62・王都
元オーガスト領都を逃げる様に出る俺達。
ロナウドが「数日泊まっていきませんか」と提案してくれたが、用事があると言ってそれを丁寧に断った。本当は用事なんてないけどな。
ナイスミドルのイケメンがキラキラした目でお願い事をする様は、中身が男の俺には非常にキツイものがあった。
戦闘のあった直後なので、実に生々しい光景が広がっていた。そもそも前回の大規模戦闘が数日前にあったばかりである。散々たる状態なのは当然だろう。
もうここには用はない。
この地を見たいと言ってたクレアの目的も果たしたしな。彼女のけじめみたいなものだったんだろう。
ダライアに跨り領都を離れようと荒れた街道を進んだ所に見知った人物がウロウロと、あ、怪しい……。
「セシリィちゃん、クレアさん? やっぱり無事だったんですね。良かった、探してたんですよ!」
「セシルさん? こんな所に一人で?」
そう、俺によく似た一見、美女に見える美男セシルだ。
彼は衛生隊の隊長だった筈だ。何故街道にいるんだ?
探してたって、何か企んで……いる顔じゃないよな。
「あ~、その、セシルさんも無事でなによりです」
セシルは俺達を心配していたようだし、彼も見たところ怪我はないようだ。まぁ彼は衛生隊所属だし、ある程度は自分で治せるしな。
「ええ、僕の事はいいんです。護衛に付いていた女性兵士が僕の所に報告に来まして、慌ててテントに向かったのですが……。バルター達が大変失礼な事を……助けてもらったのにもかかわらず、代わりに謝らせて下さい。すみませんでした」
「頭を上げて下さいセシルさん。私達は大丈夫だったんですから」
謝罪したセシルにクレアが大丈夫だと返事を返す。
「バルターって、上官を呼び捨てでいいんですか?」
「いいですよセシリィちゃん。ここにはそれを責める人は居ないからね。皆あいつが戦死してくれて清々してるさ」
うん集中攻撃で壮絶に戦死したよな。俺がそう仕向ける様にロナウドに言ったんだけど。
「それで、何で此処に? 流石に王国軍は撤退したのでは?」
「駐屯地がアンデットの襲撃があって混乱している中、領都方面に逃げ出す君達を見た者が居たんだ。もしやと思ってね。一応この辺りを探してみようとバレンたちと探してたのさ」
駐屯地から逃げ出すのがバレていたのか、中々優秀な者もいるようだな。
しかしバレン達も俺達を心配して探してくれていたのか?
……高位回復魔法を使える俺達を手放したくはない打算もあるだろうが、心配してたのも本当だろう。
「身勝手なお願いだが、また助けてほしい。もうバルターのような奴はいないし、王都に戻ればそれなりにコネがあるから君達を守る事ができる」
そう言って頭を下げるセシル。
美女が悲痛な思いでお願いしているように見えるので、正直断りにくい。本当に怪我を負った兵士を治したいのもあるのだろう。衛生兵の神官も魔力がないと只の人だしな。
「はぁ、もう仕方がないな。今度こそ約束を守れよ。それとここまできたら他人行儀は無しだ、普通に話そう。俺の事もちゃん付けを止めてもらえると助かる」
「ありがとう。じゃあセシリィと呼ぶな。しかし地はそんな言葉使いだったのか……まぁアリって言えばアリかな」
「あはは、セシリィはともかく私は普通ですから。よろしくお願いしますセシルさん」
「ええ、クレアさんはまともでしたか、良かったですよ」
「まともって……俺もまともだぞ? 今アリって言ってただろ自分で?」
なんやかんやでセシルに付いて行くことになった……多分王都まで。
ダライアのお陰で二カ所の砦を回ってから元オーガスト公爵領に着くまで、大幅に移動時間が短縮され予定よりかなり早い時間で来れた。
冥王が四王会議に行ってからまだそれ程の時間は過ぎてない。早くても一か月以上は帰って来ないそうなのでまだ時間はある。
帰って来てもどう誤魔化すべきか、未だにいい打開策は浮かんでいない……と言うか、どうしよう、誤魔化しようがないのでは?
もう開き直って冥王と戦う? うん、無理だな、勝てる未来が全く見えん。
ならば王都に行って何か冥王が喜ぶ様なものを探してみるか……そんなのがあればいいのだが、期待は薄そうだ、はぁ。
セシルの案内でバレン達との集合場所へと向かう。
衛生兵なのに一人で大丈夫だったのかとセシルに聞くと、「戦場に出る衛生隊の隊長ともなれば、多少腕に覚えがないと生きていけないよ」と笑いながら答えていた。
続けて話を聞くと見た目に寄らず、戦闘の心得が豊富らしい。実際に暗殺者に襲われたこともあり、返り討ちにした事もあるとか。
暗殺者に襲われたって……セシルお前一体何者だよ?
そうこうしてるうちに、領都から離れた森の一角に知った顔の男共が見えた。
「おお、セシリィ嬢ちゃんにクレア嬢ちゃん、無事だったか、良かった。本当によかった!」
セシルと同じ反応をしたバレンがそこに居た。その部下の兵達もだ。
……ん、あれ?
「うおわ! バレンさん、あんた腕が片方無いじゃないか! うわっ、どいつもこいつも傷だらけだ! クレア、バレンさんの治療を頼む。他は俺が治す!」
想像以上にボロボロじゃないか! 阿呆か、俺達を探さないで、さっさと王都に戻りやがれ。
……いや、俺が怒る事じゃないな。彼等の今の悲惨な状況は俺の所属である冥王国軍と戦ったからだ。
砦で俺がロナウドに意見言った結果、バルダーが戦死して戦線が完全に崩壊する前に撤退できて全滅は免れたとは思う……だがそれでも俺は彼等にとって敵側の者だ。俺自身が彼等を殺したり傷付けたのも同然だろう。
「おおう、どうしたセシリィの嬢ちゃん? 勇ましいなと思ったら、突然落ち込んでよ?」
バレンはクレアに治療を受けてる間にセシルから事情を聞き、俺を見てそう言葉をかけてきた。
「い、いや、何でもないですよ」
「そうか? ならいいが……ああそうだセシリィ、俺の事はバレンでいいし、無理に敬語を使わなくてもいいぞ。クレアも腕を治してくれて助かった、ありがとうな」
「は、はい」
「お、おう分かった」
治った手で俺の背中をバンバンと叩くバレン。痛……くはないが少しは手加減しろ。
元オーガスト公爵領から王都まではそれなりに距離はあるが、思ってたよりは遠くはなかった。ただ歩きのバラン達に合わせた為に一週間弱程かかりはしたが。
道中撤退途中の負傷兵と合流したりして治療も行なった。怪我人のまま歩行するのと、元気な状態で歩行するのでは速度が全然違う。ただ兵糧が足りなくて皆腹ぺこの様だったが。
バレンやセシルが俺達に食べ物を分けてくれようとするが、流石に自前があるので断った。
収納鞄はやはり貴重な物で持っている者も少なく、特に敗退しての撤退時には物資を運んでいた輸送部隊……輜重隊とはバラバラになってしまった為に、食料は十分に行き渡っていなかったようだ。
結局少量ではあるが、俺達の食料をバレン達にこっそり分けることにした。
俺は基本的に魔素さえ取れれば食べ物はいらないし、クレアもそんなに大食いではないので余裕があったからな。感謝しろよ。
本当に感謝され、また「聖女様」とか言われ手を合わされてしまった。
本物の聖女は俺の横に居るから!
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王都には難民が溢れていた。王都でも全てを受け入れる事はできないらしい。
しかもこれでも減った方なんだそうだ。
アルデバランの黒の冥将軍が暴走した結果、多大な被害を受けた領地が多数出た。アルグレイド王国に経済破綻が起こりそうなほど難民が溢れているらしい。
冥王国側から見たら結果的にはかなりの戦果だったのではないだろうか。冥王軍の失った兵はほぼアンデッド兵だったからな。
将であるアルデバランは倒されたが、アルグレイド王国軍が倒したわけではないのでアルグレイド王国が一矢報いたわけでもない。
そんな事を考えながら王都を眺める。
負傷兵が続々と城門に吸い込まれるように消えていく。一般の者や難民が入る門ではなく、別にある兵士用の大きな門にだ。
今城に入って行くのは、最初の大規模戦闘で敗退した兵士ではなく、バルター率いる再戦部隊の生き残りだ。最初の大規模戦闘での敗残兵はこんなものではなかったらしい。
今見える困り果てた多数の難民も、痛みをこらえて歩いている敗残兵も、かなり多く見えるが、それでも一時期よりは減っているらしい。
住むところを追われ、家族を失った者も多いだろう。冥王国と戦争をしてるからこういった難民が出るのも仕方がない……とは割り切れるものではないよな。
兵士だって戦うのが仕事と言っても、別に死んだり傷ついたりしたい訳ではない。
隣にいるクレアは難民や傷だらけの兵士を何とも言えない悲し気な目で見ている。やりきれない気持ちなのだろう。
本当に戦争は碌でもない……いや、敵側の俺が言う事ではないし、言う資格もないか。
兵士用の巨大な門で警備をしている兵士に敬礼をされ王都へ入った。
何故に?
今の俺達は只の冒険者と言う立場で兵士ではないのだが?
てっきり騎士爵を持つバレンが俺とクレア(とダライア)の事を兵士に説明してくれると思っていたのだが、何故かセシルが懐から何かを取り出してそれを兵士に見せると、そのままフリーパスで王都へ入れてくれたのである。
本当に何者だ、セシルは?




