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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第8章 星空の下で、ふたりの想い

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第4話 心がほどけていく

 屋上の風は、いつも特別に優しい。冬の日でも刺すような冷たさはなく、ただそっと、誰かが耳元で囁くように吹き抜けていく。私はひとりでベンチに座り、髪を揺らす風に思考まで遠くへ運ばれていった。


 あの日のあと、この想いを心の奥に押し込めることに慣れていくと思っていた。これまでのように、少しでも取り繕って、少しでも完璧に見せて、誰にも気づかれないように。けれど今日、私はひどい顔で泣いてしまった。それは、あまりにも本当の私だった。


 でも、私はひとりじゃなかった。隣には──佐藤遥が静かに座っていた。何も言わず、邪魔もせず、ただ静かに、私と一緒にそこにいてくれた。けれど分かっていた。彼女には見えていた。私がずっと隠し続けてきた姿が。誰にも触れさせなかった場所、「完璧」の裏で、もうとっくに疲れ切っていた私が。


 私はずっと「完璧」というラベルを貼られて生きてきた。成績は良く、言葉遣いは丁寧で、感情は安定していること。——ほんの一瞬でも乱れれば、それは「失敗」だとされ、「失望」の眼差しを向けられる。


 だから私は強さを身につけた。誰にも迷惑をかけず、感情を表に出さず、本音を口にしないことに慣れてしまった。世界に見せられるのは、最も整っていて、期待に沿った「神崎星奈」だけ。


 学校では確かに人気がある。注目も集める。でも、その人気の多くは「私」自身のためじゃない。「作られた私」のためだった。彼らが求めているのは、基準に合った、誰からも好かれるように振る舞う私。


 私に近づく人たちは、いつもどこかで仰ぎ見るような、あるいは依存するような目をしていた。彼らが見ていたのは、私が笑顔を保ち、隙のない姿でいる「神崎星奈」であって、私が何を好きで、何を恐れて、何を本当に言いたいのかじゃなかった。


 でも、遥は違う。遥は初めて私に思わせてくれた。——「完璧じゃなくてもいい」って。彼女の前では安心して自分でいられる。好きなことを口にしてもいい。好きな選択をしてもいい。彼女の前で黙っていても、何も怖くない。私の不完全さが彼女を失望させることはない。一つ答えを間違えても、考えがまとまらなくても、彼女が私から離れていくことはない。


 だって、彼女が見ているのは「人に好かれる一面」だけじゃない。私という存在そのもの。——これまで誰にも見せられなかった部分まで、彼女はちゃんと見てくれた。


 作り笑いも、完璧な返答も、常に先頭に立つ「神崎星奈」もいない。今日、私は遥の前で泣いた。堰を切ったように涙が溢れ出し、人生で初めて、誰かの前で完全に崩れてしまった。


 それでも彼女は私を拒まなかった。みっともない私から逃げもしなかった。彼女はただ……そっと抱きしめてくれた。何も言わず、何も聞かず。その腕の中は、派手さなんてなかったのに、思っていたよりもずっと温かく、ずっと現実だった。


「……ひとりで泣かせたくないから」


 彼女はそう言った。たったそれだけの言葉なのに、魔法みたいに、心の奥の何かがほどけていった。私はようやく気づいたのだ。ずっと待っていたんだ、と。私の本当の姿を見てくれる人を。完璧じゃなくても離れない人を。静かに寄り添ってくれる人を。——彼女こそが、その人だった。


 今日だけじゃない。


 思い返せば、彼女が初めてサッカー部に入ってきたとき、いつもおずおずと列の一番後ろに立っていて、ほとんど口をきかず、笑顔も滅多に見せなかった。けれど、練習を一度も休んだことはない。何度倒れても、歯を食いしばって立ち上がる。その姿を、私は何度もこっそり見てきた。髪を結び、真剣な眼差しでグラウンドを見つめるときの彼女は、どんな時よりも強く見えた。彼女自身は気づいていないかもしれない。けれど、彼女は少しずつ、自分の光で輝きを増していた。それは私が与えたものじゃなく、彼女自身が歩んで手にした光だった。


 そして、ある日。図書館で彼女が突然言った。


「この問題、教えてくれる?」


 その瞬間、私は本当に驚いた。いつも恥ずかしがって言葉を濁す彼女が、自分から話しかけてきたのだ。うつむいて計算式を追う姿は頬を赤らめていたけれど、その声は意外なほど優しかった。私は覚えている。あのとき……思わず笑ってしまった。あの笑顔は、完璧を装うためのものじゃない。本当に心から溢れた幸せの笑顔だった。


 そして、あの試合。彼女が全力で走り、最後に決勝点を決めた瞬間。観客席を振り返った彼女と、私の視線が重なった。そのときの彼女の笑顔は、眩しいくらいに輝いていた。心臓が一拍、飛んだ。私は気づいてしまった。もう、彼女を無視することなんてできないのだと。


 遥は変わっていった。以前よりも自信を持つようになり、私に近づいてきた。そして私も……気づいていた。本当はもう彼女を好きになっていることに。ただ、それを認めたくなくて、向き合う勇気がなかっただけ。


 それは友達としての「気になる」じゃない。彼女がそばにいるだけで、心の鎧を外せる。彼女が悲しめば、誰よりも胸が痛む。彼女の手を握れば、もう二度と離したくない。


 そんな想いが胸に浮かんでも、不思議と恐くはなかった。ただ思ったんだ。もし相手が彼女なら——私の一番弱い姿を見ても退かず、逃げず、むしろ近づいて抱きしめてくれた彼女なら、私は一度くらい、信じてみてもいいのかもしれない、と。


 ……たとえ今は、彼女がまだ気づいていなくてもいい。


 遥がどう思っているかに関わらず、私はもう隠したくない。少なくとも彼女の前では、本当の自分でいたい。完璧じゃなくても、怖くても、泣いてしまっても。彼女がその手を握ってくれるなら、私は信じてみたい。きっと、私はひとりきりじゃないんだと。


 だから、遥。次に私が覚悟を決めたとき、私は一番まっすぐな言葉で伝えたい。


「もう決めたの。これからは、私は私として生きたい。そして、私が本当に近づきたい人——それは、君だよ」

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