01話 後編 異世界遭難
しばらく走ると少し離れた距離に再び赤子を抱いたスカーフを巻いた女が現れる。やはり顔面はミミズのような何かが這いまわっている。
思い切って対向し走り去ろうとする。だがスカーフを巻いた女が近づいてきた。赤子だと思った抱かれているそれは目のない巨大なミミズであり、ギャアーギャアー泣き声を喚いている。
対向して通り過ぎようとしたものの顔面をミミズのようなものが這いまわる女に捕まり転んでうつ伏せに倒れてしまう。
振り返るとおどろおどろしい顔面が奏楽の顔を覗き込んだ。
パニック状態で声にならない叫びが心の中で悲鳴となり顔面が引き攣る。
その時一人の少女が颯爽と現れ女と奏楽を引きはがした。少女は淡々と語る。
「任務了解。一名の男性を確保。巻き込まれた者と見られる。一時的保護に移る」
「まさか……エクスマキナか?!」
エクスマキナとは機械仕掛けのこと。つまり少女はアンドロイドもしくは人造人間ということである。
少女は背中のホルスターから拳銃を取り出し女に数発撃ちこむ。女が倒れると抱いていた巨大なミミズが這い出し奏楽目掛けてヌルヌルと滑ってきた。だがすぐさま今度はナイフを取り出し巨大ミミズは切り裂かれる。
「任務完了。一名の男性を異世界から救出するため脱出の許可を申請――了解。これより異世界から脱出する」
少女は右手を外して外れた右手を右脇で挟んだ。
右手が外された腕を真正面に構え光り輝く輪が目の前に現れると、少女によって奏楽はその光の輪の中へと投げ飛ばされる。
「任務完了。これより帰還フェイズに移行する」
少女も続いて光の輪の中へと入っていった。
〇
人が行きかういつもの町中へと戻ってきた奏楽とエクスマキナの少女。まるで何もなかったかのように買い物帰りの主婦やサラリーマンがスーパーから歩いて出てくる光景があった。
奏楽はしばらくパニックに陥っていていたが、少女によって元の世界に戻ってこれたことを実感し少女の方を見る。
「お前は一体、俺が見た光景は一体何だったんだ……」
そんな時に黒ずくめの怪しい男2人組が近づいてきて一人が言った。
「やはり巻き込まれたか。だが運がよかったな」
男たちは警察官の手帳を見せ、少女は対異世界用エクスマキナだと説明する。
異世界へ飛ばされる現象が度々起こっておりその巻き込まれた者の捜索と救助を目的に作られたのが対異世界用エクスマキナである。異世界では説明のつかない怪物がおり、中には怪物倒しのプロである異世界転生した勇者や冒険者という存在もいるらしいが、異世界に遭難した際に会えることは滅多にないらしい。一般的に異世界に巻き込まれ遭難することがあるという事実は社会に広まってはいないのだが、警察も見て見ぬ振りができず機密に今回のようなエクスマキナを使用する事態となった。
〇
異世界への遭難は急に起こり回避は難しいのだが、異世界に巻き込まれる前兆がある。急な寒気と異世界の音が聞こえてくることだ。奏楽は女の笑い声を聞いた。どこからともなく女の笑い声が聞こえてきたのだ。
奏楽は警察署で起こったことを述べた。霧に包まれいつの間にか知らない町にいたこと。そしてそこには異形の女と赤子がいたこと。
彼の言うことはすべて警察官に信じられた。これは実際に異世界に巻き込まれ消息を絶つ者が発生しているからだ。怪しい男2人組は捜査官であり運んでいた段ボールの中身はエクスマキナであった。
警察署では引き取り人として母親が現れたが、母親に異世界へ遭難したことは話されなかった。国民には秘密なのだ。ただ慣れない道に迷って保護されたことだけが話された。
奏楽は思った。もし自分が剣士や魔法使いという転生者ならば、あの時自分は戦えたのではないかと。
〇
家に帰って自分の部屋に閉じこもる奏楽。怖い思いをした奏楽は思った。自分があったのはモンスターだ。だとしたらゲームのように戦えるエクスマキナや転生者がいるように自分にも戦えるのではないか。
リュックにしまわれていたウイングを取り出して折りたたまれている状態から展開して両手に持った。
「これは、俺の武器。空を飛ぶための武器。これで戦えるんじゃないか……」
奏楽は思った。次は逃げるだけじゃなく自分だけの武器で戦えるのではないかと。恐怖よりも異世界という未知の領域にわくわくする気持ちの方が勝ったのだった。
うまくいかなかった経験からうまくいくためにはどうしたらよいか。転生者ではないなりにできることがあるのではないだろうか。魔法なんてオカルトなものを使えなくともエクスマキナのように頑丈な身体がなくともできることがあるのではないか。
きっと次はうまくいく。何の根拠もなく次の機会に奏楽は胸を熱くした。
「俺、転生者じゃないけど勇者になれるかな……」
その声に応える者はいない。




