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01話 異世界遭難

 世の人々は機械の翼を手に入れ空を飛ぶ権利を得た。機械の翼をウイング。そしてその機械の翼を使い空を飛ぶ者をウイングライダーと呼んだ。

 ウイングライダーズの大会の会場では人々の熱気に溢れていた。今これから機械の翼を生やしたウイングライダーたちがレースを始めるのだ。

「ウイングライド! レディーゴー!」

 司会者の合図とともにクラウチングスタートから助走をつけ、機械の翼が徐々に熱を帯び次々に選手たちが飛び立っていく。

 空中のレースが実際に行われ競馬や競輪のように人々は誰が勝つか分からないこの競技はギャンブルとしても機能していた。

 空へ上がり競技ルートを辿って町の中を飛び回る。その一人の選手の名を豊餅奏楽(とよもち そら)といった。年齢は25歳。奏楽は空が好きだった。選手として空を駆け抜けるような感覚はまさに生まれてきた意味に等しかった。

 町の屋根の上を過ぎ去りマンションの間を滑るように飛んでいく。

 現在1位は奏楽だった。後ろでは他の選手が空を飛び追いつこうとしてくる。

 奏楽は自分に追いつくのは不可能だと思った。何故なら奏楽は誰の後も追っていないからだ。翼があり、だから空を飛ぶ。まるで鳥のような感覚で飛んでいた。

 実際、もうゴールは目前であった。しかし――

「ん? なんだ」

 町では様々な人たちが上を見上げて選手の行く様を見守っている。そんな中で上を見上げない黒ずくめの服装とサングラスをかけた2人組の怪しい男たちがいた。

 ……なんだ? あんなかっこで。

 男たちは何かを運んでいるようだ。大きな段ボールを2人で持ち歩いている。まるでこのイベントにつけこんで目立たないようにしているようだ。


      〇


 フィニッシュラインを潜り抜け熱の籠った歓声が上がる。奏楽が一位で潜り抜けると他の選手たちが次々とゴールしていく。

 奏楽がゴールを潜るとゆっくりスピードを落としながらUターンしてフィニッシュラインを逆方向から潜り抜けて、気になった不審な男たちのところへと戻っていく。だがそこにはもうあの男たちはいなかった。

 レース中に見たものをイベントの警備の者に伝えた方がよいだろうかと思いながら再びゴールのフィニッシュラインへと戻っていく。


      〇


 レースが終わりインタビューにも答えるとリュックに機械の翼ウイングを折りたたんでしまい帰路へつこうとしたところ、やはりあの怪しい二人組が気になって歩いて現場へと戻っていった。

「なんでこんなに気になるんだろう」

 ふと狭い路地へ入る道が気になった。

 すると背後から気配を感じ振り向くとそこにいたのはあの怪しげな男の一人だった。

「君、関わっちゃいけない。早くここから逃げなさい」

 そんなことを言われ訳が分からない状態だ。だが狭い路地から急に女の笑い声のような風が吹き一気に背中から寒気を感じる。

 ――フフフ、ハハハハハハ。

 果たして風の音なのかそれとも何かの声なのか分からない。

「逃げなさい」

 男の言う通り思いリュックを背負って奏楽は逃げ出した。

 男は呟いた。

「始まる。異世界の時間が……」


      〇


 異世界の時間とは何なのか。走って家へと逃げるも町の中は霧に包まれていく。いつもの町の様子とは違う。そしていつの間にか自分の知らない町へとたどり着いたのである。

 赤子の泣き声がどこからか聞こえてくる。必死に泣きじゃくる声が聞こえる。

 視覚やら聴覚やら情報が何一つとして意味不明でどうしたらよいのか分からない。

 ただ走り続けるのを止めて立ち止まる。

「逃げろって、なんでこんなことになっているんだよ。ここはどこだ? ロンドンじゃあるまいし」

 霧の町といえばロンドンだが日本でも霧が出ないわけではない。

 赤子の泣き声は小さくなり聞こえなくなってきた。同時に少し離れた距離に赤子を抱えて立つスカーフを巻いた女が見える。

「人がいる。こんなに霧が濃いのに」

 女の人に話しかけようと近づいていくとおかしさに気付いた。スカーフの奥の表情に違和感がある。人の顔じゃない。ミミズのようなものが這って顔面を覆っている。

 今度は逃げるため反対方向に再び走り出す奏楽。なんなのかこの状況は。人じゃない何かが霧の中にいる。

逃げろと言ってきた怪しい男が脳裏に浮かぶ。あの男は何者だったのか。一体何を知っているのか。だとしたらこの状況を何とかするためにもあの男を探す方がよいかもしれない。

 しばらく走ると少し離れた距離に再び赤子を抱いたスカーフを巻いた女が現れる。やはり顔面はミミズのような何かが這いまわっている。

 思い切って対向し走り去ろうとする。だがスカーフを巻いた女が近づいてきた。赤子だと思った抱いているそれは目のない巨大なミミズであり、ギャアーギャアー泣き声を喚いている。

 対向して通り過ぎようとしたものの顔面をミミズのようなものが這いまわる女に捕まり転んでうつ伏せに倒れてしまう。

 振り返るとおどろおどろしい顔面が奏楽の顔を覗き込んだ。

パニック状態で声にならない叫びが心の中で悲鳴となり顔面が引き攣る。

その時一人の少女が颯爽と現れ女と奏楽を引きはがした。少女は淡々と語る。

「任務了解。一名の男性を確保。巻き込まれた者と見られる。一時的保護に移る」

「まさか……エクスマキナか?!」

 エクスマキナとは機械仕掛けのこと。つまり少女はアンドロイドもしくは人造人間ということである。

 少女は背中のホルスターから拳銃を取り出し女に数発撃ちこむ。女が倒れると抱いていた巨大なミミズが這い出し奏楽目掛けてヌルヌルと滑ってきた。だがすぐさま今度はナイフを取り出し巨大ミミズは切り裂かれる。

「任務完了。一名の男性を異世界から救出するため脱出の許可を申請――了解。これより異世界から脱出する」

 少女は右手を外して外れた右手を右脇で挟んだ。

 右手が外された腕を真正面に構え光り輝く輪が目の前に現れると、少女によって奏楽はその光の輪の中へと投げ飛ばされる。

「任務完了。これより帰還フェイズに移行する」

 少女も続いて光の輪の中へと入っていった。


      〇


 人が行きかういつもの町中へと戻ってきた奏楽とエクスマキナの少女。まるで何もなかったかのように買い物帰りの主婦やサラリーマンがスーパーから歩いて出てくる光景があった。

 奏楽はしばらくパニックに陥っていていたが、少女によって元の世界に戻ってこれたことを実感し少女の方を見る。

「お前は一体、俺が見た光景は一体何だったんだ……」

 そんな時に黒ずくめの怪しい男2人組が近づいてきて一人が言った。

「やはり巻き込まれたか。だが運がよかったな」

 男たちは警察官の手帳を見せ、少女は対異世界用エクスマキナだと説明する。

 異世界へ飛ばされる現象が度々起こっておりその巻き込まれた者の捜索と救助を目的に作られたのが対異世界用エクスマキナである。異世界では説明のつかない怪物がおり、中には怪物倒しのプロである異世界転生した勇者や冒険者という存在もいるらしいが、異世界に遭難した際に会えることは滅多にないらしい。一般的に異世界に巻き込まれ遭難することがあるという事実は社会に広まってはいないのだが、警察も見て見ぬ振りができず機密に今回のようなエクスマキナを使用する事態となった。


       〇


 異世界への遭難は急に起こり回避は難しいのだが、異世界に巻き込まれる前兆がある。急な寒気と異世界の音が聞こえてくることだ。奏楽は女の笑い声を聞いた。どこからともなく女の笑い声が聞こえてきたのだ。

 奏楽は警察署で起こったことを述べた。霧に包まれいつの間にか知らない町にいたこと。そしてそこには異形の女と赤子がいたこと。

 彼の言うことはすべて警察官に信じられた。これは実際に異世界に巻き込まれ消息を絶つ者が発生しているからだ。怪しい男2人組は捜査官であり運んでいた段ボールの中身はエクスマキナであった。

 警察署では引き取り人として母親が現れたが、母親に異世界へ遭難したことは話されなかった。国民には秘密なのだ。ただ慣れない道に迷って保護されたことだけが話された。

 奏楽は思った。もし自分が剣士や魔法使いという転生者ならば、あの時自分は戦えたのではないかと。


      〇


 家に帰って自分の部屋に閉じこもる奏楽。怖い思いをした奏楽は思った。自分があったのはモンスターだ。だとしたらゲームのように戦えるエクスマキナや転生者がいるように自分にも戦えるのではないか。

リュックにしまわれていたウイングを取り出して折りたたまれている状態から展開して両手に持った。

「これは、俺の武器。空を飛ぶための武器。これで戦えるんじゃないか……」

 奏楽は思った。次は逃げるだけじゃなく自分だけの武器で戦えるのではないかと。恐怖よりも異世界という未知の領域にわくわくする気持ちの方が勝ったのだった。

 うまくいかなかった経験からうまくいくためにはどうしたらよいか。転生者ではないなりにできることがあるのではないだろうか。魔法なんてオカルトなものを使えなくともエクスマキナのように頑丈な身体がなくともできることがあるのではないか。

 きっと次はうまくいく。何の根拠もなく次の機会に奏楽は胸を熱くした。

「俺、転生者じゃないけど勇者になれるかな……」

 その声に応える者はいない。


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