第一話 理不尽な決定
「──セリスティア・アーデライト、君との婚約は破棄する!」
レイルミナス王国建国パーティーのこの日。
婚約者である皇太子ヴィクトールから突然告げられた言葉に、セリスティアは唖然としていた。
彼の隣には見覚えのない令嬢が立っていて、二人は勝ち誇ったようにセリスティアを見下ろしている。
「……どういうことでしょうか。ご説明を願います」
ひとまず絞り出した言葉に、ヴィクトールはフンッと鼻を鳴らした。
初めはざわついていた貴族たちも、静かに自体を見守っている。
「どうもこうもない、言葉のままだよ。俺は真実の愛に生きることにした。元より君とは魔力のために結婚したんだ。それがないんじゃ意味がないじゃないか」
ヴィクトールとセリスティアの婚約は王命によるものであった。
魔法の研究が盛んで、産業、インフラ、軍事まですべてを魔法で支えてきたこの国では、魔力の量と魔法の才能は何よりもの力だ。
魔力は血筋にかなり影響を受けるため、この国を魔法で支え、爵位を賜った歴史から成る貴族たちは当然皆魔力が多い。
しかし、ヴィクトールは生まれながらに魔力がやや少なく、次期皇帝として問題視されていた。
そこで皇帝は、一人息子に魔力の多い娘をあてがうことにした──それがセリスティアである。
「元々魔力の多い家系であるアーデライト伯爵家の出身であり、歴代でもっとも魔力が多いと言われていたから君と婚約したが……君はいまだに魔法の一つも使えない。多いどころか魔力があるのかどうかも怪しいな」
「それは……」
「セリスティア様は大嘘つきね! ヴィクトール様、これからは私があなたを支えますから」
令嬢が得意げに宣言し、ヴィクトールの手を握り目を閉じる。
すると、繋い二人の手から赤く眩い光がこぼれ、周囲を照らした。
「おお! 素晴らしいぞリリアーヌ。大量の魔力が私に流れ込んでくる!」
「ふふっ、ヴィクトール様、いつでもリリアーヌの魔力をお分けいたしますわ」
(魔力の受け渡し……? それにしてはあんな赤い光、見たことがないわ)
──魔力は受け渡しが可能である。
魔力の少ないヴィクトールにセリスティアがあてがわれたのも、やがて必要な際に魔力を渡すためにすぎなかった。
「リリアーヌは男爵令嬢ながら、いまだ見たことのないほどの魔力の持ち主だ。身分の差はあれど、彼女は心優しく善良で、私に尽くしてくれる。セリスティアよりもよほど婚約者にふさわしい!」
退屈な社交界に放り込まれた刺激的な事件。貴族たちにとってこれほど面白いゴシップはない。
もともと魔力に疑惑があり、次期皇太子妃としての資質不足を揶揄されていたセリスティア。当然、周囲の反応は冷たかった。
『なんと、これでは文句のつけようがない。あの男爵令嬢の魔力は確かに見たことがない不思議なものだが、魔力のないよりは役に立つだろう』
『身分で言うなら伯爵令嬢のセリスティア様だって本来では格が足りないわ。魔力がないならなおのことお門違いよ』
『こんな風に捨てられても文句はいえないなんて、みじめね』
次々とセリスティアを嘲笑する声が上がり、ヴィクトールたちはますます勝ち誇ったように笑っている。
当のセリスティアは、呆れたようにため息をつくだけだった。
(あんな素性の知れない怪しい魔法を使う男爵令嬢が王太子妃になろうとしているのに、だれも危機感を覚えないのね)
この国の貴族は魔法の力を過信しすぎているところがある。
魔法さえあればどんなものでも制圧し、解決できると思っているため、政への関心が薄いのだ。
「そうですか、それでは、皇室の判断にお任せいたします。私個人としては、婚約破棄を受け入れる意思はございますので」
元々、魔力補強のために結ばれた婚約だ。
実力があるわけでもないのにプライドだけは高く、いつも威張り散らしているヴィクトールのことを、セリスティアだってよく思ってはいなかった。
セレスティアは、それでも彼といい関係であれるよう努力はしていたし、厳しい皇太子妃教育に費やした時間も惜しいとは思うが、肩の荷が下りるような気分でもあった。
(皇后になりたいとも思わないし、別にいいわ。これでは次の結婚も難しいでしょうから、慰謝料に田舎の領地でも貰ってゆったり暮らしましょ)
どうせ社交できる空気でもない、とセリスティアはその場を去ろうとした。
「待て! セリスティア。君に原因があるとはいえ、このまま婚約破棄をして君を捨ておくほど私は非情ではない」
「え……?」
呼び止められた内容に嫌な予感がし、セリスティアに一気に緊張が走る。
振り向くと、ヴィクトールはニヤニヤと何かを企むような表情を浮かべていた。
「本来なら結婚相手を見つける時期に、君は皇太子妃教育を受けていた。そんな君に次の相手を見つけるのは難しいだろう。──私が、次の相手を見つけておいてやったぞ。君はあのヴァルクレイ辺境伯のもとに嫁ぐといい」
その名が出た瞬間、周囲のざわめきは最高潮に達した。
『あの死神のもとに嫁ぐとは、これ以上の不幸はないな』
『恐ろしい……やりすぎではないの、死神のもとへなんて』
『誰か死神の姿を見たことがある人はいるのか?』
『きっとおぞましい不吉な見た目に違いない。だがしかし、見た目は関係ないさ、何せ彼は……』
(死神? なんのこと? さっぱりわからない……)
皇太子妃教育に忙しく、ろくに友人もいなかったセリスティアは『死神』の噂を聞いたことがなかった。
周囲の反応から、酷く恐れられる存在であることは察する。
「元々はリリアーヌが嫁がされる予定だったのだが……彼女は私の妻となるのだから、空いた席を君に譲ってやる」
ずいぶん勝手な言いようだが、皇太子である彼にセリスティアが逆らうことなどできはしない。
皇帝、皇后両陛下は一人息子に甘く、このくらいのことならとがめはしないと予想できた。高位貴族たちの声が集まれば、あるいは家族が断固として抗議をすれば、皇室も検討し直す余地はあったが……そのどちらもセリスティアには望めないことだった。
(成す術なし、ね。せめて私に魔力があることを証明できれば、少しはこの婚約破棄が不当なものだと交渉できるかもしれないのに)
一縷の望みにかけ、魔法を使おうと心の中で呪文を唱えるセリスティア。
しかし、やはりどんな呪文を唱えても、何も起きることはなかった。
──役立たず。そうセリスティアを罵る両親の顔が彼女の脳裏によみがえる。
ヴィクトールに裏切られたことなど、大した傷ではない。
ただこんな時にも、魔力が自分に応えてくれないこと。だからこそ見捨てられ、誰からも助けてもらえないことは、深い深い傷をセリスティアの心に刻んだ。
結局、この場はセリスティアが逃げるように去ることで落ち着き──後日、驚くほどすんなりと婚約破棄と代わりの婚約が決定した。
あまりに理不尽な決定だった。
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