64・公爵(2)
ゲルド公爵がマイルズの足が治った様子を見て顎に手を当て、驚いた表情をしている。
「疑っていた訳じゃないが、実際にこの目で見ると凄いものだな……」
「ええ、僕も何度か見ていますが、凄い治癒魔法です」
ゲルド公爵とその息子のセシルがクレアの魔法を見てそう言葉を漏らす。
「皆、分かっていると思うがクレア君は私の客人である。必ずお守りするように……勿論セシリィ君もだが」
付け足したように言わなくてもいいだろうに。絶対わざとだ。まぁ、まだ信用できないんだろうな。それは仕方がない、色々調べて知っていそうだし。
マイルズは余程嬉しかったのだろう、クレアの手を握り何度もお礼を言っている。最初の感じでは半信半疑だったのかもしれない。
彼を治したリカバーは本来なら神官系魔法レベル40以上でないと習得できない魔法だ。現在この国にいる神官でレベル40を越えている神官はいないと聞いている。
数十年も昔、セシリアの前の勇者の時代には何名かは居たらしいけどな。
クレアはレベルは40もないが、そこは本物の聖女、世には語り伝わらなかった魔法の早期習得のお陰で、レベル35でリカバーを習得をしていた。
ゲルド公爵は是が非にもクレアを手に入れたいだろうな。少なくとも他の貴族に渡すことはしないだろう。
疲れてないかとクレアの身体の調子を確認してから、ある場所へ移動することになった。
ゲルド公爵の屋敷を出ると、そこには知った顔の者が背筋を正した姿で待っていた。
「ゲルド閣下、申し訳ございません。王国軍への報告の為、少し遅れました」
「ご苦労だったな、苦労したと聞くが?」
「ええ、それはもう、そこの嬢ちゃん達に助けられて何とか生きて帰れましたよ」
「そうか、彼女達には感謝しきれんな」
屋敷の立派な門前で公爵を待っていたバレンと公爵が会話を交わす。
最初の挨拶だけは真面目な様子のバレンだったが、その後は砕けた調子だ。公爵も気にした様子はない。
どうやら公爵はバレンとも知り合いの様だな。そう言えばバレンは名誉騎士爵か、知り合いでも不思議ではないか。
「それで、マイルズの奴はどうなりましたか?」
「ああ、問題ない。感激して涙を流しながら元気にピンピンとしとるよ。念の為に今日は休むように言ってあるが……言う事をきかんだろうな」
「そうですか、良かったですねゲルト閣下」
マイルズの足が治った事を聞いたバレンが公爵と共に喜んでいた。マイルズとも知り合いだったようだ。
「バレンとマイルズ、そして僕は昔パーティを組んでいたんだよ」
俺の後ろにいたセシルがそう教えてくれた。
「公爵のご子息のセシル……様もですか?」
「あはは、僕の事は今まで通りセシルでいいよ。まぁパーティについては色々あったのさ」
少し遠い目をしながらそう答えるセシル。そうか、人生色々だからな、語りたくない事もあるだろう。
どうやら次の場所に行くのにバレンも同行する様だ。護衛も兼ねているのかもしれない。
馬車に乗り目的の場所を目指す。流石は公爵家の馬車だ、威厳を示さねばならない為だとは思うが、豪華な馬車である。
そんな馬車に乗るのってちょっと緊張するな。クレアは慣れているのか平然としていいる、流石は元公爵令嬢だ。
警戒しているようだが、俺も一緒に馬車の中に入れてくれた。クレアが拗ねる事も計算済みか。
公爵の屋敷のあるこの地域は貴族街と呼ばれ、仕事でこの区域にいる平民以外はほぼ平民の姿はない。貴族の移動は基本的に馬車なので歩くと結構目立つ。
目的地は案外近い場所だった。ゲルド公爵の屋敷にも引けをとらない程大きく立派な屋敷の前で馬車が止まる。
クレアの顔色が悪い。まさかと思うがこの屋敷は……。
「クレア君。君には酷かもしれないが、是非治してもらいたい者がここに居る。君の父であり、私の友人でもあるアルバートを治してやってもらえないだろうか?」
アルバートはクレアの父の名か。そうなるとオーガスト公爵その人だという事だ。
クレアはこの家を追放されたと聞いていた。確かに酷だなこれは。
断ってもいい案件だと思うが、クレアは了承するだろう。
案の定、血の気が引いた顔を無理矢理笑顔にしながら「はい、分かりました」と答えていた。
馬車を下りるとオーガスト家の執事だろうか、黒服の身形の良い男が駆け寄り、ゲルド公爵に深く頭を垂れる。
「ようこそおいで下さいましたゲルド公爵閣下……はっ、お、お嬢様、グレースお嬢様ですか?!」
頭を上げ公爵の後ろにいたクレアに気が付くと、公爵がいるのにも関わらず目を見開き、声を出して驚愕の表情を浮かべていた。
「も、申し訳ございませんゲルト公爵閣下」
「よい、驚くのも無理はないからな、アルバートの所へ案内してくれ」
「は、承りました」
クレアが気になるのか、落ち着かない様子で公爵に答えるオーガスト家の執事。公爵家の執事になる程の男だ、普段はもっと落ち着いて対応するのだろうが、驚きがそれを上回っているのだろう。彼にとっては平常心を保てない程の驚きのようだ。
屋敷に入るとゲルト公爵に対し頭を下げるオーガスト家の使用人達。ゲルト公爵の言った通りオーガスト公爵とは本当に友人関係らしい。
頭を上げた使用人達がクレアを見て驚いた顔をしている。数年前まではこの屋敷に住んでいたらしいからな。
その驚きは懐かしさなのか、それとも侮蔑なのか。それは知りたくもないな。
執事を先頭に屋敷の一室に案内される。
ノックと共に中から低い男の声で返事が返ってくる。クレアが少し身体を強張らせていた事から、どうやらオーガスト公爵本人のようだ。
「私だ、オスカーだ、入るぞアルバート」
ゲルト公爵の名前はオスカーらしい。公爵同士でファーストネーム呼びか、友人と言うより親友ってとこか。
部屋の中は公爵当主が居る部屋だけあって、とても広く豪奢な部屋だった。
その中央にはこれまた豪華なベッドが設置されている。どうやら公爵の寝室の様だ。
「無様な私を笑いにきたのかオスカー?」
ベッドに上半身だけを起こした男がそう答えた。
目を瞑り声のするこちらの方に顔を向けている男の様子を、俺はマジマジと見つめた。
恐らく傷は魔法で治癒されているが、目を閉じているって事は見えてないのだろう。
加えて片腕がない。足の部分は毛布がかかっているが、その膨らみから片足もないようだ。
「友人の心配をしている私に随分な言い草だな。起きていいのか? 腹も抉られて一部欠損しているのだぞ」
「どうせこのままでは長くはない……私が無能なせいで家族を失い、領民も多く亡くなってしまった……おめおめと私だけが生きながらえていい筈もないのだ」
胸の辺りを押さえ、オーガスト公爵は少し俯く。
「貴族界でも私以外は恐れて歯向かう者がいないと恐れられたオーガスト公爵がなんと弱気な。しっかりしたまえ」
「……オーガスト家を継ぐはずの息子のトマスは私を冥王軍から逃す為に亡くなった。前もって逃していた妻と娘達は冥王軍ではなく、よりにもよって国の危機だとも知らぬ賊に襲われ亡くなった。そして私が守らねばならなかった領民達でさえも……私はもう疲れたし、今更どうにもできん、この身体ではな」
大きな溜息をつくオーガスト公爵。その様子を見てゲルド公爵がクレアに視線を送る。
「クレア君、頼みます」
「……はい」
小さく返事をするクレア。
「待て、誰かいるのかオスカー? この声は……」
「お前を治す為に連れてきた者がいる。じっとしておれ」
「馬鹿な、この傷は治らん筈だ……っ?!」
クレアはオーガスト公爵に触れ呪文を詠唱する。その声を聞き驚きで口を開くが言葉が出ないようだ。
やがて呪文が完成しリカバーの魔法が発動する。
修復場所が多い為、念の為に俺はこっそりとクレアに魔力を譲渡していた。これで万が一もないだろう。
「お、おおお、明るい……目が……いや腕も足も腹も、なんて事だ、治る事があるなんて……」
「では私はこれで……」
顔を見せぬようにペコリと頭を下げ、オーガスト公爵から離れるクレア。それを手を伸ばし腕を掴んで止めたオーガスト公爵。
「待ってくれ! その声、もしやお前は……」
手を離してもらわないと動けないので仕方がないのだろう。オズオズと頭を上げるクレア。
「グレースなのか?」
「……お久しぶりですお父様。今はクレアと名乗り冒険者をしております」
腕を掴まれたままなので片手でスカートを摘み、貴族風の挨拶を行なうクレア。
「……私を助けてくれたのか……あんな仕打ちをした私を……」
オーガスト公爵は再生された腕の方もクレアに回し彼女に抱きつく。
足も治っている筈だがベッドに乗ったままなので、頭の位置が高いクレアがオーガスト公爵を胸に抱いている様に見える。
公爵は無言だが多分泣いているんだろう。クレアは父親の背に手を回し子供をあやすように優しく撫でていた。




