63・公爵
俺の、いや俺とクレアの前にはお洒落な髭を携えた、落ち着いてはいるが非常に高価であろう衣服に身を包んだ姿勢の良い壮年の紳士が立っていた。
セシルに連れられ、明らかに上級貴族の屋敷に招かれたと思ったら、待合室で待つこと数十分、旦那様がお待ちですと使用人に案内され連れてこられた先での事だ。
普通、如何にもな貴族様と会うのなら、平民(?)である俺達は招かれたにも関わらず、何時間も待たされるのが常識だと何処かで聞いたことがあるが、それはガセネタだったのか?
後にクレアに聞いたところ、平民の身分の者が何時間も待たされる事は普通にある事らしい。だとしたらこれはかなり異例な事なのだろう。
しかも席に座ってではなく、窓際とはいえ立ったまま俺達を迎えてくれたのだ。まぁちょっと後光が射して見えるので、それを狙った感はあるが。
「よく来てくれたセシリィ君、そしてグレース嬢……今はクレア君だったかな」
「お久しぶりでございます。ゲルト公爵閣下」
げ、公爵だって?
俺は反射的に首を垂れる。前の世界ではしがない平社員、偉い人に対しては最早本能的な行動と化していた。笑いたきゃ笑え!
クレアの方はスカートの左右をヒョイと摘み、ゲルト公爵に貴族風の挨拶で答えていた。
……いや、ちょっと待て。
ゲルド公爵って確かアルグレイド王国の二大公爵の一人じゃないか!
もう片方はクレアの……グレースの父オーガスト公爵だった筈だが……領都が壊滅した今、彼はどうなっているのだろう。
「苦労したようだね。冒険者になったと聞いた時は危険でも自由に生きてほしいと思ったが……私の知らない所で色々あったようだね」
「ご存じでしたか……」
少し重い雰囲気で、そこに口を挟めるほど俺の肝は据わってはいない。
え、そんな事はないだろうって? そんなことあるよ! よく考えたらさクレアも元公爵令嬢だろ? 身分の偉い人達の会話になんて入れるわけないよ、マジで。
「父上、今その話は……」
「そうだなセシル。今彼女はクレアという、いち冒険者だったな」
「ええ、しかし父上に話を聞くまではグレース嬢とクレアさんが同一人物とは思いませんでした」
俺もセシル、お前がゲルト公爵の息子だとは思わなかったよ!
なんで衛生隊の隊長なんてやってたの、この人?
「私もこの目で確かめるまでは半信半疑だったのだよ、セシルの報告で上がってきた回復魔法の使い手の一人がグレース嬢だったとはね。何度も失礼、今はクレアだったね」
クレアと話をしたいのなら俺いらなくないか? 出て行ってもいいかな~? などと考えていたら、いつの間にか俺の方を向きニコリと微笑む公爵殿。
「セシリィ君だね。君の事は聞いているよ。色々とね」
「あはは、ソウデスカ」
言葉が片言になるくらいに圧をかけられている俺。
クレアの事も調べていたようだし、俺の事もやっぱり調べられているよな。
だとしたらアレか、魔の森でアリスと初めて会ったあの一件か? レオンハルトから俺が魔物、もしくは冥王国側の者だと報告されていたのかもしれない。
やばっ、逃げれるか?
最悪クレアはここにいても大丈夫そうだから、俺だけでも逃げれればいいが……。
「そんなに警戒しなくても何もしやしない。それとも君の方が何かしようとしていたのかな?」
「いえ、全く」
即答である。
そもそも王都に来る予定なんかなかったからな。
「敵味方は問うまい。ただこれだけは聞かせてほしい。君は我々に危害や不利益を与えるつもりでここへ来たのかね?」
「いえ、全く」
スッと目を細めた公爵にさっきと同じ台詞で即答した俺。
「ゲルト公爵、セシリィは!」
「分っておる、落ち着きなさいクレア。してどうだセシル?」
「はい、嘘は申してないかと」
セシルは小箱の様な物にはまっている宝石を見つめながらそう答えた。
ああ、成程ね。
「魔道具ですか? 嘘を見破る」
「よく知っているね。すまないが確認させてもらっただけだ。これだけで安心できる保証はないが、一応な」
アリスはスキルで持っていた見破りの能力だが、魔道具でもあるんだな。
見破りの魔道具は上質な布に包まれた後、魔道具より少し大きな箱に入れられ執事が部屋の外に持ち出して行った。
使用回数に制限があるのか、それとも信用されたのか……後者だと思いたいが。
公爵が俺達をここに呼び出したのはオーガスト公爵の令嬢だったグレースに会う為ではなかった筈だ。そもそもセシルがゲルト公爵に報告してからクレアがグレースだと気付いたようだしな。
ゲルト公爵は色々調べていたようだし、恐らくクレアが本物の聖女だったと知っていた可能性が高い。いつの時期でそれを知ったのかは分からないが。
現状、再生魔法リカバーを使えるなんて、冒険者ギルドも把握していないモグリの高位神官か聖女以外は考えられないしな。王都にある大聖堂のトップである大司教でもリカバーは使えないらしい。
聖女が早期に魔法を習得していく事は知られてはいないようだが、聖女であったのならあり得る話だと考えたのだろう……公爵は頭が良さそうだし。
俺の考えこむ様子を見て、公爵は口の端を上げ話しかける。
「セシリィ君が考えている通りだよ。私はグレースが本物だと知っていた。もっともそれを知ったのはグレースがクレアになった後だがね」
ほらな、頭の回転が早いよ。
俺の考えている事なんてお見通しどころか、再生魔法リカバーの情報以前に気付いていたようだ。流石は二大公爵の一人だな。
「それで俺とクレアを呼んだ本当の目的は何ですか?」
「くくく、失礼、可愛い顔をして一人称が俺だとは、いや面白い。ああ、目的だったね。大体見当はついていると思うが……治療をしてもらいたい人がいるのだよ」
だよな。それしか考えられないよな。
「リカバーを使えるクレアがいればいいだけですよね? なら俺は……ん?」
「セシリィ~」
クレアが俺の服の裾を掴んで情けない声を上げる。
はいはい、見捨てるなって言いたいのね。
「セシリィ君は膨大な魔力をお持ちだそうで、何百もの兵士を癒したと聞く。流石は……ですね。貴方にも色々と協力してもらいたいのですよ。勿論報酬は支払いますよ、私が用意できる範囲でですが」
ゲルト公爵が俺もクレアと一緒に来て、何か手伝えと遠回しに伝えてきた。
流石は、と、ですね、の間の沈黙には、どんな言葉が入っていたのかな? 流石、魔物ですね……だろうか。
そうだ魔物と言えば……。
「ゲルド公爵ご本人がここに居て、領地は大丈夫なのですか?」
「はは、心配無用だ。領都はオルソンに任せてあるからな」
オルソンって誰だ?
「オルソンは僕の弟さ。次男だけど時期公爵になる予定で、僕より優秀だよ」
セシルがそう答える。おや、嫡男はセシルだろ、いいのか?
「まぁ僕達にも色々都合があるのさ。皆納得してこうなっている。公爵家の嫡男が自由にしているのもそういう訳なのさ」
成程。俺が突っ込む問題じゃないし、興味もないから別にいいけど。
「さて、話を戻すが、優先的に……いや、必ず治してもらいたい者が二名いる。まずはその最初の一人からだ。他にも負傷した兵達も数多くいるが、それは余裕があるなら頼みたい」
真剣な目で頷くクレアと仕方なく頷く俺を連れ、公爵は廊下に出て別室を目指す。
兵士を治してまた無謀な戦に駆り出すようなら協力はしたくはない。
しかし断言はできないが、この公爵はそんな馬鹿な事はしないだろう。正直協力も吝かではない。
公爵は屋敷の一室の扉の前で立ち止まり、「ここだ」とノックをしてからその部屋に入って行った。
暫くしてから俺達も中に通される。
そこには若干細身だが精悍な顔だちをした青年が椅子に座っていた。
「元気そうだなマイルズ」
俺達と一緒に部屋に入ったセシルがその男に話しかけた。
「ああ、だが足はこの通りだがな……いや、俺は生きてるだけでもマシか。フォーブル砦に援軍に出てたはいいが、負傷して閣下の兵も多く失ってしまったしな……」
マイルズと呼ばれた男は肩を竦め返事を返す。
座った椅子の下部にある筈の彼の足が何処にも見当たらない。恐らく戦で負傷したのだろう。
フォーブル砦というとマーヤか?
いや俺がフォーブル砦に行った時にマーヤはアルグレイド王国には攻めるだけの戦力はないと言ってたから、マーヤが着任する前のカノープスが砦を占領した時か。
ゲルト公爵はいち早く戦況を把握して、部隊をフォーブル砦に派遣したんだろう。結果は残念な事になったようだが。
「もう引退して後進の指導でもするかと考えていたんだがね。まだ現役で働けってさ。そう簡単に楽をさせてはくれないらしい」
「そういう事だ。お前には期待しているぞマイルズ」
ゲルト公爵から既に説明を受けていたんだろう。マイルズは皮肉を漏らすが顔は嬉しそうだ。
そんな彼の肩をポンと叩く公爵。微笑む彼の様子を見る限りかなり信用している部下なのだろう。
「それでどちらのお嬢さんなのかな、俺の足を治してくれるのは?」
「こちらの……クレア君だ」
「そうか君が……よろしく頼む」
どうやらこの様子では、このマイルズもクレアの素性を知っているぽいな。
「は、はい。では」
クレアはしっかりとした姿勢でマイルズに歩み寄ると、そっと彼の身体に触れリカバーの呪文を詠唱した。
淡い光が彼の下半身……足のあった部分に集まる。
「お、おおお……」
再生された足をマジマジと見つめ、それが夢でないのか、本物であるのか確かめるように彼はそっと触れてみる。
そこに無かったものが実在していることを確かめてからゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がるマイルズ。
失った直後の状態まで戻った足だが、久しぶりだった為かもしくはまだ馴染んでいないのか、ふらついて椅子にまた座り込む。
それでも彼は嬉しそうに何度も頷く。眼の淵には薄っすらと光る物が浮いていた。




