第16話「市場操作という名の合法悪」
王都会議室の空気は、これまでで一番重かった。
「……これを実行するのですか」
セレネが静かに問う。
机の上には、レオンが作成した新たな施策案。
《価格安定化第三段階》
《流通調整税》
《備蓄義務化》
《段階的供給制限》
ゴルドが青ざめる。
「つまり……何だ?」
「市場操作です」
レオンは淡々と答える。
「合法的な」
「悪って言ってるようなもんじゃねぇか!」
エルマは逆に目を輝かせている。
「最高です! 市場を手で触ってる感じがします!」
「触るな!」
セレネが冷静に説明する。
「供給過多と投機過熱を同時に抑えるには、自然収束を待つより早い」
「だが副作用は」
「あります」
レオンは即答する。
「短期的に一部商会が破綻します」
静まり返る。
ゴルドが低く唸る。
「誰を切る気だ」
「切りません」
「今、破綻って言ったぞ」
「救済条件付きです」
レオンは新たな紙を出す。
《再建支援融資》
《技能再教育制度》
「潰すのではなく、再編します」
「怖ぇよ!」
ゴルドが叫ぶ。
「戦争より怖ぇ!」
◆
施策は即日実行された。
流通税が一部商品に課され、
備蓄義務が課され、
急騰は止まる。
価格は滑らかに下がり始めた。
「……止まった」
商人たちがざわめく。
「暴落してねぇ」
「でも儲けは減った」
エルマが帳簿を叩く。
「安定率、過去最高!」
ゴルドは頭を抱える。
「でも面白くねぇ!」
市場は落ち着いた。
だがどこか、熱が引きすぎている。
レオンの視界に映る広場は、整いすぎている。
騒ぎは減り、
値札は綺麗に揃い、
怒号も笑いも小さい。
「……均質化」
小さく呟く。
◆
数日後。
市場は安定した。
だが活気は減った。
冒険者は静かに採掘へ向かい、
商人は淡々と取引をこなし、
勇者は剣を振る機会を失った。
アルドがレオンの前に立つ。
「なあ」
「はい」
「平和だな」
「はい」
「……つまらない」
その言葉に、レオンの線が揺らぐ。
「安定は望ましい状態です」
「だが、生きてる感じがしねぇ」
広場を見渡す。
喧騒はない。
だが笑いも少ない。
セレネが静かに言う。
「あなた、やりすぎましたね」
「最短でした」
「ええ」
「だが――」
彼女は続ける。
「市場から“物語”を奪いました」
レオンは黙る。
線は完璧だ。
損失は最小。
数字は美しい。
だが彩度が、わずかに落ちる。
「……揺らぎ不足」
エルマが不思議そうに言う。
「安定は正義では?」
「安定しすぎると、停滞します」
レオンは初めて、自分から言った。
◆
夜。
役所の窓から市場を眺める。
灯りは整然としている。
だがどこか静かすぎる。
「合理九八%」
高すぎる。
「最短は市場を止める」
セレネが隣に立つ。
「あなたが市場を壊したのではありません」
「均質化です」
「ええ」
「次は?」
レオンは視界を閉じる。
線はある。
だが今回は、あえて曲げる必要がある。
「……一部規制を緩和します」
「逆方向ですか」
「揺らぎを戻します」
セレネは微笑む。
「ようやくですね」
「効率九二%へ下げます」
「それでも高い」
レオンは静かに言う。
「市場は完全ではなくていい」
その言葉は、以前の彼なら出なかった。
広場の遠くで、ゴルドが誰かと口論している。
エルマが帳簿を抱えて走り回る。
勇者が子どもに剣を教えている。
少しだけ、騒がしい。
その騒がしさが、色を戻す。
合理は必要だ。
だが、合法悪だけでは続かない。
総務は、あえて不完全を選ぶ。
市場を、生かすために。




