88・奮戦
俺は収納鞄から武器を取り出す。
黒く輝く大剣を構えて試しに闇を裂いてみた。
暗黒属性のブラックロウはこの闇に対して何の効果もないかもしれない……でもこの剣は結構チート剣だからな……。
おおっマジか? 試してみるものだ。
闇属性のアンデッド達を平伏させたりしたから、もしかしたら闇を自由に操れないものかと思っていたんだが、予想以上の効果だ。
ブラックロウが通過した部分の闇が消えていた。
いや、正確に言うとブラックロウに吸い込まれていったのだ。
しかも翳すだけでどんどん闇を吸収していく。マジで優秀な武器だよお前。
倒されたアリスの分身が消えるのに合わせるように、ブラックロウが冥王プロキオンの使った魔法、エリアオブダークの闇を吸収して消していった。
良かったアリスの本体は無事なようだ。
「ぬ、ま、まさかブラックロウじゃと?! な、何故だ、何故カノープスがお前の味方をしておるのだぁああああ!」
そのブラックロウを見て大声を張り上げたプロキオン。信じられないものを見た、正にそんな感じだ。
「人徳の差じゃないのか?」
「そんな訳があるかぁ! あれは我の眷属だったのだぞ! 許さん、許さんぞぉセシリィイイイイイイ!」
冥王は半円形のゴーレムを呼び出す魔道具をそのままに、新たな魔道具を懐から取り出した。
それを腕にはめる。大きな小手の様な形だ。肘の辺りまで覆われていて、拳部分に凶悪そうな爪が飛び出ている。
「死ねぇワイルドラッシュ!」
アンデッドの俺やアリスに対し死ねとは、結構テンパっているのか?
いや今はそんなくだらない事を気にしている場合ではない。
冥王が小手を装備した方の手で正拳を放つと、そこから無数の拳大の衝撃波が発生して、凄い速度で俺達を襲った。
激昂するプロキオンを見ていて、何かしてくると思い障壁を張っていたが、その障壁が硝子の様にあっさりと粉砕されてしまった。
「やばっ!」
そうヤバい。
貫通力が半端ない。
ルーンライズとブラックロウを身体の前に交差させて盾のように防ぐが威力を殺しきれない。
流石に聖剣と魔剣、壊れる事はなかったが、二本の剣に守られていなかった身体の部分に当たった衝撃波は、容易く身体を貫通していた。
セイクリッドゾンビに進化して防御力がかなり上がっている筈なのだが、まるで無抵抗の只の人間が砲とかで撃ち抜かれた様な有様になっている。まぁ、この世界で砲は見たことはないが。
衝撃波はプロキオンが突きを放った一方向だけなのが救いか。それでもその範囲上にいた俺とアリスはボロボロにされてしまった。
アリスはもう一体残っていた分身体も倒されて、残った本体もかなりのダメージを受けている。障壁を張った上に分身体を盾にしたお陰か、俺のように身体に穴は空いていないようだ。
「むぅ倒しきれなんだか。獣王め、もっと強力なスキルの宿った武器をくれればいいものを、ケチ臭い奴だ……だが、それなりに追い込む事はできたがなぁ~」
冥王の台詞から察するに、あれは獣王から貰った物なんだろう。
しかしあれほど強力なスキルの付いた武器をくれたのに、ケチ臭いって……どれだけ欲張りなんだ。
ワイルドラッシュとか言うスキルを使用できる小手の先に金色に輝く三本の爪がついていたのだが、今はその内の一本が白く変色していた。
あれって後二回使用できるって意味なのか? 多分それっぽいな。
「セシリィ、アリスさん!」
クレアが俺達に駆け寄る。
上限らしい十体に補充を完了したゴーレムが膝をつく俺達に襲い掛かるのを、クレアは結界を張り防いでくれた。
クレアがワイルドラッシュの範囲に入っていなくて良かった。障壁がいとも容易く壊れたのだ、障壁より強力なクレアの結界でも耐えきれないかもしれない。
「さて、この屈辱、どうやって晴らそうか……もう一度ワイルドラッシュを使ってもいいのだがな、どうしてくれよう、くくくっ」
やはり冥王プロキオンは俺達を嬲り殺そうとしているようだ。
そんな余裕を見せていて足元を掬われても知らないぞ……と言いたいところだが、現状冥王プロキオンの方が有利なのは間違いない。
プロキオンと戦う為に準備万端にしたとしても勝てるかどうかも怪しいのに、奴はこちらの準備が整う前に戦いを吹っ掛けてきた。
しかも地の利がある自分の城に、殆ど拉致同然に俺達を連れて来たのだ。
ご丁寧に俺とクレア、そしてアリスとだけ戦えばいいようにだ。しかもアリスには彼女の側近を当てて、自由にさせない念の入れようだった。
嫌らしい戦法はプロキオンの得意とする所なのだろうな。
ふと前冥王、アリスの爺さんから冥王の座を奪う時もこんな感じだったのかな、と思った。
アリスを人質に取っていたようだしな。しかもそのアリスは返すつもりもなく、人身販売に売りに飛ばすという外道の所業だ。
まぁどんな手を使っても勝てないと意味はない。そう、戦いである以上、勝てば官軍だし。
何かを賭けて戦う時、どんな手段も厭わないのは責められる事ではない……のだろう。 綺麗事でできる事は限られているしな。
綺麗事だけで物事が進むのなら、勇者セシリアは冥王国に利用された弟のギルバート王子に殺されてはいないだろう。
……いや、あいつは選民意識が過剰だったし、冥王国に利用されなくてもセシリアを亡き者にしたかもしれないけど……。
俺とアリスの回復が追いつかない為にクレアの結界が頼りだ。
ゴーレムの中には先程倒すのに苦労したミスリルゴーレムも居る。あれの攻撃力は他のゴーレムより頭一つ飛び出て強力なんだよな。
しかし俺の体力は少なくとも魔力の譲渡は可能だ。結界が壊れそうになる度、クレアに魔力を補充して強化をはかっている。
プロキオンがゴーレムの攻撃の合間に魔法を叩き込んで来るので、結界を維持するための魔力消費も余計に激しくなる。
……どう考えても俺とアリスの自然回復で体力が完全回復するより、俺の魔力が尽きる方が早い。
くそ、こうなるとアンデッドって不便だな。
上位アンデッドであるヴァンパイアの場合、実は他にも回復手段が存在する。生者の血を飲むだけでもある程度は回復するらしい。
しかし今居る人間はクレアだけだし、そもそも聖女だから普通の人間と違って嚙みついた瞬間アリスが浄化しそうだ。まぁ、そもそもアリスはクレアを害することは絶対にしないだろうけど。
俺の方はライフスティールというスキルがあるが、アンデッド以外の生物を倒さないと体力が回復しないので、現状役に立たない。勿論俺もアリス同様クレアを害することは絶対にしない。
よって手詰まり感が半端ない、完全にジリ貧である。
体力がある程度回復したら、こちらから攻撃を仕掛けるしかないだろう。
ステータス画面で確認すると体力が半分まで自然回復していた。鑑定の眼鏡でアリスの体力を確認した所、彼女もおよそ半分までは回復している。
俺とアリス、そしてクレアもお互いの顔を見て、目で合図を送る。
結界が破壊された一瞬を合図に、俺とアリスがプロキオンに向ってダッシュした。
クレアは自分を守る為の小さな結界を張り終わると、俺とアリスの周りに追従する障壁を展開してくれた。
「縮こまってガタガタ震えていればよかったのに、わざわざ倒されに来おったか。ふはははっ、いいだろう!」
俺達に火や氷、岩の魔法の矢や槍等が次々と飛んでくる。
しかもその矢や槍は単発ではなく複数展開され、数が多い。
こんな芸当ができるなんて、信じらない程の魔法スキルの高さである。
クレアの張ってくれた障壁は砕け散りダメージを食らうが、構わず冥王プロキオンに迫る。
「甘いわ、アイスウォール!」
分厚い氷の壁が行く手を塞ぐ。
「任せろ!」
アリスが炎の魔法を放った後、更に槍に火属性を纏わせて氷の壁を突いてアイスウォールを破壊した。
俺は間髪入れずにそこに突入する。砕け散った氷の欠片が身体を掠めるが冥王に切迫する事を優先する。もう少しで聖剣の有効範囲だ。
「おりゃあっ!」
柄にもなく雄叫びを上げて剣を振りぬく。
プロキオンの身体が剣筋に合わせて二つに別れた。
カノープスのような鎧タイプでなければアンデッドを切った感触はあっさりしたものなのだが、今プロキオンを切った感触はそれより薄い。
何もない空間を切ったような感触だ。
ユラリと冥王の身体は揺れて消えた。
「残念だったなセシリィ~。ダークブラスト!」
あ~、やっぱり幻影か。本体は俺の頭上に浮いていて、そこから奴は魔法を俺に向って放っていた。
障壁が間に合わないので、聖剣と魔剣を交差させて魔法を防ぐ。
「はぁ!」
アリスが宙に浮かぶ冥王プロキオンに切りかかる。俺が切った冥王が幻影だと気付いていたみたいで、魔法を放ったプロキオンの直ぐ近くまで跳躍していた。
「だから甘いと言っとるだろうが!」
槍の間合いに入ったと思った瞬間、爆風が起こりアリスが吹っ飛ばされる。
「きゃっ!」
地面に叩きつけられそうなアリスを俺が受け止める。
ちっ、折角回復した体力が二人共また減ってしまった。
しかし「きゃっ」とは、意外と可愛い……いや藪蛇になりそうだし、聞かなかったことにしよう。
「よく見れば我の周りにカウンターで発動する魔法が設置されているのが分かっただろうに。我に攻撃が届くと思って焦ったか? それとも慢心でもしてたのか? ふはははっ!」
浮遊魔法で宙に浮いたまま大笑いするプロキオン。
「そうだな、慢心はいけないよな」
「……なっ!」
浮いていたプロキオンが地面に叩きつけられた。
「くはっ、何が起こった……いや、他に誰もおらんかったではないか? お、おおっ? ぬおおおっ!」
冥王の背後から襲い、奴を床に叩き落とした全身白色のその女は、無言で冥王プロキオンに追撃をかけ続けた。
魔法使い系なので接近戦は不得意かと思っていたが、プロキオンは意外と上手く攻撃を杖で捌いている。
やがて互いの攻撃が当たらなくなると、白の女性は俺の下まで一足飛びでやってくる。そしてプロキオンに向ったままハルバードを構え、俺を守るように前に立った。
「……そ、その顔、見覚えがあるぞ……ま、まさかアルデバランなのか? いやまさか何故に生前の姿なのだ……いやそれよりも……」
冥王がプルプルと震えている。明らかに怒りで震えているんだろうな。
しかしプロキオンはアルデバランの生前の姿を知っているって事か。
てっきり死者の迷宮でリッチになってから名付けをして配下にしたのかと思っていたけど……プロキオンは生前のアルデバランと面識があったのかもしれないな。
まぁアルデバラン……アルの方はアンデッドになる前の記憶はないと言っていたが。




