90・進化(8)
まだ白煙立ち込める中で俺を見て目を見開くクレア。
また少し姿が変わったのか?
前回の進化で見た目が変化したのを知っているクレアは、俺が首を傾げるのを見て俺の容姿を口にしてくれた。
「髪が銀髪で瞳は赤色です……そして……」
言いにくそうにクレアが口籠る。
いや、何となく言いたいことは分かる。俺の視界が明らかに下がっていたからだ。
「随分とチビになったなセシリィ」
アリスが俺に向ってニカっと笑う。
消えてしまったあの二名の事で悲しんでいる事はおくびにも出していない。
……さっき密かに泣いていたのは気付かないフリをしててやろう。
「進化する度に小さくなるってどういう事だ?」
独り言のように呟きながら身体を見下ろす俺。ふむ、胸は完全につるぺったんだ。いや、セイクリッドゾンビの時からそうだったな。まぁいいけど。
「もう少女と言うより幼女みたいだな、セシリィ」
まだ白煙が濃い場所から女の声がした。
ギョッとして俺とアリス、そしてクレアが声のした方向に目を向ける。
そしてそこから、見た事のある姿の少女が現れた。俺以外の二人は見慣れているが正しいが、俺は鏡で何回か見た事のある程度だ。
「こんな状況で自己紹介も何だけど……私はセシリア」
びっくりした。そうか分離したセシリアか。
アリスとクレアは俺とセシリアを交互に見ながら目を丸くしている。
「セシリィとこうしてちゃんと話をするのは初めてね。アリスには初めまして。クレアはグレースの時に会っているわね……どういう訳かセシリィから分裂? したみたい。それと一応私もゾンビのようね」
俺達にペコリと頭を下げ挨拶をした後に、自分の身体をキョロキョロと見回したり、手でパンパンとおかしな所がないか確認するように叩いたりしていた。
納得したのか満足したように頷くセシリア。
セシリアはエンシェントゾンビの時の姿が生前の彼女の姿と同じだったらしい。今のセシリアはブレイブゾンビだが、そのエンシェントゾンビと同じ容姿をしていた。
以前、アルグレイド王国からアリスの城に戻った時に、アリスに全て話せと問い詰められて、アリスとクレアにはセシリアの事は話してあった。
俺の中にセシリアが居る、もしくは居たかもしれないと言う荒唐無稽な話を、意外な程にすんなりと信じたのには、正直言って驚いたものだ。
「さて、ゆっくりと話をしたいのは山々だけどね……そんな暇はないかな」
「そうだな、滅茶苦茶すぎてツッコミ所だらけだが……多分セシリィが原因だろうしな、なら仕方がない」
「そうですね、セシリィですからね、何でもアリですよね」
え、いきなりセシリアが現れたのにそんな反応でいいのか?
なら仕方がないとか何でもアリとか、何気に酷くない?
まぁ確かに原因は俺なんだけど……俺自身も訳が分からないんだけどさ。
またセシリアに身体が乗っ取られる……いや返す事があるかもしれないな、とは思ってたが、進化の際に分離するとは流石に予想していなかった。
けどまぁ、現在この状況だ、戦力が増えるのはありがたい。
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白煙が風に乗って一方向に流れていってるのは気付いていた。
冥王の放った竜の咆哮で玉座の間の壁の一面が破壊されていたのだ。テンペスト系の魔法を反射させる壁も、あの規格外の魔道具の前では只の壁と変わらなかったようだ。
崩れた壁一面に穴が開き、そこから外が見える。その穴から煙が排出されて、やっと俺達の周辺以外にも徐々に視界が戻ってきていた。
プロキオンは竜の咆哮を使用した場所にはいなかった。
まだ時折白煙が視界を遮る中、プロキオンの姿を探す。
そこには壊れた竜の彫像が転がっていた。
どうやら一回ポッキリの魔道具のようだ。安心した。あんなのでもう一度攻撃されたら今度こそ全員蒸発してしまう。物理的に。
偶然に白煙が途切れた一瞬、よろよろとプロキオンが最初に座っていた大部屋の奥にある小高い階段の上の玉座に、今正に鎮座しようとする姿を俺の目が捉えた。
……何で弱っているんだよ、冥王プロキオンは?
既に白煙に包まれプロキオンの様子は見えない。
気になってそちらの方に意識を集中すると、何やら小さな呟き声が聞こえる。
……進化する度に身体能力が上がっていったが、この距離でも声が拾えるのか? 凄いなアルティメイトゾンビ。
「……のれ、竜王め……あんな欠陥……我……魔力の大半を……聞いておら……」
……流石に遠い上に呟き声なのではっきりとは聞こえはしない。
まだブツブツ呟いているが、どうやら竜王に貰ったあのとんでもない威力の竜の咆哮だが、使用者の魔力をかなり奪われる代物だったらしい。
いや魔力だけだったらあんな風にはならないな。もしかして魔素や体力も奪われたのかもしれない。
グッジョブだ竜王!
ちなみに俺がかけていたメリアの鑑定眼鏡だが、残念ながらあの竜の咆哮で何処かに行ってしまって、プロキオンのステータスが覗けなくなってしまった……あのなんちゃってブレスは凄い威力だったしな。
幸いな事に収納鞄は俺の身体の陰になっていたお陰で結構ボロボロにはなってしまったが無事だった。
竜の咆哮に巻き込まれたゴーレムは一瞬で溶けてなくなったが、サウザンドゴーレムの魔道具は竜の咆哮を放った後方にあった為に無事で、新たなゴーレムが次々と現れている。
ゴーレムは敵である俺達を認識して攻撃を仕掛けて来た。
それを俺、アリス、クレアそしてセシリアが迎え撃つ。
案の定レベルは1に戻ったが、最初から基本ステータスが高すぎるのと、クレアの強力な強化魔法&ゴーレムへの弱体魔法のお陰で少々手こずる程度だ。ちなみにセシリアもレベル1だ。だが俺と大差ないステータスのようで次々とゴーレムを倒している。
流石にミスリルゴーレムは強いので、倒せるレベルに上がるまでアリスに任せる事にする。
「むっ……まだゴーレムが……誰と戦って……あ奴等は灰に……」
俺の強化された聴力が雑音の中であっても、離れた場所で玉座に座る冥王プロキオンの呟きを拾う。冥王プロキオンの動向が気になっていたので、俺は意識を戦闘に差し支えない程度に玉座方向に向けていた。
白煙で視界を遮られていたプロキオンだが、戦闘音は聞こえた様だ。
鑑定を使って俺達を調べる魔力も惜しいのか、それとも遠すぎて鑑定の範囲外なのか、プロキオンは何もせずに沈黙している。
どうやら回復を優先させたようだ。どうせ誰かが残っていても瀕死状態だと考えているのかもしれない。
「プロキオンはさっきの竜の咆哮を使って弱っているみたいだぞ。どうやら力をかなり消耗するらしい」
「はぁ? あの馬鹿みたいな威力は自身の力が代償だったの? あはは、それはいいわ! 考えてみれば当然よね……でもセシリィ、何でそんな事が分かるのかしら?」
聖剣ルーンライズを振り回すセシリアが俺の言葉に疑問をぶつける。
ふむ、俺のように遠くの音を拾えないのか?
試してみないと分からないがブレイブゾンビとアルティメイトゾンビが同じ事ができるとは限らない。色々特性だって違うだろうしな。
まぁ今はそんな検証をしている暇はないので、さっさと答えることにする。
「プロキオンの独り言を拾ったんだ。奴は玉座で文句タラタラ呟きながら項垂れているみたいだぞ。あいつ喋るのが好きみたいだから、独り言も多いんだな」
「セシリィ、私は前々から思っていたんだが……お前は冥王の弱みを見つけたり、嫌がる事をするのが本当に得意だな」
心外な!
アリスが呆れ顔で失礼な事を俺に言う。
「でもそれはチャンスってことですよね? このゴーレム達を何とか突破して、ん、きゃっ!」
流石にクレアは至極まともな発言をする。しかしゴーレムの包囲網は中々抜けそうにはない。
倒す度にゴーレムが補充されるからな。
「レベル1に戻ってしまった私とセシリィのレベルがある程度上がって、ゴーレム網を突破できるのが先か、冥王が復帰するのが先かってとこね」
セシリアの言葉に続き「このまま俺達を逃がしてくれないかな」と言いそうになったが、流石に空気を読んで口を塞いだ。
アリスが風魔法で白煙を集め冥王の居る大部屋の奥に押し込み、加えて新たに粉塵を巻き込んで目隠しの魔法も展開する。
あれから反応の無いプロキオンへの目隠しだったのだが、意外な事にその白煙を吹き飛ばす事もしない冥王プロキオンだった。
実はもう玉座には誰も居なくなっているとか? ……などと甘い期待をしてしまうのは俺だけだろう。
アリスもセシリアも因縁があるし、クレアも色々策略に嵌って酷い目にあっているからな。彼女等にとって冥王プロキオンは倒すべき相手なのだ。
ともかくプロキオンの沈黙が少し気持ち悪いが、今は気にかけている暇はない。
ゴーレムを倒し続け、遂に俺のレベルが30を突破した。
レベル40で進化をしたので半分のレベル20の時点で既に前のステータスを越えている。よって今は進化前以上の力を得ている訳だ。
恐らくセシリアも俺と同じレベル30くらいだろう。
既にこの場に上限の十体のゴーレムは存在してない。ほぼゴーレムが出現したと同時に打倒す事ができているからだ。
ゴーレムのレベルはまちまちで、大体レベル20~レベル40くらいだった筈だ。
レベル30の俺やセシリアがレベル40程のミスリルゴーレムを倒す姿を見てアリスは溜息をつく。
「お前達、滅茶苦茶だな……だが今は頼もしいと思う事にしよう」
「ですよね、凄く心強いですよ!」
クレアもアリスに同意見だが、呆れるアリスと違い尊敬の眼差しを向けている。クレア、お前いい娘だよ。ただ尊敬されるような事ではないんだけどな、進化してレベルアップしただけだし。
未だ冥王プロキオンの動きはない。
うん、もういいからこのまま撤退する事を進言しようかな、弱ってるとは言え相手は冥王だしな。いや弱ってるからこそ今がチャンスなんだよな、うむむ……などと考えていた時である。
「ドーン! 我復活!」
風魔法で目隠しの為に魔法で白煙を存在させ続けていた空間を吹き飛ばし、プロキオンが姿を現す。
ちっ、やっぱりまだいたのか。俺の淡い期待は裏切られた。
しかし竜の咆哮の時にシリアスになったが元に戻ったな。
「……いかん。気を抜く訳にはいかんな。戦闘音……ゴーレムが戦っているという事は、竜の咆哮を食らってもまだ残っておる奴がいるという事だ。ふ~む、我のHPもMPもまだ完全には程遠い……だが、あ奴等の中の誰か残っていても虫の息じゃろう。葬るだけなら問題はない」
お喋り好きのプロキオンらしく、思った事をつい独り言で口に出してしまうようだ。まぁ呟きを俺に聞かれているとは思わないだろうから、油断してるんだろうな。これが俺を騙すフェイクなら勝ち目はないけど……それはないと思う。
奴の言葉が本当なら、どうやらプロキオンは完全ではないらしい。
そうだろうな、そんなに早く回復はしないだろうし。まだ何とかなるか。




