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無能の器と嗤われた少年は、誓いだけを胸に立ち上がる  作者: 冬城 透真


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灰色の跡継ぎ

「――灰色、か。相変わらずだな」


検査官がそう呟いた瞬間、広間の空気がわずかに緩んだ。落胆ではない。ああ、やっぱりか、という確認の空気だ。僕はそれに慣れてしまっている自分に、少しだけ嫌気が差した。


僕の名前はロナン。カルン男爵家の跡継ぎで、今年で十五になる。


年に一度、王国中の貴族の子弟が受けさせられる「器見(うつわみ)の儀」。生まれ持った魔力の器――その大きさと質を、専門の検査官が確かめる儀式だ。器は色として現れる。赤なら火の適性、青なら水、というように系統があり、色が濃く鮮やかであるほど、大きな器を持つとされている。


僕の器は、灰色だった。


物心ついた頃からずっとそうだ。色と呼べるかどうかも怪しい、曇った硝子のような灰色。検査官が僕の手のひらに触れ、魔力を励起させても、そこにあるのは淡く濁った(もや)のようなものだけで、系統の判別すらできないことが多い。


「灰色は、まあ、器なしと変わらんでしょうな」


検査官は父――カルン男爵ドナルに向けて、気の毒そうにそう告げた。まるで僕がその場にいないかのような口ぶりだった。慣れているとはいえ、こういう瞬間は、胸の奥が少しだけ冷たくなる。


「そうか」


父の返事は短かった。落胆を隠すでもなく、かといって取り乱すでもない。ただ、ほんの一瞬だけ、父の目がわずかに伏せられた気がした。もう何年も繰り返されてきたやり取りだからだろう、と僕はそれ以上気に留めなかった。父はもう、僕の器に期待するのをやめている。


広間の隅に控えていた家臣たちの視線が、僕を素通りして隣に移るのが分かった。


「では次だ。フェリク」


検査官の声が明るくなる。僕の幼馴染――フェリクが前に進み出た。


検査官が彼の手に触れた瞬間、広間がわずかにどよめいた。フェリクの手のひらに灯った光は、迷いのない金色だった。濃く、鮮やかで、誰の目にも「特別」だと分かる色。


「これは……見事なものだ。近年まれに見る良質な器だ」


検査官の声には隠しきれない興奮が(にじ)んでいた。父の顔にも、僕に向けたものとは違う色の感情が浮かんでいる。それは、羨望に近いものだった。フェリクは僕の家に仕える騎士の息子で、貴族の血筋ではない。それでも、その器の色一つで、彼はこの場にいる誰よりも価値のある存在として扱われる。


「大したことじゃない」


後で二人きりになったとき、フェリクは僕にそう言った。慰めのつもりなのは分かっていたが、その口調には隠しきれない誇らしさが滲んでいた。それも当然だ。彼は責められない。責めるつもりもない。


「お前は、いずれ何か大きなことを成すよ。灰色だろうと、俺はそう思ってる」


フェリクは根が悪い人間ではない。むしろ、僕に対しては誰よりも公平であろうとしてくれる。だからこそ、その気遣いが時々、痛いほど僕の胸に刺さる。


僕らは物心つく前からの付き合いだった。カルン男爵領の小さな屋敷で、共に育ち、共に剣を握ることを覚えた。器の色が違っても、それだけは変わらなかった――少なくとも、今のところは。


夕方、僕は屋敷の裏手にある古い塔に登った。ここは僕のお気に入りの場所だ。誰も来ないし、領地のなだらかな丘陵が一望できる。


灰色の空に、灰色の丘。今日の僕には、ちょうどいい眺めだった。


物心ついたときから、僕は「灰色の跡継ぎ」だった。跡を継ぐ資格はあっても、貴族として、戦力として期待されることは決してない跡継ぎ。父は僕を見捨てたわけではないが、かといって多くを望んでもいない。それが、この十五年で僕が学んだ、ただ一つの確かなことだった。


でも。


塔の欄干(らんかん)に手をかけながら、僕は自分の手のひらを見つめた。灰色に曇ったそこには、何も浮かんでいない。当たり前だ。魔力を励起させなければ、色は現れない。


でも、僕は知っている。この灰色の奥に、何かが――たしかに何かが、眠っているような気がすることを。


根拠なんて、どこにもない。子供じみた願望だと、自分でも分かっている。器の色は生まれつき決まっていて、後から変わることなんて、この世界の誰も聞いたことがない。検査官も、父も、フェリクでさえも、そんなことは信じていないだろう。


それでも、諦めきれない自分がいる。


侮られることには、もう慣れた。期待されないことにも、慣れた。それでも、僕の中の何かは、まだ諦めていなかった。それがただの意地なのか、それとももっと別の何かなのか、僕自身にも分からない。


「――ロナン様」


呼びかける声に振り向くと、屋敷の使用人の一人が階段の下から僕を見上げていた。


「旦那様がお呼びです。夕餉(ゆうげ)の前に、少しお話があると」


「分かった。すぐ行く」


塔を降りながら、僕はもう一度だけ、自分の手のひらに目を落とした。


灰色。ただの灰色。それでも僕は、今日もこの手を握りしめて、明日を迎えるしかない。


領地の外れでは、最近、不穏(ふおん)な噂が流れ始めているらしい。国境沿いの森に、見慣れない影が出没するという話だ。父が僕を呼び出したのは、その件と無関係ではないだろう。


僕はまだ、この灰色の手が何のためにあるのか知らない。けれど、その答えを知る日は、思っているよりずっと近くまで迫っていた。

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