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第八十二話『その背中に預けるもの』

「うわ、まぶし……」


 ダンジョンから脱出した瞬間、少しだけ西に傾きつつある太陽の光が俺の眼に直撃する。もう数時間は沈むとも思えないその姿が、ダンジョンの中で過ごした時間の密度の高さを物語っているかのようだった。


「感覚的には、何日も経っているような気がしちゃうんだけどな……」


「奇遇ね、私も同じことを思ってたわ。……なんというか、いろんなことがありすぎたわね」


 とりあえず脱出できたことに安堵の息をつきつつ、俺はぽつりとつぶやく。一歩遅れて地上に出たリリスも、その言葉に苦笑しながら同意を示した。


「……正直、これ以上に厳しい冒険なんてしたくないわ。まあ、叶わない願いだとは思うけど」


 そんな風に続けながら、リリスは唐突に俺の方へと体重を預けてくる。それに気が付いて振り向けば、リリスが俺の背中に頭を押し当てていた。それに続くようにして両手が腰に回され、完全に俺を支えにしているような状態だ。俺が唐突に動いたら、それについて行けずに地面に倒れ込んでしまうんじゃないだろうか。


「……おい、大丈夫か?」


「大丈夫よ。……ちょっとだけ――いやかなり疲れただけだから」


 まさか魔術の酷使がここに来て悪さしたのかとも思ったが、その仮説は他ならぬリリス本人によって否定される。触れ合った体から伝わって来る魔術神経の情報も、リリスの体に異常がない事を証明してくれていた。


「ははは、いいじゃないか。リリスもようやく遠慮がなくなって来たんじゃないかい?」


 その姿を見て笑みを浮かべたのは、三番目に外へと脱出したリリスだ。およそプナークを討伐して見せた最強の魔術師とは思えないその姿を見つめて、ツバキは満足げな表情を浮かべていた。


「……この冒険が終わったら考えるって、約束してしまったしね。少し気が早い気もするけど、どうせ答えは決まってるし別にいいわ」


 俺の背中に顔をうずめたまま、リリスはくぐもった声で淡々と説明する。声色と状況があまりに噛みあってない気がするが、これいつまでこのままでいるつもりなんだろうな……?


「……だってさ、マルク。これだけの信頼を預けられたら、もう命を軽々しく賭けたりなんてできないね?」


 あまりにも脱力したその姿を見つめつつ、ツバキは俺の方へと水を向けてくる。朗らかながらもしっかりとした意図を感じるその言葉に、俺は頭を掻いた。


「大丈夫だよ、もう自分の命を軽んじることはしねえ。俺たち三人は、揃って運命共同体だもんな」


「そうよ。次貴方が無茶なことをするようだったら、その時はしがみついてでも止めるから」


 ちょうどこんなふうにね、とリリスはくぐもったままの声でそう宣言して見せる。……確かに、こんなふうにしがみつかれたら無理やりそれを振り切ることなんてできるはずもなかった。


「……ありがとうな、二人とも」


 二人の姿を交互に見つめながら、俺は思わずそうこぼす。何度となく死を覚悟したが、その度に切り抜けられてきたのは間違いなく二人がいてくれたからだ。二人が俺の事を大切にしてくれるからこそ、俺は今生きてここに立っていられるんだしな。


 それだけでも十分ありがたいのに、こんな信頼まで預けられたらもう感謝するしかない。二人にとっての『意地でも守りたい存在』になれたことが、俺はたまらなく嬉しかった。


「ここまで私たちを引き付けておいて、今更いなくなられても困るのよ。……私、一度大切だと思ったものは墓場まで持っていきたい主義だから」


「ははっ、それは間違いないね。……マルク、簡単に離れられると思わない方がいいよ?」


 リリスの淡々とした語りに、ツバキは笑いながらそう付け足す。その響きはどこか危うさを伴うものではあったが、リリスにそう思われているなら望むところだ。


「離れるつもりなんて元からねえよ。どういう形で俺の人生が終わるにしても、最後までお前たちと一緒にいるつもりに決まってるだろ」


 出来る限り冗談めかすようにしつつ、俺は二人にそう断言する。もとより運命共同体はそういうものだし、二人から拒絶されない限り俺は二人の傍にいる気しかない。……多分、それはクラウスとの争いが終わったとて変わらないのだろう。


 そんな俺の誓いに、俺の背中がわずかに温かくなる。それがリリスの漏らした笑みによるものなのだと気付くのには、少しばかり時間がかかった。


「……それじゃあ、皆最後まで一緒ね。どこに果てがあるかなんて分かんないけど、せいぜい終点にたどり着くまで突っ走りましょうか」


「そうだね。もとよりボクの人生はリリスとともにあるし、その道を歩いてくれる仲間が一人増えたと思えば嬉しいことだ」


 満足そうなリリスの言葉に続いて、ツバキもその意志に応えることを断言する。傍から見たら少し――いやかなり重い宣言のように見えるかもしれないが、俺たちは多分それくらいでちょうどいいのだ。


「……というわけで、私はこのまま引きずられて王都まで帰るつもりだから。マルク、連れてってくれるわよね?」


 俺に全体重を預けたような姿勢のままで、リリスはちゃっかりとそう宣言する。宿の一室でしか見たことがなかっただらけモードのスイッチだが、どうやら今日ばかりは帰還を待たずして発動してしまったようだ。


 とはいえ、このまま引きずって帰るのもなんかしのびないな……ふとしたタイミングで体勢が崩れたりしたら危ないし、何より歩きにくいったらありゃしないし。


「……おんぶじゃダメか?」


「ああ、それでもいいわね。とりあえず、私がもう歩かなくて済むなら何でもいいわ」


 少し考えた末の俺の妥協案に、リリスは腰に回した腕をそっとほどく。素直に提案を受けてくれたことに感謝しつつ、俺は屈みこんでリリスを迎え入れようとして――


「流石の仲の良さだな。見ていると仲間が恋しくなっちまうぜ」


「……え?」


 背後から聞こえたアランの声に、リリスは驚きの声を上げる。今のリリスにとって、後ろからついてきてくれている冒険者たちの存在は完全に忘れられていた存在のようだった。


 まあ、当たり前っていえば当たり前の話なんだけどな。全体的に地下一階は狭いのもあって、縦に並んで動いていたから出てくるタイミングに差があっただけで。先頭の俺たちが出て来たなら、その後ろに並んでいたアランたちが出てくるのは何もおかしくないことなのだ。


 しかし、それはあくまで俺たちからみた時の話。少なくともリリスは、その事実を完全に失念していたみたいで――


「ああ、これは長続きしそうなパーティだな! どこまでも突っ走ってくれよ!」


「……っ」


 リリスの表現を借りたその声援に、リリスの白い頬が真っ赤に染まる。慌てて強く地面を蹴ると、リリスは飛び上がるようにしておんぶ待ちの脱力した姿勢からいつも通りの立ち姿へとその体勢を瞬時に戻して――


「……な、何の話かしら?」


――そう言ってそっぽを向くリリスの姿に、冒険者たちの間からどっと笑みが巻き起こった。

ということで、『プナークの揺り籠』編も残すところ後始末の身となりました! 彼らの冒険が何をもたらすのか、そしてマルクたちを取り巻く環境はどう変化していくのか! ご期待いただけると幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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