの訂正を聞き納得する。
どちらにせよ虫であり、彼女にしてみればこのオッサンがそれ未満の存在であるのに変わりはない。
本当にそんな輩の相手をせねばならぬ彼女には、頭が下がる思いだ。
それにしても、いったいどうしたものやら。
どこかへと隠してしまったのか、今現在オッサンはあまり金品を所持していない。
街まで運んだ品を売った店には事情を話し、品そのものは押さえてもらっている。
しかしそちらに迷惑を掛けるのも憚られるため、可能な限りその手は避けたいところ。
「この人の処遇に関して、ここの人は何か言ってたか?」
「なんかこっちの好きにしろってさ。最後まで面倒見て解決しろって、入ってすぐに居たおっちゃんが言ってた」
ケイリーの言うおっちゃんというのは、僕が入ってから話しかけた老人の事だろう。
好きにしろというのが、単純に責任を押し付けたいのか、それとも裁量権が委ねられているのか。
そこは何とも言えないが、ただ好きにしろと言われても少々困る。
現在の僕等にはそれらを決定していけるだけの経験や、傭兵としての教養などがまだまだ足りていないのだから。
「それだけじゃどうにもな……。マーカス、もうちょっとだけ詳しく聞いて来てくれないか? どの程度まで自由なのか、こっちじゃ判断がつかない」
「わかりました。少しだけ待っていてください」
僕の頼みへと、マーカスは小さく笑って応え部屋から出て行く。
それを見送ると、僕は部屋の隅に置かれた椅子へと腰かけ息を吐いた。
昼間にオッサンを追いかけ回し、騎士団に連行されて息つく間もなく長時間の尋問。
さらにここ数日の間、こんなのを相手にしてきた疲労が一度に襲いかかってくる。
それを部屋に残るレオとケイリーも察してくれたのか、あまり話しかけてこようとはしない。
このままマーカスを待つ間に眠ってしまい、後の事を皆に押し付けてしまおうかという欲求すら芽生える。
しかし確認をしてくる程度の短い時間ではそうもいかないようだ。
ほどなくして戻ってきたマーカスは、僕へと近寄り小さく耳打ちした。
「わかった。レオ、ケイリー。その人の身体を押えておいてくれないか」
「了解」
「いいけど……、どうするの?」
僕のした頼みへと問い返しながらも、二人は再び喚き始めたオッサンの身体を拘束する。
オッサンは床に胡坐をかいたまま両の腕を固定され、これまでのふてぶてしい様子から一変、若干慌てる姿を見せ始めた。
「な、何をする気だっ!?」
「貴方には今から、起こっている現実を理解していただきます。傭兵団はそんな甘い組織じゃないってのを、十分に理解していただく必要があるようなので」
押さえつけられた状態のオッサンを前にし、僕は目を細めて腰に下げた短剣に手を触れた。
その動作を目にし、急に顔を青褪めさせ震え始めるオッサン。
視線は僕の顔と短剣を交互に行き来し、声にならぬ悲鳴を上げる。
「とりあえず耳からいっとこうか。マーカス、君はどこがいい?」
「そうですねぇ……、ではボクは左目を頂きます」
僕がマーカスとした会話によって、オッサンは今度こそ大きく悲鳴を上げた。
手にする短剣と、告げられる身体の部位。
それによって何を想像するかなど、言わずともわかろうというものだ。
ただ実際のところ、別にこの短剣でどうこうしようということはない。
あくまでも単純に、脅しとして見せているだけだ。
マーカスが聞いてきたのは、このオッサンを強く脅して、二度とイェルド傭兵団に関わらせないようにしろという内容だった。
僕が短剣を抜いて耳がどうこうと言ったのもその一環。
だがオッサンからすれば、今から自身が切り刻まれていくカ所であると思っているのは間違いない。
直接傷つける意図を言葉にはしていないが、まぁこれは普通に考えれば、自身に降りかかることであると考えるのは当然か。
目を細めたのは疲労と眠気からなのだが、それが冷たい意志の現れとでも思った可能性もある。
そして話を振ったマーカスだが、彼はどこか面白そうな様子でノッてくれていた。
やはり彼は真面目な表情の下に、少々Sっ気とも言える気質を隠し持っているのかもしれない。
「た……頼む! ちゃんと金なら払うから見逃してくれぇえ!」
「と言われましてもね。貴方は傭兵団へと依頼を持ち込むたびに、一悶着起こしていますよね? ここまで面倒事を起こされ続けると、今更信用も出来ないんですよ。どうせ後になって、やっぱり払わないなんて言うでしょう」
「本当に払うから! 金なら表通りの古物商が預かってる、そこからいくらでも持っていってくれ!」
そう言って、自身のポケットに鍵が入っていると告げる。
僕がスッと上着のポケットへと手を差し入れると、中から出てきたのは小さな金属製のプレート。
オッサンが言う古物商というのは、いわゆる銀行のような役割を果たしており、これは預けている証明となる品であるようだった。
「ではこれはお預かりします。ですが必要な分だけしか回収しませんので、ご安心ください」
自ら言った言葉ではあるが、ご安心などとよく言うものだ。
具体的に何をどうするかとは明言していないが、これだけ脅しておいて今更という気はする。
今やっている行為を振り返ってみれば、古いギャングムービーにあったような、裏切り者を処断するシーンそのものにしか思えない。
あれを始めてみた時には、酷く不快な感情を抱いたものだ。
だがフリとはいえ、まさか自身がそれをやる破目となるとは。
すっかり傭兵稼業に染まってきたのだろうか、と思うとどこか内心で乾いたものを感じずにはいられなかった。
「それと、騎士隊に訴えなど起こさない方がいいと思いますよ。貴方もご存じのとおり、彼らは容易に金銭で流される。つまりより金を持っている方の味方です」
「わ、わかった……」
本当に、我ながら悪党の言動そのものだ。
もしも僕の両親が生きていたとしたら、演技とはいえ今の僕の言葉を聞いてどう思うことやら。
段々とこの役回りも面倒に思い始めた僕は、サッサとこの状況を切り上げるべく、元依頼主に向けて二度と関わらぬよう念を押した。
「お互い、もう会うことが無いと良いですね。次はどうなるか保障できませんので」




