第八十三話『涙はいつも笑顔の陰に』
「……アラン、本当にここまで大丈夫か?」
『プナークの揺り籠』から王都への帰路の途中、俺はアランにそう問いかける。俺の視線の先では、アランが俺たちの進行方向とは違う向きを指さしていた。きっとそれが示す先に、アランたちの拠点となる町はあるのだろう。
ここまでは同じ道だから一緒に行けたが、やはり一人にするのは少しばかり、いやかなり心配だ。他に同じ街から来た冒険者もいる以上、俺たちが責任を持って街まで送り届けないといけない気もするのだが――
「大丈夫だ、心配すんな。ここからの道が安全だってことは知ってるからよ」
そんな俺の心配をよそに、アランはカラッとした笑顔を見せている。そうやって明るく振舞っているからこそ、未だなお隻腕に不慣れな様子が痛々しく映った。
やっぱりバランスを取るのが難しいのか、時々ふら付いているようにも見えるんだよな……。本人が大丈夫と言ってくれてるからにはそれを信じたいという気持ちもあるが、村まで送り届けることもまたあそこでアランを助けた俺たちの責任のような気がしていた。
「……なあアラン、せめてもう少しだけでも……」
「……マルク」
俺が手を伸ばしてそう言いかけたところを、隣に立つリリスがすっと腕を伸ばして制止する。彼女はそれ以上何も言うこともなく、ただゆるゆると首を横に振っていた。
「……ここまでで、いいんだな?」
「ああ、大丈夫さ。これでも冒険者そこそこ長くやってるんだぜ?」
繰り返された質問に、アランは大きく頷いて見せる。……それを見てまだついていくというのは、なんだかナンセンスなような気がした。
「……ありがとうな、アラン。お前がいなくちゃ、俺たちはプナークに不意打ちされて終わってたかもしれねえ」
「そうだね。君の存在は、間違いなくボクたちにとって重要なものだったよ。……出来ることなら、またどこかで会いたいものだ」
胸の中に去来するいろんな思いをとりあえず押し込めて、俺はアランに向けて頭を下げる。その隣で、ツバキも静かに頭を下げた。
リリスはと言えば、俺たちに倣って小さく頭を下げている。ちょこんという擬音が付いてきそうなものではあったが、まあお辞儀はお辞儀だった。
「何言ってんだ、礼を言うのはこっちの方なんだぜ? お前たちがいなきゃ、俺はあいつらに報いてやることもできなかったんだからよ。……だから、顔を上げてくれ」
頭を下げる俺たちの姿を見つめながら、アランは明るい声でそう答える。それを受けて顔を上げると、アランの眼もとに光るものが浮かんでいるのが分かった。
「……ありがとう。お前たちのおかげで、俺はあいつらに少しだけでも恩返しができる。『最後までお前たちの父ちゃんはかっこよかったぞ』って、遺されたガキどもに話して聞かせてやれる。……それだけで、俺はお前たちにいくら感謝しても足りねえよ」
「……アラン……」
涙を頬につたわせながらも、アランは努めて明るく俺たちに接し続ける。……その姿を前にして、俺はなんて言葉をかければいいのか分からなかった。
ねぎらえばいいのだろうか。同情すればいいのだろうか。それとも、もっとかけるべき言葉があるのだろうか。……いや違うな、どれも相応しくないんだ。俺の言葉じゃ、きっとアランの悲しみには触れない。
「ほら、ファンを待たせちまってるだろ? 俺の事は大丈夫だ、簡単にくたばったりなんかしねえ。……お前たちは、お前たちのやるべきことを果たしてこい」
立ち尽くす俺を急かすかのように、アランはくるりと背を向けながらそう口にする。……何か言わなくてはいけないような気がしたのに、先を越されてしまった形だ。
「アランの言う通りね。今頃あの人たちは総出で前方の安全を確保してくれてるでしょうし、早いところ合流しましょ」
「そうだよマルク。……ボクたちにとってのダンジョン探索は、まだ終わってないんだから」
「……だな。いつまでも、立ち止まってる場合じゃねえ」
リリスとツバキにも背中を押されて、俺はようやくアランの後ろ姿に背を向ける。最後に見えた隻腕のシルエットは、なぜかとても小さく見えた。……おかしいな、俺よりも背丈は大きいはずなのに。
「ほらマルク、早く行きましょう。……その方が、アランのためにもなるわ」
俺に続いて二人もくるりと振り返り、今度はぐいぐいと物理的に背中を押してくる。確かにやるべきことが残っているとはいえ、ここまで急ぐのはなんだか違和感があるような気がした。
「……アランのためって、どういうことだ? 俺たちが急ぐこととアイツに、どんな関係が――」
あるんだ、とリリスに問いかけようとしたところで、逆方向に立っていたツバキの指が俺の唇を押さえる。驚いた俺がとっさにツバキの方を向くと、真剣な光を宿した黒い瞳が俺を捉えた。
「……マルクもアランも、優しい人だ。君が善意からアランに同行しようとしたのも分かるし、それを責めるつもりはないさ。……けど、今ばかりはそれはナンセンスってやつだよ」
ゆっくりと指を離しながら、ツバキは諭すように俺に語り掛ける。俺をまっすぐに見つめるツバキの姿は、普段よりもさらに大人びて見えた。
「……仲間を弔うっていう目標のために、私たちに同行した人。そうでありながら、最後まで明るく振舞って見せた人。……きっと、あの人はパーティでもムードメーカーのような存在だったんでしょうけど」
首だけをひねって背後を見つめながら、リリスはどこか呆れたような声でそう呟く。しかしその声色は、いつにも増して柔らかく俺の耳に響いた。しょうがない子供を見るような、意地を張る人をなだめているような、そんな優しい響きだ。
「弔いたいって思いだけで生にしがみつけるような仲間の存在が、あなたにとって大きなものじゃないはずがないのに、私たちのために必死に明るく振舞って。……そんなに無理、しなくてもいいじゃない」
その言葉が終わると同時、俺たちの後ろから風が吹きつけてくる。かさかさと草原を揺らすその風は、目に見えないものも乗せてこの場所を吹き抜けた。……すなわち。
「うっ……ひぐっ、ああ……‼」
「……そんなにつらい事を、押し殺さなくていいのに。……私たちの前で泣いてはいけないなんて、誰も言ってないんだから」
背後からかすかに聞こえてくる涙声に、リリスはそう呟く。そこまで聞いて、俺はようやく二人の意図を理解した。
ナンセンスなんて言葉を使ったのも納得できる話だ。……俺たちがいる限り、アランは明るく振舞ってしまうのだから。失った仲間のことを思って、アランは心を痛めていたはずなのに。
「……二人とも、ありがとうな。お前らの言うとおり、俺の方が無遠慮だった」
「別に貴方を責めるつもりはないわ。貴方の懸念も十分わかるし、そこに他意がなかったのは私もツバキも知っている。……ただ、私たちの方が死とか別離とか、そういうのに詳しすぎるだけよ」
「そうだね。……失う側も置いて行かれる側も、ボクたちはすっかり慣れ過ぎてしまったからさ」
俺の謝罪に、二人はどこか複雑な表情をしながら応える。その間にも、アランの涙声はかすかに俺たちの耳朶を打っていた。
二人が何を思ってその言葉を紡いでいるのか、それを俺はまだ知らない。……だけど、もう何も失わせたくない。こんなに優しい二人が何かを取り落とすことなんて、あっちゃいけないことだと思った。
「……二人とも、先を急ごう。前を守ってくれてる冒険者たちが首を長くしてるかもしれねえ」
「そうだね。……それが、ボクたちにできる唯一の恩返しだ」
「ええ。……一分でも早く、王都に戻りましょ」
俺たちの前で決して上げなかった嗚咽を、俺は聞かなかったことにする。後ろを振り返らないように自分に強く言い聞かせながら、俺たちは王都への道を急いだ。
第二章の後半戦を語るうえで、アランの存在というのは避けては通れないものでした。アランはここで終わるようなキャラではありません(再登場が確定しているわけではありませんが)ので、彼のことも頭の片隅に覚えて置いていていただければ嬉しいです!
次回、舞台はついに王都へと戻ります!どうぞお楽しみに!
――では、また次回お会いしましょう!




