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屋根上の嘆息


 港湾都市ベルバーク。

 ここは大陸西部一帯を勢力下に治める、西方都市国家同盟の中でもさらに南西の端にある、その名の通り大きな港を抱える大都市だ。


 遠目からも映える白い街並みは、石灰質の岩石によって作られた家々。

 そしてその都市規模は同盟の中でも一二を争う大きさ。

 貿易港として他の大陸との玄関口にもなっており、高い経済力から同盟内での発言権も強い。

 ようするに複数の都市国家が集まった同盟にあって、その首都とも言える扱いをされる都市であった。


 ここから更に三日も北上すれば、僕が乗っていた船の不時着した森が見えてくるらしい。

 徒歩や鳥車での移動にもすっかり慣れてきた昨今だが、未だにその広さというものが実感できていなかった。



 そのベルバークへと到着するやいなや、まずは正門側に在る騎士隊の詰所へと向かう。

 勿論その目的は、昨夜とっ捕まえた押し入り強盗を引き渡すためだ。

 あの村には騎士が常駐していなかったため、どうしても村から一番近い都市であるベルバークへと向かう僕たちが、移送を担当する破目となった。



「それじゃ元気でやれよ。もう会うことはないだろうけど」



 騎士たちに連れて行かれる男の背へと、僕はこれといった感傷もなく形ばかりの言葉を掛ける。

 そこまで重い罪にはならないようだが、しばらくは牢で窮屈な思いをすることになるはず。

 だがそれも仕方がない、自業自得という物だ。



「では後のことは、よろしくお願いします」


「ああ、ご苦労だった」



 僕は盗人の男を引き渡した騎士隊の人間へと、頭を下げる。

 彼は簡潔な、というよりもやる気の無さそうな声だけを発し、こちらを見ることもなく早く行けとばかりに手を振っていた。

 騎士たちがする態度に関しては、何処の都市でも同じであるようだ。




「アル、呼ばれてる」


「わかった、すぐ行くよ」



 騎士へと引き渡した直後、背後からレオが詰所の外でイライラしながら怒鳴る依頼主の言葉を伝えてきた。

 どうやら僕が騎士隊の詰所から出て来ないのに業を煮やし、またもや癇癪を爆発させたようだ。


 促され外へと出ると、案の定依頼主はマーカスへと八つ当たり気味な暴言を吐きながら、外で顔を赤くしていた。



「申し訳ありません、遅くなりました」


「まったく、いつまでワシを待たせるつもりだ! お前らと違ってワシは忙しいのだ」



 手続きに手間取ったことを詫びる僕へ、依頼主は変わらず不機嫌な様子で当たり散らす。

 これは自身の意に沿わず、男を騎士隊に引き渡したことによるものが混ざっているはずだが、確かに遅くなったのも事実。

 別にわざと時間を引き延ばして、ダラダラと進めていた訳ではないのだが。



「では行くぞ。お前等への報酬の残りは、荷下ろしが済んで金を受け取ってからだ」



 依頼主は最後まで僕等をこき使うつもりなのだろう。

 本来ならば街に入った段階で支払われるはずの報酬だったが、依頼主は取引が終わってからでないと払わないと、急に約束を反故にしてきた。


 文句の一つも言ってやりたいところだが、このままここで口論をしても、きっとこの男は自身の主張を曲げることはない。

 ならば大人しく従っておき、サッサと済ました方が早いというものだ。

 僕等は渋々ながらも依頼主に従い、進む鳥車の後ろをついて進んでいった。







 依頼主が運んだ荷物を店の前で下ろすのを手伝わされた僕等は、荷を店内に運び入れた直後、依頼人によって外へと追い出された。

 だがある程度の時間が経過しても依頼主は外へと出て来ず、僕等は外で待ちぼうけを食らっている。


 邪魔だから外で待っていろという言い分だったのだが、別に何か邪魔になるようなものもないだろうに。

 それとも何か善からぬ取引でもしており、人に見られるのを良しとしないのか。

 ただその事情がどこにあるにせよ、僕等は指示通りただ外で待つしかなく、店の前で荷車に背を預け暇を持て余す事しかできなかった。



「なんか……、遅くない?」


「遅いな。そろそろ出てきてもいい頃だとは思うけれど」



 いったいどれだけの時間待たせられるのだろうか。

 あまりにも時間がかかる依頼主に、ケイリーは不信感を露わとし始めていた。

 時間にしてそろそろ一時間。運び込んだ荷物の検品も済んでいる頃だろう。



「あのクソオヤジ、またお店の人に迷惑かけてるのかな?」


「ケイリー……、聞こえたらマズイですよ」



 何気ない罵倒に対し、マーカスが小さく窘める。

 ケイリーの気持ちは理解出来なくはないのだが、その呼び方は勘弁してもらいたい。

 もし聞かれでもしたら、後々どころか今すぐに面倒な状況となるのは目に見えている。



 それにしても、随分と出てくるのが遅い。

 僕等とてこの後には予定もあるため、そうそうここで時間を浪費してもいられないのだ。


 セコイ依頼主のことだから、僕等に報酬の残りを払うのが惜しくなったのかもしれない。

 可能性としては僕等を待たせている間に、裏口から逃げ出すという手段を取る恐れがある。

 当然それは警戒しているため、僕はエイダに指示して上空から見張ってもらっていた。

 もし裏口からそれらしき人物が出てきたら、すぐにでも知らせるように。


 そして案の定、やはり予感は的中していたようだ。



<アルフレート>


『どうした、裏口から逃げ出したか?』


<逃げ出したのは確かですが、裏口ではなく屋根上です>



 告げられた言葉に反応し見上げると、屋根の上に一体の影が姿を現す。

 その影はこちらを見下ろすと、僕の視線に気づいたのか瞬間固まると、すぐさま逃走を計った。

 逆光で顔は見えなかったが、あの細いシルエットは間違いなく依頼主だ。



「逃げたぞ! 上だ!」



 僕は叫び、壁沿いに置いてある木箱などを踏み台として、屋根の淵へと飛びつき登った。


 ベルバークの建物は白亜の平屋が多く、降水量の少なさからか屋根には傾斜がなく平たい。

 おまけに多くの建物が密集しているため、隣り合う建物へと飛び移るのが容易。

 逃走を計るにはおあつらえ向きな経路であるようだ。



「ケイリーは両方の鳥車を見ててくれ。マーカスは店に入って売った品を抑えて!」



 屋根の上へと登った僕は、追いかける前に下に居る皆へと指示を出す。


 このまま僕等全員が離れてしまえば、置いている騎乗鳥や荷車が誰かに盗まれてしまう可能性がある。

 大きな街であるが故に、そういった点には気を付けなくてはならない。

 依頼主の鳥車も同様だが、これは確か誰かから借り受けたものだと言っていた。

 だからこそ容易に捨てて逃げたのだろう。


 そしてマーカスに頼んだのは、依頼主が売ったと思われる商品を押さえてもらうこと。

 万が一、報酬の残りが回収できなくなった時に備えるためだ。



「レオ、下から追いかけて来てくれ。もし依頼主が落っこちたら拾ってくれよ!」


「わかった」



 レオが小さく頷いて了承したのを確認すると、僕は依頼主が逃げた方向へと駆ける。

 指示する間に多少距離を離されてしまったが、下にはレオが待機しており、上からは衛星を通してエイダが見張っている。

 逃げられようはずもない。



 小さく嘆息しながら追いかけて走る僕は、僅かな隙間を飛び越えて隣の建物へと移る。

 その際装置の力を借りて身体を強化したりはせず、ただ普通に自身の身体能力のみに頼って追う。

 見えている限りでも、依頼主の走り方はヨタヨタとしており危なっかしく、そこまで本気で追いかける必要もないからだ。


 時折こちらを振り返っては必死の形相で逃げようとするのだが、如何せんそこまで体力がありそうにない。

 依頼主は速度を上げようとするも、足をもつれさせるばかり。

 このまま適当に追いかけて体力が尽きるのを待てば、易々と捕まえられるはずであった。




「にしても、なんで二日も続けてこんな追いかけっこを……」


<請け負ったのは護衛のはずでしたがね。どちらかと言えば、牧羊犬の真似事が近いかもしれません>


「あるいはキツネ狩りかな」



 この三日間でやっているのは、罵声に耐えることと悪態を衝くこと。そして対象を追い詰めることばかりだ。

 そんなことを僕が考えていると、唐突に依頼主は何かを見つけたようで、僕が屋根の上へと登ったように壁際に積まれた荷を伝って下へと降り始めた。


 このまま人ごみにでも紛れられれば少々面倒だと考えたのだが、どうやら目的はそうではないらしい。

 彼は薄そうな金属鎧を身に着けた二人組を呼び止め、身振り手振りを交えて何かを話し始める。



「あれは……、騎士隊か」



 立ち止まり様子を窺ってみると、依頼主が声をかけたと思われる相手は、このベルバークに居る騎士のようであった。

 遠目ではあるが、街に入る時に見かけた騎士たちと同じような、錨をあしらった紋章らしきものを着けているので間違いないだろう。

 もしや追いかける僕等を悪党に見立て、保護を求めているのだろうか。



「レオ、頼みがある」


「……どうした?」



 僕と並走するように下を走るレオを呼び止めると、簡潔に状況のみを説明し、次に取る行動を指示した。

 相談もせず決めてしまっている辺り、まるで僕が指揮官にでもなったかのようだが、あまり時間もないので彼には少々我慢してもらいたい。

 ただレオは別にそんなことを気にもしないのか、小さく頷き了承する。



「わかった、問題はない」


「悪いなレオ、頼んだ」



 そう告げると、僕は屋根から飛び降りて騎士隊のもとへと歩いて向かう。



 僕が近づいていくと、二人の騎士は依頼主との間に立ちはだかり、横柄にも思える態度でこちらを凝視する。

 依頼主は騎士たちの背後へと隠れ、その嫌味ったらしい表情を得意気に歪めてこちらを眺めていた。

 これで自分には手を出せないだろうとでも言いたげだ。



「待ちな小僧。この人に何をするつもりだ」



 騎士の一人は僕へと触れんばかりに間近へ寄り、上から僕を見下ろす。

 その表情はニタニタとしており、こちらを見下そうという意思が垣間見える。


 少しだけ視線を散らすと、騎士たちの手には数枚の硬貨が。

 その瞬間は僕からは見えていなかったが、どうやら依頼主によって懐柔されたようだ。



「失礼。僕はそちらの方に依頼され、ここまで護衛をしてきた傭兵団の者です」


「その傭兵が、なぜ依頼人をつけ狙うのだ」


「報酬の残金をお支払い頂いていないからです。ベルバーク到着と同時に支払って頂く約束でしたが、その前にどこかへ行かれようとしていましたので」



 面倒ではあるが極力平静を保ち、ただ淡々と事実を告げる。


 袖の下から覗く騎士の腕を見るに、目の前に立つ二人は間違いなく弱い。

 港街の男にしては生っ白い腕はだらしなく弛んでおり、とてもではないが武人とは思えぬものがある。

 おそらくは日頃の鍛錬も、かなりの期間怠っているだろう。


 ただラトリッジでも似たようなものだが、騎士というものは大概こんなものだ。

 戦闘などは基本的に傭兵任せであるため、自身が強くある必要性が存在しない。

 なので戦えば一瞬のうちに叩き伏せるのは容易だろうが、こんな往来で騎士相手に大立ち回りする訳にもいくまい。



「ワシはこれで失礼するぞ。こんな強盗などに付き合ってられんからな」



 騎士を相手に面倒なやり取りを行っていると、不意に依頼主は声を発し背を向ける。

 どうやら僕のことを、ただの強盗という設定にして逃げ出すつもりのようだ。


 ……もう依頼主などと呼ぶ必要もないか。ただのオッサンで十分だ。

 そのオッサンがした言葉を、本当に信じている訳でもないのだろうが、騎士たちは僕の前に立ち塞がる。



「とりあえず、話を聞かせてもらおうか」


「…………はい」



 顎をしゃくった騎士に誘導され、僕は騎士団の詰所へと向かわされた。

 話す事などこれ以上ありはしないのだが、オッサンが逃げるための時間稼ぎをするつもりであるようだ。


 僕は騎士に従い進む直前、丁度こちらへと振り返っていたオッサンの顔を見た。

 その顔はしてやったりという勝ち誇ったもので、僕への恨みつらみを晴らしてやったと言わんばかり。

 彼はもう、僕とはこの先会うこともないと考えているに違いない。


 もっとも僕には逃がすつもりなどサラサラなく、すぐにまた会うつもりではいるのだが。

 ただし僕がした指示を、あの短い時間でレオが把握してくれていればの話だけれども。



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