第6話 クリスマスのデート
とはいえ、クリスマスプレゼントを準備するとき、本当に長いこと悩んでいた。何をあげればいいんだろう?
彼女の家は裕福だし、高価なプレゼントを贈ったとしても、きっと特別には感じてもらえない。いろいろ考えた末に、自分の手で作ったものが、やっぱり一番気持ちが伝わるんじゃないかって思った。
でも……私は本当に不器用で。もし変なものになったら、どうしよう。彼女に変な顔をされたり、嫌そうにされたら……。
そんな不安を振り払うように、私は頭をぶんぶんと振った。
だめだ、もう決めたんだから。彼女のために、特別な誕生日にするって決めたんだから。もう迷っている暇なんてない。誰かのために、こんなにも「驚かせたい」って思うのは、これが初めてだった。
***
クリスマス当日。夜の帳がゆっくりと降りてきて、白銀の雪が空中にふわふわと舞っていた。まるで街全体が、透き通った冬のドレスをまとっているみたいだった。
私は遊園地の入り口に立ち、ポケットに手を突っ込んだまま、胸の鼓動を必死に落ち着かせようとしていた。今までのどんな試合よりも緊張していた。今日は、神崎星奈の誕生日。
「遥!」
聞き慣れた声が、雪夜を抜けて私のもとへ届く。顔を上げると、星奈が駆け寄ってくるのが見えた。淡い杏色のコートが風に揺れていて、白いマフラーがふんわりと首元を包んでいる。黒髪は彼女の歩みに合わせて優しく揺れ、頬はほんのり赤く染まっていた。まるでクリスマスカードから飛び出してきたような女の子。
「ごめん、待たせちゃった?」
「い、いや……私も今来たとこ」
彼女の瞳が三日月みたいに細くなって、イルミネーションに照らされて、ますますきらきらと輝いて見えた。
「今日は私の誕生日だから、私がごちそうさせて?」
「えっ?だ、だめだよ。本当は私が――」
「たまには、私にわがまま言わせてよ」
そう言って彼女はくすっと笑い、私の手をそっと握った。手袋越しに伝わる温もりが、心の奥まで一気に届いてきて、私は思わず息をのんだ。
園内は人で賑わい、クリスマスの飾りが道沿いに連なって、まるで星が地上に降りてきたみたいに瞬いていた。あちこちから流れてくる音楽と笑い声が、私の緊張を少しだけ和らげてくれる。
「これ、どうぞ」
ふいに星奈が立ち止まり、屋台から可愛いトナカイのカチューシャを二つ手に取ると、一つを私の髪にぱちんとつけて、もう一つは自分の頭につけた。
「ええっ!?これって、ちょっと恥ずかしすぎじゃ……!」
「どこが恥ずかしいの?遥、つけたらすっごく可愛いよ」
星奈はいたずらっぽくウインクして、小さなキツネみたいに満足そうに笑った。
顔が真っ赤になって、私は思わずうつむいた。あの無邪気な笑顔を、まっすぐに見つめることなんて、とてもできなかった。
そのあと、私たちは一緒にメリーゴーラウンドに乗った。柔らかな光が私たちの周りを回り続けていて、彼女の笑顔が目の前に映るたびに、思わず私も笑ってしまった。
次はバンパーカー。戦闘モード全開の彼女は「遥、ぶっとばすよーっ!」と叫びながら突っ込んできて、私は思わず大笑い。緊張していた心が、だんだんとほどけていくのが分かった。
射的ゲームでは、どうやっても風船に当たらずにいる私を見て、彼女が「もう見てられない」と言わんばかりに銃を奪い取り、あっさりとクマのぬいぐるみをゲットしてしまった。
「これは私の代わりだからね。毎日抱っこしないと怒るから」
そう言ってぬいぐるみを渡してくれた彼女の顔は、どこまでも真剣で、私は顔を赤くするしかなかった。
「そんなの、ずるすぎる……」
「じゃあ、遥も私にプレゼントちょうだい」
そう言って、彼女はいたずらっぽくウインクした。その瞳の奥には、ほんの少しの期待が揺れていた。
「……ちゃんと用意してあるよ。ただ、観覧車に乗ってから渡すね」
「ふーん?そんなに秘密にするなんて?」
彼女はそう言って微笑み、それ以上は何も聞かずに、そっと私の手を握った。
夜の七時ちょうど。遊園地の中心にある巨大なクリスマスツリーが、一斉にライトアップされた。光はてっぺんから順にゆっくりと灯り、まるで星が地上に降りてくるみたいに輝いて、あたりを幻想的な世界に変えていった。
私たちは人ごみの真ん中に立ち、彼女は静かに私の肩にもたれかかった。そして、かすかな声でこうつぶやいた。
「こんなクリスマス、初めてだよ」
「初めて……?」
その声はまるで雪のように、やわらかく、壊れてしまいそうなほど繊細だった。
「誕生日を誰かに祝ってもらったのも初めてだし、誰かと手を繋いでイルミネーションを見るのも初めて。……それに、初めて思ったんだ。私、ひとりじゃないのかもしれないって」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。私はそっと手を伸ばし、彼女の冷たい指先を握った。
「星奈、過去がどうであっても……今の君は、もうひとりなんかじゃないよ」
彼女は何も言わず、そっと顔をうずめた。その肩がほんの少しだけ震えていたけれど、私には何も言わない代わりに、目を赤く染めたまま、そっと寄り添ってくれた。
私たちは光と雪に包まれながら、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。言葉なんてもういらなかった。すべては、もう心の中で交わされた気がした。
遠くで観覧車がゆっくりと回っていた。まるで、これから訪れる運命の瞬間を告げているかのように。
やがて彼女は顔を上げ、私の手をそっと引きながら、優しく微笑んだ。
「行こう、観覧車に乗ろっか」
その笑顔には、もう一片の飾り気もなかった。本当に、心の奥から滲み出た、幸せそのものの笑顔だった。
そして私は分かっていた。このクリスマス、私たちが迎えるのは、ふたりにとって何よりも大切な約束――これからの未来を決める、運命の瞬間だということを。




