31・情報収集
まぁともかく冥王が俺に会いたいと思ったのは同郷の者と思われる俺が冥王軍に現れたからだ。しかも死んだはずの転生者だったセシリアと同じ姿でだ。
「我の誘いを断ったセシリアは愚かな奴であったな」
そんな台詞を吐く冥王はセシリアを惜しむような感じではなかった。
むしろ逆に馬鹿にしている感じがする。
「だが、セシリアを殺した弟の王太子の方がもっと愚かな馬鹿者だったがな」
……へっ?
セシリアって弟に殺されたの?
確かにセシリアの夢では弟君は姉のセシリアの事を良く思ってなかったようだったが……。
てっきりセシリアは勧誘に応じなかったから、冥王プロキオンに殺されたのかと思っていた。
でも勇者ってアレだろ、冥王とか魔王とかを討つ人類の希望とかいうやつだろ? それを同じ人間の、しかも弟が殺したのか?
マジか、訳が分からない。
俺が人に紛れて冒険者をやっていた頃に得た情報では、人族や一部の亜人族が大小の国を何個か作り、またその人類と敵対している四王の魔王、竜王、獣王、冥王もそれぞれの国を持っていた。
そのお互い敵対している勢力……人類側と四王側は、この広大な大陸を二分しているそうだ。
もっとも人類の国同士や四王同士も仲が良いとは言い切れないらしいが。
その人族と相対する四大王の一角、冥王と敵対している王国がアルグレイド王国であり、その王国には四大王にも対抗できる勇者がいた。
世界で勇者は一人だけではない。
とは言え滅多に生まれてくるものでもない。
勇者はアルグレイド王国が冥王国に対して少しでも有利に戦う為の……少し言い方は悪いが、有効なカードだった筈だ。
その勇者をその国の者が殺した? しかも王族で身内である勇者の弟がだ。
勿論そんな事実は公にされてはいない。噓か実か、俺はたった今、冥王から初めて聞いた事だ。
「アルグレイド王国の第一王子ギルバートは腹違いの第一王女である姉、セシリアを嫌っておった……いや、許せなかったのだよ」
プロキオンがそう語る。
俺が不思議そうに首を傾げると満足気に頷き、話の続きを話してくれる。
……単にこの冥王様、お喋りが好きなだけのような気がしてきたな。
「セシリアの母は貴族出身の者ではない。それどころかアルグレイド王国の人間でもないのだ。貴様も知っておろう、アリスが管理している人の住む村がある事を、セシリアの母はそこの出身者なのだよ」
……は?
いや、だってあそこから出るにはアリスに忠誠を誓って、尚且つ眷属にならなきゃいけないんじゃないのか?
セシリアの母……つまりメリアはどう見てもヴァンパイアには見えなかったぞ?
「では、セシリアの母は吸血鬼なのですか? 確か村から自由に出るにはアリス様の眷属にならねばならないと聞いたのですが?」
疑問を口にしてみる。当然の疑問だと言わんばかりに冥王プロキオンは大げさに頷き質問に律儀に答えてくれる。
「表向きはそうなっとる。ただアリスの奴は我に黙って人間をこっそり逃がしていたようなのだ。我等の様な元人間の転生者でもないのに、人族に情を持ったとでもいうのか? だとしたら酔狂でとても愚かな事だ。冥王国に居た記憶を消したと言っても、そのような愚行は我に対する侮辱だとは思わんかねセシリィ?」
マジかぁ~、衝撃の事実がどんどん出てくるよ。
そしてそんな事を俺に聞くなよ、返答に困るだろうが!
はぁ仕方がない。嘘も方便、冥王を怒らせたり不機嫌にさせる発言は俺の命に関わる、ゾンビだけど。消されないようにおべっかしよう、そうしよう。
「人に対して慈悲をかけて愉悦感を得たいのでしょう。冥王様を侮辱しようなどと恐れ多い事は考えていないと思います。一応私の上司ですからねフォローしておきます」
「ふ、ふはははっ! 上司、そうか上司か。前世は社会人で苦労でもしていたのかセシリィ? わはははっ!」
転生者同士ならではの会話だよな……いや、そうでもないか。
ともかく不穏な会話は有耶無耶にできてホッとしたよ。
プロキオンのご機嫌を取る為にアリスの事を悪く言うのは気が引けるが、どうもプロキオンとアリスの関係は良くないように感じるので、この場を切り抜けるには仕方がなかった。
アリスには悪いがここでは、プロキオンに気に入ってもらえるような会話を心がけるのがベストだろう。それが処世術と言うものだ。
それはそうと、話の続きだ。
「先程の話なのですが、王太子は腹違いの姉の母が気に入らなかったという事ですか? 記憶を消しているなら本人どころか誰も冥王国出身だと分からないと思うのですが」
「くくくっ、それはな、我等が王子ギルバートに教えてやったのだよ。尊敬する姉の母が平民出で、しかも敵国である冥王国の者だ。あ奴にとっては下賤で忌まわしい血を引く姉だ、掌を返したように毛嫌いしおったわ。実に見ものだったぞ、わはははっ!」
……悪趣味な。
と言うか、かなり前から冥王国はアルグレイド王国の弟王子と接触していたみたいだな。
「次期国王には自分がなるものだと思っていたギルバートにとって、国民の人気が高い勇者となった姉のセシリアは目の上のたんこぶ、邪魔な存在になった訳だ。そしてセシリアの母は冥王国での平民。心の内では姉として見れなくなったようだな、くくくっ。加えて勇者の仲間の何名かは平民出で王城にも来る、選民意識の高いギルバードは平民が堂々と城に足を踏み入れる事が我慢ならなかったと聞く。王になりたいギルバードに対し当のセシリアは王位には全く興味は無く、弟のギルバードに王位を継いでほしかったそうだがな」
プロキオンは実に楽しそうに長々と喋り続ける。
興が乗っているのかもしれないが、捲し上げるような喋り方はやめてほしい。
早口すぎるので聞き辛いのだ。もう少しゆっくり話せないものかね……。
そんな俺の心情など気にもせずに冥王プロキオンの話は続く。
まぁ、知りたかった情報もあったし、ただで情報を得られるなんてお得感満載だし、嫌な顔はしないけどな。むしろ揉み手にヨイショしてでも、情報を引き出したい。
「死者の迷宮で信じていたギルバードに背後から剣で突き刺されたセシリアの間抜け面は忘れられんぞ、ふはははっ。我の誘いを断ったばかりか我に罵声を吐き、害虫を見るような目で見おった報いだ。我はただ、ギルバードに少々誇張させはしたが真実を教えただけなのだがな。しかし躯になったセシリアを何度も何度も憎そうに刺す姿は中々笑えたぞ。ゾンビになれるかも分からんほど損傷していたくらいだ」
更に早口で喋る冥王プロキオン。
それはちょっと聞きたくなかったな。まぁ俺がこうしているって事は、頭部に致命的な損傷がなかったって事だろう。
……でも顔はかなり深く傷付いていた様な気はするな。結構危なかったのかもしれない。
ワンマンで喋り続けて満足したのか、冥王は椅子にもたれながら無駄に飾りの多いテーブルにあった高級そうな酒瓶の口を空ける。
それを自らグラスに注ぐと一気に飲み干し、プハァと息を吐き出した。
……おおっ、骸骨なのに酒が流れ出ないのか? しかも酒の味がわかるみたいだ。流石は進化した上位のスケルトンだな。
まぁ何はともあれ、セシリアの情報が聞けただけでも来た甲斐があったというものだ。
冥王が俺を呼び出したのも単に同郷の者と会話をしたかっただけのような気がするし。それとセシリアに対する愚痴だな。
冥王プロキオンが話した内容も、幹部なら知っていてもおかしくない内容だったと思うし、プロキオンもお喋りできて満足できただろう。
さて、そろそろ帰ろうかと思い、腰をあげようとしたのだが……。
「そうだ、勇者と言えば、聖女もアルグレイド王国に誕生していたらしいではないか」
話はまだ終わってなかった……。そんなに寂しかったのか? いや元々喋るのが好きな奴なんだろう。
道理で俺をここまで案内して来た副官だか秘書だかが、俺を見て気の毒そうにしてた訳だ。きっと奴も冥王のお喋りに、付き合わされた経験があるに違いない。
アリスが軍議に出たがらない筈だ。軍議でも一方的に話していたのはプロキオンだったからな。
でも聖女か、確かクレア……元グレースは偽聖女だったとか言われて追放になったんだよな。




