第17話:魔王城の地図が、なぜか母にある
最前線の砦。
魔王城を目前にした王国軍の拠点は、異様な緊張感に包まれていた。
巨大な作戦卓の上には、いくつもの地図、駒、資料。
騎士団、魔術師団、軍師たちが一堂に会し、議論は完全に行き詰まっていた。
「……不可能だ」
騎士団長が低く言い放つ。
「魔王城の内部構造は流動的。昨日の情報が今日には通用せん。罠の配置も巡回ルートも不明。突入すれば全滅は避けられん」
「魔術的に構造が変化している可能性が高いです」
セシルが静かに言う。
「通常の攻略は、前提から破綻しています」
「ではどうする!!」
副団長が机を叩く。
「正面突破など論外だ!!」
「裏口の存在も確認されていません!」
「潜入経路が存在する保証もない!!」
会議は完全に煮詰まっていた。
――その隅っこ。
ユウは、壁際で気配を消していた。
(……怖い)
(空気が怖い)
(みんな怒ってる)
(机叩く音が怖い)
(帰りたい)
ガルドがちらりと振り向く。
「勇者殿。何か妙案は——」
「……」
(ない)
(あるわけない)
(俺は今、帰りたい案しか持ってない)
ユウは、ただ小さく立っていた。
その時。
――ペチン。
「……」
全員の視線が集まる。
ユウの額に、封筒が貼り付いていた。
「来たァ!!」
ケンジが即座に回収した。
「タイミングが毎回神がかってるんだよなこれ!!」
「もはや現象として観測されています」
セシルが真顔でメモを取る。
「“母現象”と命名しましょう」
「やめろ論文化するな」
ケンジは封を切った。
「読むぞ」
一枚目。
いつもの手紙。
『ユウへ。
そろそろ魔王城に入る頃ね。
内部の地図を同封しておいたわ。
罠は×印、巡回ルートは青線、隠し通路は赤線で書いてあります。
食料は三日分持っていきなさい。
母より』
「……」
「……」
「……」
「もう一枚あるな」
折りたたまれた紙。
セシルが受け取り、ゆっくりと広げる。
広げる。
さらに広げる。
まだ広がる。
「……でかい」
ケンジが呟いた。
完全に開かれたそれは——
魔王城の、完全内部構造図だった。
「な……何だこれはぁぁぁ!!」
軍師が絶叫する。
「罠の位置が全て記されている!? 巡回ルートも完全一致!!」
「隠し通路まで……!」
「この赤線……魔王の間への最短ルートです!!」
セシルの声が震える。
「……国家機密どころではありません。これは“世界の裏側の設計図”です」
騎士団長がゆっくりとユウを見る。
「勇者よ」
「……」
「この地図……説明してもらえるか」
(無理です)
(俺も初見です)
(というか聞きたい側です)
ユウは黙る。
「……そうか」
騎士団長が深く頷いた。
「語る必要もない、ということだな」
「違う!!」
ケンジが即ツッコミ。
「知らないだけです!! この子も今知りました!!」
「父として息子を守る姿勢……見事です」
セシルが頷く。
「守ってない!事実言ってるだけ!!」
ガルドが地図を覗き込み、震えた。
「勇者殿のご母堂……いったい何者なのですか……」
「……」
(俺が一番知りたい)
その時。
魔術師団長が一点を指差した。
「ここを見てください」
「台所区域……?」
「はい。そしてこの注釈」
全員が覗き込む。
『冷蔵庫の裏に隠し通路あり』
「……」
「……」
「……冷蔵庫?」
ケンジが繰り返す。
「の裏?」
「はい。明確に書いてあります」
「なんで知ってんの」
「しかも補足があります」
セシルが読み上げる。
『冷蔵庫は少し重いから二人で動かしなさい』
「生活アドバイスまで入ってる!!」
さらに別の箇所。
「ここ……罠の説明が……」
『ここは床が抜けるけど、右側に体重かければ大丈夫』
「攻略というか体験済みのコメントだぞこれ!!」
「レビューサイトじゃないんだぞ!!」
ガルドが震える声で言う。
「勇者殿……この『魔王の間』ですが……」
「はい」
「最短ルートが……完全に確立されています……!」
「……はい」
(そうなんだ)
(すごいな)
(怖いな)
ケンジが頭を抱える。
「なあセシル」
「はい」
「これ、使うの?」
「使います」
即答だった。
「即答かよ!!」
「最も合理的です」
セシルは淡々と言う。
「罠を回避し、最短距離で魔王へ到達可能。成功率が飛躍的に向上します」
「情報源が“母親”ってこと以外はな!!」
「その点は確かに不明ですが」
「一番重要だろそこ!!」
レティシアが、うっとりとユウを見る。
「勇者様……」
「……」
「お母様は、世界そのものを整えておられるのですね」
(整えないでほしい)
(自然に任せてほしい)
(怖い)
ユウは震える手で地図を見た。
見慣れた字。
丁寧な字。
毎日見ていた字。
(……お母さんの字だ)
(なんで魔王城にあるの)
(なんで全部知ってるの)
(なんで)
沈黙。
騎士団長が、静かに宣言する。
「——決まったな」
「この地図を基に、作戦を再構築する!!」
「「「おおおおお!!!」」」
「待て待て待て!!」
ケンジが叫ぶ。
「それ完全にミツキの掌の上だぞ!!」
「それでも構わん」
騎士団長は断言した。
「勝てるならばな」
「合理的すぎる!!」
セシルが静かに頷く。
「勇者様の沈黙が、それを肯定しています」
「してない!!」
全員がユウを見る。
「……」
(してない)
(けど否定もできない)
(というかもう流れ止められない)
「……はい」
「「「おおおおお!!!」」」
「肯定扱いされた!!」
作戦は決定した。
母公認ルート。
冷蔵庫裏スタート。
誰も止まらない。
出発前。
ケンジが空を見上げる。
「……ミツキ」
当然、返事はない。
「お前さ」
沈黙。
「魔王城の中、見たことあるだろ」
沈黙。
「……いや、もういい」
ケンジは息を吐いた。
「どうせ“なんとなく分かるでしょう?”とか言うんだろ」
ユウは地図を握りしめる。
(言いそう)
(すごく言いそう)
ガルドが声を上げる。
「勇者殿!! 準備はよろしいですか!!」
「……」
(よくない)
(全然よくない)
(でも行くしかない)
「……はい」
「進軍開始!!」
軍勢が動き出す。
魔王城へ向かって。
ユウは一歩踏み出した。
手の中には——
母の字で書かれた、魔王城のすべて。
(……これ)
(俺の冒険なのかな)
(それとも)
(お母さんの段取り通りに進むイベントなのかな)
誰にも聞けない疑問を抱えたまま。
ユウはただ、前に進む。
第17話 了




