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70・国王

 予想外の……いやこの部屋に入った時から嫌な予感はしていた。

 そりゃ公爵達には会わせられないよな。

 国王のベッドの上には土気色の肌をした男が目の窪んだ顔を俺達に向けていた。この生気を全く感じられない男が国王なのか?


「王よ……その姿は……」


 問いかけるゲルド公爵に王と呼ばれた男は反応しない。


「俺が言うのもなんだが……ゾンビじゃねぇか」


 俺の呟きにバレン達はゲルト公爵をゆっくりと下がらせる。

 公爵が下がる様子を見て、国王ゾンビはゆっくり手を上げ追いかける素振りを見せる。

手を伸ばした事により身体を捻った国王の身体は、今まで見えてなかった半身側を俺達に晒す。その半身は血に濡れ、よく見ると口にも血が滴っていた。そして国王ゾンビからポトリと何かが落ちる。


「!」


 部屋に声にならない声が上がり、緊張が一気に高まる。

 国王のベッドから落ちたのは人の手だった。

 この部屋に入る時に上がった悲鳴の主だろう。

 そしてその人物の名を俺達はこの部屋の前で、王の部屋を警備していた騎士から聞いていた。

 クレアも気付いたのだろう。王のベッドを大きく迂回するように反対側に回ろうと移動していた。

 クレアの護衛にはダン達の他にもオーガスト公爵も付いて行った。おいおい、公爵は守られる立場の方だろ、仕方がないな。

 俺もゲルド公爵から離れクレアの後を追う。ゲルド公爵にはバレン達が付いているから大丈夫だろう。

 とは言え、部屋に居た者の半数以上が壁沿いに部屋の反対側に回り込むのだ、当然国王ゾンビの視線は俺達に向く。しかし今の所ベッドからは出る様子はない。

 完全に回り込む前に、予想していた惨状が目の前に現れる。

 そこには国王から逃れようとしたのだろう、ベッドから離れた位置に血痕を引きずりながら横たわる、片腕の無い女の姿があった。

 マリアンヌに間違いないようだ。

 国王ゾンビにやられたのか? ……ああ、マリアンヌはハイヒールも使えない程の低レベルだったからな、油断すればゾンビにだってやられるだろう。

 マリアンヌの惨状を見て、駆け寄るクレアに慌ててオーガスト公爵やダン達が止めようとする。

 マリアンヌのいる場所は国王ゾンビに近すぎるしな。

 ……おや? 国王ゾンビの様子がおかしい?


「クレアちょっと」

「え、セシリィ?」


 ダン達の制止を押さえ、俺はクレアの手を引いて国王ゾンビに数歩近寄る。無論俺が前に出てだ。

 すると国王ゾンビは俺達から離れようと広いベッドの端まで移動してしまった。しかもその様子は恐れるような感じだ。どう考えても同系統の俺ではなく、聖女のクレアに反応しているのではないかと思う。本能的に聖女を怖がっているのだろうか?

 ともかく国王ゾンビの邪魔は入らない。クレアは回復魔法の間合いに入るなり治癒魔法を唱え始めた。

 ……効果はない。

 マリアンヌの身体は自身の大量な血溜まりの上にあったし、治癒魔法をかける前からピクリとも動かなくなっていた。

 よく見ると片腕だけでなく首にも嚙み切られた大きな傷がある。

 回復魔法や欠損再生魔法等の治癒魔法は死んだ人間には効果はない。

 クレアが魔法をかける前にマリアンヌは既に事切れていたという事だ。

 彼女は床に臥せていた国王を治し、馬鹿にされた事を見返そうと考えていたのだろうか?

 いやまさかな、本当に自身が聖女だと思っていた訳じゃないだろうに……ないよな?


「戻りたまえクレア君、アルバート達もだ」


 既に出入り口まで引いていたゲルド公爵が俺達を呼び戻す。


「殿下はこれを知っていたのか……いや私達を国王に会わせないようにしていたのは宰相のランドルフだ……だとすると奴も知っての事か……」


 ゲルド公爵と合流して一旦廊下に出る。

 ゲルド公爵はブツブツと顎に手を当て考え事をしているようだ。流石にこれは想定してなかった事態だったらしい。そうだよな。


 暫くして廊下からバタバタと足音が響いてきた。かなりの人数の様だ。


「お前達何をしておる! ゲルド公爵、儂の許可なく国王の寝室に入るとはどういうつもりだ!」


 団体さんの先頭を怒りを露わにして、怒鳴りながらこちらに向ってくる中年男。


「どういうつもりとはこちらの台詞だ! 宰相ランドルフ、貴様国王に何をした?!」

「……アレを見たのか公爵?」

「アレとは化け物になり果てた王の事か?」


 偉そうな……実際偉い立場だが……その中年の男が宰相のランドルフ侯爵らしい。

 ゲルト公爵の言葉を受け、ここになだれ込んで来た全員がベッドにいる王の様子を窺う。

 ランドルフの後を付いてきた貴族達は、変わり果てた国王の姿を目にして驚きの表情を浮かべている

 護衛の為か俺達を捕まえる為なのかは知らないが、連れて来た数十人の騎士達は平然としている。どうやらここに侯爵と共に来た騎士達は、王がこの状態なのを知っていたようだ。


「ええい貴様ら、階下で待っていろと言っていただろう、何故勝手に付いて来ておるのだ! ここから立ち去れ、ここは王の寝室であるぞ!」


 ランドルフは慌てて勝手についてきた貴族達に、怒りを露わにして怒鳴りつけている。


「いいかこの部屋で見た事は他言無用だ、もし喋ったりしたら……」

「どけ!」


 ランドルフは貴族達に口止めを命じていたところに、宰相を押しのけ部屋に入って行った男がいた。


「ギルバート殿下! この状況です、部屋に入らないで下さ……ま、待てゲルド侯爵、貴様も入るな!」

「殿下を放ってはおけまい? それに一度入っているしな」

「ぐぎぎっ……」


 王子に続きもう一度部屋に戻った俺達。

 暫くして宰相達も部屋に入ってきたが、ガタイの良い貴族風の男一人を除いて後は騎士達だけだ。

 付いてきた宰相の派閥の貴族達だと思われる者達は追い返されたようだな。


「宰相殿……これはもう隠すことは不可能ですな。」


 そう口に出したのは宰相と共に入ってきた大柄な貴族の男。

 どうやらこの男も宰相同様、国王の状況を知っていたようだ。


「レイド伯、貴殿とその騎士達の力を借りる事になる」

「……邪魔だった二大公爵が居なくなれば、宰相殿にとっては嬉しい限りでしょうからな」


 その言葉にニヤリと笑って答える宰相ランドルフ。

 レイド伯……ああ、確か元オーガスト領を攻めたが返り討ちにあって、逃げ帰った第一騎士団の団長だった筈だな。

 当然彼等の会話が聞こえているゲルト公爵とオーガスト公爵は、呆れた顔で宰相ランドルフとレイド伯爵を見ている。


「ここまで愚かだったとはな。こんな奴等の戯言に耳を傾けていたのか私は……当時の視野の狭かった私を殴ってやりたいくらいだ」


 オーガスト公爵が溜息を吐きながらそう呟く。


「やはり殿下とグルだったか……何やら画策してるとは思っていたが、まさかこんな大それた事だったとは。見抜けなかったとは情けない……私も目が曇っていたようだな」


 ゲルト公爵もオーガスト公爵同様に溜息を漏らしながら首を横に振り、言葉を吐いた。

 さて、俺達に対して宰相達の方は倍の人数が居る。しかも武装した騎士だ。

 

「何をしている王の御前であるぞ、平伏さんか貴様ら!」


 そんな二勢力の殺伐とした空気を読みもせず、国王ゾンビのベッドの前で王に跪くギルバート王子。

 この空気の中、何をしてるんだよ馬鹿王子は?


「……殿下はあのようにもう壊れておる。幸運な事にオーガスト公爵も領地を失い失墜した。後はゲルド公爵をどうにかすれば国は儂の思うがままだ」

「宰相殿、流石に俺もあのギルバート殿下を見て、可愛いマリアンヌを嫁に出すのが嫌になった。王子も一緒に始末したらどうですかな?」

「そうじゃな、謀反を起こしたゲルド公爵のせいにすればいいじゃろう」


 宰相ランドルフとレイド伯爵の不穏極まりない会話を聞いても、騎士達は顔色一つ変えない。

 宰相達の行動に異を唱える事はしないようだ。大したものである。

 ……そう言えばマリアンヌはレイド伯爵の娘だったな。難民の所で聖女がどうのと、いちゃもんつけられた時に本人が言っていた気がする。


「悪く思うなゲルド公爵」


 腰から下げた剣を抜き公爵に歩み寄るレイド伯爵は、続けて喋り続ける。


「そしてオーガスト侯爵もだ。貴殿は再起不能の大怪我をしてたと聞いていたがピンピンしているではないか。噂とはあてにならんものだ。運がなかったと思って諦めるんだな」


 レイド伯爵の後を抜刀した剣を構えた騎士達が続く。

 部屋に緊張した空気が張り詰める。

 広いと言っても部屋は部屋、もう少しで間合いに入る所でゲルド公爵が口を開いた。


「そう言えばマリアンヌ嬢だが、我々が来る前にこの部屋に来ておったようだぞ」


 その言葉を聞いたレイド伯爵はピタリと身体を止めた。

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