71・混乱
ゲルド公爵がマリアンヌの名前を出すと、何故娘の名がここで出てくるのかと目を見開き、驚きの表情を見せるレイド伯爵。
「マ、マリアンヌが? 何故……」
「殿下が連れて来たらしいぞ。殿下に直接聞いてみたらどうだ?」
視線をギルバートに向けると王子はゾンビ王に頭を垂れブツブツと独り言を呟いていた。もう明らかに正常には見えない。
「ギルバート殿下……マリアンヌは何処に?」
「……レイド伯、王の御前であるぞ、私語は慎め!」
レイド伯爵の問いに気を取り戻したギルバートではあるが、レイド伯爵の質問には答えない。
「……レイド伯。殿下が答えないのなら私が教えよう。貴殿の位置からは見えんだろうが、出入りの扉の方から見て王のベッドの向う側にマリアンヌ嬢だった者はいる」
「……だった者?」
こちらに注意を払いながら、俺達のいる場所を迂回して出入り口の反対側に回るレイド伯爵。
中央付近にある大きなベッドで視界に入っていなかった光景が彼の目に入ると、一瞬硬直したように身体が停止した。
そして血まみれの女の遺体に駆け寄るレイド伯爵。会話の流れからして自分の娘だと気付いたようだ。その顔は嘘であってほしいといった悲痛な表情だ。
「マリアンヌゥウウウ! 何故だ何故だ何故だぁああああ!」
彼女を抱き起こし必死に揺さぶるが当然彼女は何も答えない。人形の様に力なく何の抵抗もしない。血が流れだしレイド伯爵の身体を染めるが伯爵は気にも止めない。動かなくなった娘の前で項垂れる伯爵は、小声で口を開いた。
「……まさかゲルド公爵、貴様が?」
「よく見ろレイド伯、彼女の傷を。首も腕も鋭い刃物ではなく噛みちぎられた痕だろう? そんな殺し方をするのはここには一人しかおらん。ゾンビとなった王をよく見ろレイド伯」
そう言われ直ぐ目の前のベッドの上にいる国王ゾンビを見るレイド伯爵。
そこには先程落としたマリアンヌの腕を噛みしめる国王ゾンビがいた。
「おおおおっ、王よ、何故娘を……おおおおおっ」
もしかしたら国王ゾンビに切り掛かるかと思ったが、レイド伯爵はその場で血まみれのマリアンヌを抱いて泣き崩れてしまった。
……第一騎士団団長のレイド伯爵は元オーガスト領を攻めた時に、不利な状況になると第一兵団を残し、第一騎士団を撤退させた男だ。
騎馬隊中心の騎士団は足が速く、撤退時には損害が殆ど無かったと聞く、撤退の遅れた歩兵中心の兵団は冥王軍からの良い防波堤代わりになってくれただろう。
レイド伯爵は有利な状況では強気な男だが、打たれ弱い所があるみたいだ。今彼は怒りより絶望に飲み込まれているのだろう。
そんなレイド伯爵の様子を見て流石に動揺を見せる騎士達。自分達の上官が戦意を喪失している上に、ゾンビになった王の奇行、明らかに異形の者となった王に何の疑問もなく頭を垂れ跪く王子。
「どうなっている、何故聖女が殺されておるのだ?!」
宰相ランドルフを見ると、明らかに混乱している。ゾンビが人畜無害だとでも思っていたのか? そんな訳がない事は百も承知だろうに。もしかして自分達の思い道りに動かせる何か、魔道具のようなものががあったのだろうか?
うん……なさそうだよな。
「王国騎士達よ、お前たちの主は誰だ? 騎士団長か? それとも宰相か? 違うだろう、王ではないのか? お前達は真の主である国王をこのような姿にした者達に付き従うと言うのか?」
ゲルト公爵の言葉に動揺していた騎士達が、更に困惑の表情を浮かべる。
そこにさらに追い打ちがかかる。
寝室から追い払った筈の貴族達が乱入してきたのだ。
「宰相殿! 我々にも協力を……?」
「国王陛下は御無事ですか? 微力ながら私共も力に……んん?」
「やはりこのまま帰れません。我々も宰相殿と共に……は?」
部屋に入って来た時は宰相に協力的な台詞を吐いていた貴族達も部屋の異常さと、その様子に言葉を失う。
自分達の国王が変わり果てた姿で人の手を貪っていたらそりゃ驚くだろう。
次々と王の寝室にやって来た宰相派の貴族達も、嫌悪感丸出しの顔で部屋の様子を窺っていた。
「貴様ら、帰れといった筈じゃ! 何故戻って来おった!」
「宰相これは一体……?」
「レイド伯は一体何をしている? ……ぬっ、あれは、あの遺体はまさか聖女様なのか?」
もう完全に貴族達は混乱している。
「ち、違う。儂がここに来た時はもうこうなっていたのじゃ。ゲルド公爵が何かしたに違いない!」
この期に及んでそう反論するランドルフ侯爵。
「貴殿らの中にも私の様に何度も陛下にお会いしようとしたが、宰相に止められ諦めた者もいよう……つまりはそう言う事だ。ランドルフ宰相はこの大事を隠していたのだ……いや、それどころかギルバート殿下とレイド伯と共に陛下を魔物にした共犯者だ」
通常ならここに居る貴族は敵対勢力であるゲルト公爵の言葉に反発するだろうが、今は何も言えずに黙る事しかできないようだ。
宰相が何かを隠しているのを知っていたのだろう。まさかこんな大それた事とは思ってもみなかったようだが。
「ええい、ゲルド公爵の言う戯言に耳を貸すでない! 騎士達もさっさと公爵を捕まえるのだ! これは命令だ、さっさとしろ!」
声を張り上げて命令する宰相の言葉に、迷う様子の騎士達。それでも命令だからと剣を握り直し、一歩こちらに踏み込んで来た。
「宰相の側についていたら王子の様におかしくなるか、王様の様にゾンビにされるかもしれないな……あ、もう秘密を知っちゃったからマリアンヌみたいに殺されちゃうかもな」
マリアンヌは宰相の命令で殺されたわけじゃないが、もっと混乱させてやろうとそんな台詞を口にしてやった。すると皆ビクッと体を震わせ段々と顔を青くしていく。
あれ、意外と効いてるな。
騎士達だけじゃなくここに踏み込んできた貴族達も同様に顔を青くしていた。
ゲルド公爵を見ると良くやったとウィンクをしながら、口の端を吊り上げていた。
いやいや、そんなに脅かすつもりじゃなかったんだって。ゾンビだって俺みたいなのもいるから怖くないよ? え、そんな事はないって? うるさいよ!
「ぬぅ……殿下、ギルバート殿下!」
分が悪くなる一方のランドルフは、王のベッドの横で跪きブツブツ呟いているギルバートにドスドスと怒りを露わにして大声を出しながら近付いて行った。
「殿下の言っていた協力者は一体どうなったのです?! 約束が違うではないですか」
宰相の問いに不機嫌そうに顔を上げるギルバート。
「黙れ、王の御前だと何度言えばわかるのだ!」
「……陛下もその事をご心配しておられるのですぞ?」
ギルバートはランドルフの言葉に国王ゾンビを見上げる。
「ああ、父上そうでしたか……協力者、協力者……そうだ、アルデバランか。奴は一体何時になったら聖女の血から作られる秘薬を持ってくるのだ。だから一度は追放したグレースを捕まえアルデバランに引き渡したというのに……これでは父の、王の御病気が何時になっても治らんではないか!」
「で、殿下! 協力者の名は……!」
ランドルフは慌ててギルバートの口を塞ごうとするが、ギルバートは邪魔そうにそれを払いのける。
「ランドルフ貴様も困っているのだろう? 将に就いていた邪魔な貴族を排除する目的がこちらにはあったとはいえ、我が国の第二騎士団と第二兵団を冥王国に差し出したのだ。その対価をまだ受け取ってないのだろう? 確か冥王国侵攻に参加しなかったゲルト公爵とオーガスト公爵の暗殺だったか」
「王子その事は! ……違う、違うのだ!」
まさか極秘にしていた秘密をここでベラベラと喋るとは思わなかったのだろう。ランドルフは大量な脂汗を流しながらフラフラと床に座り込んだ。
想像以上にギルバートは壊れているな……明らかに正常ではない。何があった?
「聞いたであろう、宰相……ランドルフを捕えよ。これは明らかな国家反逆罪である!」
ゲルト公爵が王国騎士に向かって命令をする。
この状況となればランドルフに付き従う道理はない。騎士に取り押さえられ拘束される宰相。
「離せ! 儂はこの国の宰相であるぞ、離さんか!」
今まで顎で命令をしていた騎士達に押さえ込まれた宰相は、抵抗も虚しく口を塞がれ身体を縛り上げられ身動きが出来なくなっていた。




