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第八十五話『研究院への伝言』

 冒険者というのは一応個人業ではあるが、その仕事をある程度統括するギルドは国営の組織に当たる。というのも、冒険者が拾って来た情報の中には国にとって有益になりうるものがたまーに混ざっているからだ――というのは、『双頭の獅子』に入ってすぐにラケルが教えてくれたことだった。当時は世間話の一つくらいにしか思っていなかったが、その知識が今になってこんなふうに役に立つなんてな……。


「研究院、ですか。あそこは毎日忙しくしていますし、よほどのことが無ければ取り合ってくれないと思いますが……」


 しかし、レイン自体は研究院のことをよく思っていないらしい。言葉にそんなニュアンスが無くても、研究院というワードが出てきた瞬間の表情を見ればそれは明白だった。


 明らかに苦虫をかみつぶしたみたいな表情になってたもんな……。『ダンジョン開き』だって対立する冒険者と研究者の利害をどうにかすり合わせるための制度なわけだし、連携できる仕組みがあるからと言ってそこ同士の仲がいいかって言われたらどうもそうではないらしい。


 研究院に対するいろんな感情が入り混じっているのか、レインはしばらく無言で口元をむにむにと動かしている。……しかし、やがて小さく頷くとともに俺の方を向き直った。


「……研究院が取り合ってくれるかは分かりませんが、マルクさんの事ですし伊達や酔狂でそんなことを申し出ているのではないと思います。……どうしてそうしようと考えたのか、その経緯だけでも伺うことは可能ですか?」


 その中身次第では興味を引くことも可能かもしれませんので、とレインは付け加える。すっかりいつもの仕事モードに戻ったその態度にプロ根性を見出しつつ、俺は大きく首を縦に振った。

 

「もちろん。多少無茶なお願いだってのは分かってるし、それを通すために情報が必要なら出し惜しみはしねえよ」


 研究院に回りさえすれば、その中に入ってる素材が明らかにおかしなものだってのは気づかないはずがないしな。言ってしまえば、いかにこの中に入ってるものに研究の価値があるかをプレゼンできるかどうかが一つの勝負所ってわけだ。


「……それじゃ、単刀直入に説明するぞ。回りくどい説明はとりあえず後回しだ」


「はい、それでお願いします。本題から入られた方が、私としても色々と整理がしやすいので」


 俺の前置きに、レインが神妙な表情で頷く。いつの間に取り出したのか、その手には紙とペンがしっかりと握られていた。


「……その麻袋に入ってる素材なんだけどな、全部一匹の魔物の素材だ。俺たちが今日倒してきた『プナークの揺り籠』の中で、一番手ごわかったと言っても過言じゃねえな」


「事実、この魔物にやられたと思わしき死体が交戦した場所にはたくさん転がってた。……多分、両手の指じゃきかねえくらいだ」


 俺の証言を後押しするかのように、後ろに立っていた冒険者の一人がそう付け加える。その被害報告に、レインの目が大きく見開かれた。


「……なるほど、それは凶悪な魔物ですね。一部を除いて、あの場にいたのは経歴も長いベテランたちだったはずなのですが」


 俺たち三人に何か言いたげな視線を向けつつも、レインは険しい表情を浮かべる。俺たちがあの場で分不相応なルーキーだったのは間違いないが、その被害情報を持ってきているのがそのルーキーだというのがまた皮肉な話だった。


「事実、アイツは暴れまわってた。リリスとツバキがどうにか倒してくれたが、そうじゃなかったらあの魔物は外まで飛び出してたかもしれないな」


「そうだね。実際、あのダンジョンの中じゃ絶対に必要ないような翼までご丁寧に生やしていたし」


 麻袋の中を指さしながら、ツバキは軽く肩を竦める。それにつられるようにしてレインが袋の中をまさぐると、真っ黒な翼膜がずるずると引きずり出されてきた。


「……確かに、この翼膜を見るに相当立派な翼だったことは間違いありませんね。ダンジョンの中でそれが活きることは、何年たってもなさそうですが」


「だろ? そんでもって、二人の話だとその魔物は学習を繰り返してたらしい。冒険者の攻撃パターンを読んで、小賢しい事に対策までしてくるんだと」


「アレには苦戦させられたわね……。最終的にはその学習能力が仇になってコイツは倒されたわけだけど、その能力が優秀だったことに変わりはないわ」


 学修能力に一番苦しめられたであろうリリスが、俺の言葉に続いてやれやれと言いたげに首を横に振る。その話を聞いて、レインの首は大きく傾げられた。


「その話を信じるなら、確かにとんでもない魔物ですね。マルクさんたちが研究院に素材を提出したいと考えるのも納得の話です。……まあ、偏屈な研究院の連中がそれを正直に受け取ってくれると思えないのが唯一の懸念事項ですが」


「……ああ、そこはちゃんと偏屈っていうのな……」


 渋い表情を浮かべるレインに、俺は思わず苦笑を返す。初めてはっきりと出て来た私怨の感情は、かなり色の濃いものに思えた。


 しかし、その表情は咳払いとともにどこかへとかき消される。メモを取り終えたレインは俺たちを向き直ると、ペンでテーブルを軽く叩きながら続けた。


「さっきのは少々誇張表現ですが、研究院にすぐさま分析させるのには売り文句が足りないのも事実です。私はあなたたちの話を信じるだけの根拠がありますが、研究院にしてみたらたかが一冒険者の言葉にすぎませんので」


「確かにそうだな……ここまで人数を揃えても、専門家じゃないことに変わりはないし」


 研究者にも研究者なりのプライドってものは確かにあるだろうからな。俺たち三人で来るよりも説得力はあっただろうが、素人を何人集めても素人の言葉には変わりはないし。


 だが、今回ばかりは少し事情が違う。たとえ素人の話であろうと、この言葉さえあれば俺たちの意見に研究院の面々は注目せざるを得なくなるだろう。むしろ、今までの報告はその情報の信憑性を上げるための証拠の一つに過ぎないわけで――


「……それじゃあ、もう一つだけ情報を付け加えてもいいか? これだけちゃんと忘れずに伝えてくれれば、レインの仕事としては十分なんだけどさ」


「……随分と大きく出ましたね。それだけのことを言われると、私も期待値を上げざるを得ないのですが」


 俺の売り文句に、レインはもう一度ペンを手に取る。その食いつきに内心笑みを浮かべながら、俺は話の本題を切り出した。


「俺たち、ダンジョン開きから帰って来ただろ? 聞いた話だとあそこは『プナークの揺り籠』って名前で、その名前の意味についても熱心な研究者がいるとかいないとかって話だ。それで、今回俺たちが討伐した魔物なんだが――」


 そこでいったん言葉を切って、俺は麻袋の中をまさぐる。毛だったり翼だったりいろいろなものがごっちゃに押し込められている中でも、『それ』の感覚は確かにあった。


 それは、魔物の中にあるにしてはあまりにも異質なもの。研究院にこれらの素材を回そうと、俺たちにそう決断させた一番の要因。明らかに硬い感触のそれをしっかりと握りしめて、俺は袋から取り出すと――


「……その魔物こそが、あのダンジョンの名前が指し示す『プナーク』だった可能性がある。この結晶から放たれている魔力を解析すれば、それが分かってもらえるはずだ」


 手のひらサイズの結晶をしっかりとレインに見せつけて、俺は最後の一押しとなる仮説――いや、俺たちにとっての結論を提示してみせた。

ということで、次回より新展開です! マルクたちがどんな動きを見せるのか、まだまだお楽しみいただければ嬉しいなと思います!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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