第6話 好きなのは、女だからじゃない
それから私たちは、すぐに家へ帰る道を選ばず、学校の裏門の脇にある階段に並んで腰を下ろした。春の風には、まだ少しだけ冷たさが残っている。星奈は私の隣に座り、身体をわずかにこちらへ傾けていた。何も言わず、ただ私がちょうど肩にもたれられるように。
私は俯いて、つま先を見つめながら、指先で太ももの上に小さな円を描いていた。ただ座っているだけなのに、心の中は妙にざわついて落ち着かなかった。
もう三か月以上付き合っている。最初はこっそり手を繋ぎ、教室の隅で視線を交わし、一緒に下校するだけだった。それが今では、校内で少し言葉を交わしたり、並んで歩いたりするだけでも、周囲の視線を集めるようになった。その視線は……ただの好奇心のこともあれば、嘲笑や軽さ、噂話、時には露骨な軽蔑を含むこともある。こんなことが起こるかもしれないとは思っていた。でも、実際に体験してみると、想像していたよりずっと胸に堪えた。
「……星奈」
「うん?」
振り向くと、夕暮れの光の中で、彼女の横顔は静かで、きれいだった。
「前に言ってくれたよね。初めて誰かを好きになった理由は、その人の前なら、完璧じゃなくてよくて、仮面を外して、自分でいられたからだって」
彼女は小さく頷く。覚えている、という仕草だった。
私は一度息を吸い込み、胸の奥に溜め込んでいた言葉を、そっと確かめるように口にする。
「じゃあ……星奈が私を好きなのは、そういう理由なんだよね。私といると、自分でいられるから……だから、私が女の子でも、関係なかった?」
私のほうを向いた。そこに迷いはなく、ただ静かな眼差しがあるだけだった。
唇を噛みしめ、続ける。
「もし……私が女の子じゃなかったとしても、星奈は私を好きになった?」
この問いは、ずっと胸の奥にあった。ただ、口にする勇気がなかっただけだ。
「最近……分かってきたの。同性を好きになると、見られたり、何か言われたり、疑われたり、嫌われたりもするって……だから考えちゃって。この気持ちは、何なんだろうって。星奈はどう思ってるのかって」
彼女はすぐには答えなかった。代わりに手を伸ばし、私の指をそっと包む。
「遥、このことは……私も考えたことがある」
その声は低く、でもはっきりと響いて、風が心の湖面を撫でるみたいだった。
「もし、女の子じゃなかったら、私が遥を好きになったかどうか……それは、分からない。でもね、好きなのは、『遥』だからだよ。女の子だからとか、誰かと違うからじゃない。……ただ、遥だけが、私に『誰かに定義されなくていい自分』でいさせてくれた」
「自信がなくても、それでも前に進もうとするところが好き。怖がりながらも、ちゃんと私を頼ってくれる勇気が好き。何も言わないくせに、こっそり私の好きなお菓子を鞄に入れてくれるところが好き。眼差しはやわらかいのに、いつも誰かを守ろうとする心が好き。……それはね、どんな性別でも、きっと変わらない」
彼女は小さく笑った。でも、その瞳はとても真剣だった。
「女の子を好きになることについては……」
「それが『当たり前』だとは言わないよ。正直、簡単なことじゃない。この社会には、自分が慣れ親しんだ基準で、違う選択をする人を批判する人がたくさんいる。でも、私は一度も、女の子を好きになる自分が間違っているなんて思ったことはない。……誰かを好きになることで、間違いになる人なんていない。ただ、その人が愛した相手が、たまたま『みんなが想定している性別』と違っていただけ」
私を見つめ、落ち着いた声で続けた。
「私は『女の子』が好きなんじゃない。『遥』が好きなんだ。たまたま女の子だった。それだけのこと」
胸の奥が、急に熱くなった。彼女はいつもこうやって、難しく絡まった私の気持ちを、驚くほど簡単な言葉で、少しずつ解いてくれる。そっと身体を寄せ、額を彼女の肩に預ける。声は少し、こもっていた。
「……ありがとう。こんなにちゃんと、答えてくれて」
何も言わず、ただ私の手を強く握り返した。その仕草が語っているみたいだった。世界がどうであっても、君でいる限り、私は好きでいる。
私はリュックの肩紐をぎゅっと握り、震える声で続ける。
「……私、自分が女の子に、こんな気持ちを抱くなんて、思ってもみなかった」
星奈は急かすことなく、静かに私を見つめている。
「前はね、誰かが恋をしているのを見ると、『ああ、甘いな』って思うだけだった。その胸の高鳴りは、私のものじゃなかった。でも……星奈を意識するようになってからは違った。特別に輝いていたからじゃない。ただ……見ているときだけ、私の心臓が、本当に動いているって分かった」
大きく息を吸い込み、全身の力を使うみたいに、その言葉を絞り出した。
「これが……女の子同士を好きになることなのかは、分からない。でも、私が好きなのは……星奈だよ」
星奈は何も言わず、ただ一歩近づいて、そっと私を抱きしめた。
「それでいいよ。誰で、誰を好きになるか、そんなことは、名前で決めなくていい」
その瞬間、胸の奥が熱くなり、視界がにじんだ。そして、ようやく理解した。
——「女の子を好きになる」ということは、異端なんかじゃない。それはただ、自分の心の声を、やっと正しく聞けるようになった、ということなのだと。




