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第八十四話『謎の麻袋』

「……これはこれは、揃いも揃ってお久しぶりな方々ばかりですね」


 俺たちとその後ろにずらりと並んだ冒険者たちの姿を見つめて、レインはあんぐりと口を開ける。職務中にあまり感情を表に出さないレインにとっても、この光景はやっぱり驚きに満ち溢れたもののようだ。


 昼下がりのギルドはそこそこ人でにぎわっているのだが、その大半が俺たちの姿に奇異の視線を向けている。……ま、大荷物をしょった二十人越えの冒険者集団がいきなりギルドに踏み込んできたらそうなるのも仕方ない事なんだけどな。


「だろ? これ含め、俺たちがダンジョン開きで見つけ出してきたものだよ。……見つけ出された、の方が正しいのかもしれないけどさ」


 かすかに苦笑を浮かべながら、俺はレインにそう告げる。ある程度の成果は期待していたにせよ、これほどまでの成果は正直言って俺にとっても想定外だったからだ。


 だが、正直言ってこれは嬉しい誤算だった。クラウスの足元を崩せればいいと思っていたこのイベントで、その喉元にまで食らいつく足がかりを手に入れることができたんだからな。


「ダンジョン開きは色々な冒険者に飛躍のきっかけを与える、とは言いますが……。マルクさんの表情を見る限り、今回もその例には漏れなかったみたいですね」


 誇らしげな表情を浮かべる俺たちに、レインはほんの少しだけ目を細める。その顔には、隠しきれない安堵の感情があるような気がした。


「……しかし、それにしてもこれほどまでの大所帯でギルドを訪れるとは予想外でしたけど。……まさか、これ全員新しいパーティメンバーだーなんて言うわけではないでしょう?」


「そうだな、流石にそんなことは言えねえよ。……だけど、こいつらが着いてくるって申し出てくれてさ。特に断る理由もねえし、着いてきてもらった」


 俺がレインに事情を説明すると、それに同調するように冒険者たちが首を縦に振る。視界の端に映ったそのシンクロっぷりに俺は苦笑を浮かべつつも、今から報告しなければならないことを思って軽く咳払いをした。


 俺たち三人の後ろにベテランの冒険者たちが十数人も並ぶ光景は冗談みたいなものではあるが、彼らだって何の目的もなしに同行を申し出てくれたわけじゃない。これくらいの人数がいなきゃ、今から俺たちがする報告は戯言にも取られかねないからな。


「……ツバキ、あれが入った袋がどれだか覚えてるか?」


「もちろんだとも。ほら、これでいいかい?」

  

 俺の問いかけに、示し合わせていたかのようにツバキは小さな麻袋を俺に差し出してくる。ずっしりと重いそれを両手で受け取ると、俺はそれをカウンターへと丁寧に置いた。万が一にでも折れたり傷がついたりしても良くないからな。


「……魔物の素材、ですか?」


「ああ、そうなるな。『プナークの揺り籠』で遭遇した魔物から剥ぎ取ったものだ」


 その重量感に困惑しながらも、レインはすぐにその中身を察する。色々と混乱するような状況が続いても、冷静に業務を続けられるのはさすがとしか言いようがなかった。


 俺より少し年上ってくらいだろうに、王都の冒険者はみんなレインに力になってもらってるんだもんな……。彼女が『ギルドの受付』である以上偏った見方はしないって信頼があるから、俺もレインには素直に協力を要請できるのかもしれない。


「なるほど、討伐お疲れ様でした!では、今から査定いたしますので少々お待ちくださいね」


 そう言いながらくるりと振り返り、背後の棚からレインは一冊の本らしきものを取り出してくる。ちらりと見えた表紙の文字とかを見る限り、魔物の素材を査定するときに使うマニュアルか何かだろうか。確かに、ダンジョンという未知を多分に含んだ所の素材を買い取るには必要なものなのだろうがーー


「ああ、それはちょっと待った。思わせぶりなことして悪いけど、俺たちはこれを売却しようとしてレインに見せたんじゃなくてさ」


 マニュアルを手に麻袋を開こうとしたレインを制止しながら、俺はそう話を切り出す。……その言葉に、ついにレインの首が大きく横に傾いた。


「売却目的ではない、ですか? そうなると、どうしてこの素材を私に提示したのかがよくわからないのですが……」


「ああ、だろうな。だけど、こういう段取りにしないと信じてもらえないと思ってさ。……袋、開けてもらえるか?」


 マニュアルを棚に戻す姿を見つめながら、俺は慎重に話を進める。実際に目撃した俺たちでさえ半信半疑な話なんだから、伝え方を間違えればそれはもうヨタ話でしかない。少しばかり回りくどい手順を踏むことにはなってしまうが、そこは我慢してもらおう。


「ああ、開けるには開けるんですね……。何か丁寧な取り扱いが要求されるものなのでしょうか?」


「いや、多分それは大丈夫……な、はずだ。いきなり爆発したりとか砕けたりとか、そういうことはないと思う」


 というか、剥ぎ取ってすぐにツバキが割と雑に手で弄んだりしてたしな。何から何までよくわからないものではあるが、とりあえずすぐさま危険をもたらすようなものではないと信じたい所だ。


「……分かりました。相変わらず話は見えてきませんが、まぁこれを開ければ少しは分かることなのでしょう」


 俺のはっきりしない物言いに困惑の表情を浮かべつつも、レインは麻袋の口に手をかける。中身がこぼれないようにと付けられた縄が解かれ、その反動でぶわりと麻袋が開いた。


 それを確認して、レインはカウンターのそばに置いてあった長手袋を装着する。口元は布で覆い、警戒体制はバッチリと言った感じだ。


「さて、それじゃあ失礼して……と」


 俺たちの方に軽く一礼してから、レインは麻袋の中に手を入れる。ガサゴソと中を探るレインの首が、ゆっくりと怪訝そうに傾げられた。


 その袋の中に入っているのは、俺たちにとって一番の戦利品……に、なるかもしれないものだ。俺たちの予想が正しければ、これの価値はルネなんかでは測れないものになりかねない。


 ただ、それが現実になるかどうかは俺たちにはまだ分からないことだ。もっと言えば、ある意味査定のプロとも言えるレインにすらも分かるかは怪しいわけでーー


「……これは、一体何の素材なのですか? 肌触りも色合いも、私の知識どころかマニュアルにもないものなのですが……」


 血に染まった灰色の毛皮を麻袋から取り上げて、レインは俺たちにそう問いかける。その反応に、俺は自分の判断が正しかったことを確信するとーー


「悪いな、俺たちにも分からねえんだ。だからギルド経由で、王都の研究員にこの素材を回してもらおうと思ってさ」

 

 ーー満面の笑みを浮かべながら、俺は何とも情けない宣言を堂々と言い放った。

ということで、王都に帰還したマルクたちはまだまだ大立ち回りを繰り広げていきます! レインに提出された袋がどんな役割を果たすのか、ぜひご期待いただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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