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第八十一話『背を押す声』

「……スター、ねえ。それじゃあ、あなたたちはさしずめその追っかけみたいなものかしら?」


 俺が冒険者たちへの返答を探しているうちに、リリスがどこか冷たい口調でそう問いかける。その物言いは、初対面の時のリリスをどこか思い出させた。


 あの時もかなり手厳しかったもんな……。今でも時々鋭い指摘は飛んでくるが、初対面を思えば今は随分と柔らかく接してくれているような気がする。ま、ツバキ曰くまだ少し遠慮しているような部分はあるらしいけどな。


 だけど今は柔らかさなどみじんもなく、むしろ警戒心マックスと言った感じだ。しかし、そんなつれない返しにも冒険者たちは動じなかった。


「ああ、大体そんなもんであってるかもな。……俺たち、噂を頼りに何とかその当人を見つけ出そうって必死だったからよ。まさかこんなところで直接ご対面できるなんて思ってもみなかったけどさ」


「そうだな。その上その雄姿を目の前で見られたんだから、もう何も疑う必要もねえ」


 弾んだ声でそう答える冒険者たちに、リリスの目がまん丸く見開かれる。その反応があまりに予想外だったのか、微かに口をパクパクさせているのが少し面白かった。


「……確かに、噂をたどればボクたちがどうやってクラウスを抑えたかってのは分かるだろうからね。影魔術なんてそうそう要るものじゃないし、戦っているところを見られたら確信を持たれてもおかしくはないか」


「そうそう。俺たちが必死こいて集められた情報は、マルク・クライベットの素性とそのそばにいた女性二人の戦闘スタイルだけだったからな。あの戦闘が無きゃあ、俺たちにとっての手掛かりはマルク以外になかっただろうよ」


 リリスの隣で冷静に分析して見せたツバキに、冒険者たちも爽やかに返す。あれほど派手にやり合った以上話が漏れないわけがないというのも確かだが、そこまで情報を集めきっているのには彼らの本気を感じざるを得なかった。


 クラウスに近しい冒険者たちは最悪緘口令が敷かれてる可能性もあるしな……そんな中で俺たちの情報を拾い集めようとしたことにはただただ驚くしかない。情報屋がぽろっと口にしていた『ファン』の存在がまさかこんなところで明らかになるなんて誰が予想できるだろうか。あれはおべっかでも何でもなく、ただ俺たちのことを知ろうとしている冒険者たちの存在をキャッチしていただけだったんだ。


「しっかし、初めにマルク・クライベットの名前が出てきたときは驚いたけどな。ギルドにいない俺たちにまで悪名がとどろいたそいつが、一日二日もしないうちに元リーダーに向かって宣戦布告してんだぜ?」


「……そう言われると、俺の恩知らずっぷりが見えてくるような気がするな……」


 ある程度の時間をおいて振り返ってみると、その行動の速さに俺は苦笑せざるを得ない。最低限の生活はさせてもらえたし、感謝してないってわけじゃないんだけどな。それを全部帳消しにできてしまうくらいには、手切れの仕方が悪すぎた。


「いやいや、クラウスへの反抗って意味では一番いいタイミングだったと思うぜ? その一件が無かったら、俺たちもお前のことを悪い目で見なくちゃいけなかったかもしれないしな」


 何とも言えない感情に襲われる俺をフォローするかのように、一人の冒険者が満面の笑みを浮かべる。それに一番大きく頷いていたのは、俺の隣に立って歩くリリスだった。


「善は急げ、ってマルクも言ってたしね。しっかり熟考したうえでやるって決めてからは動き出しが速いの、私は良い事だと思うわ」


「リリスにそう言ってもらえると、俺も自信を持ってリーダを続けられるってもんだな。……けど、あの衝突に関しては半分偶然みたいなもんだぞ?」


 一番稼げる仕事を取ったらそれがクラウス達の狙っていた依頼だったことが、冒険者たちが俺を知るきっかけになった一件が起きた原因だからな。……まあ、その姿を見つけた時から俺の腹は決まっていたようなものだけどさ。


 遅かれ早かれ宣戦布告を叩きつけるというプランだけがあって、それがたまたま早いタイミングで実現したってだけの話だ。結果としてダンジョン開きの日に間に合ったのはただの幸運だな。


「冒険者にとって、偶然ってのは人生を分ける大きな要素だ。宝を見つけるのも、仲間と出会うのも、冒険者のターニングポイントには大体偶然が含まれてる。……それを踏まえれば、偶然に味方されてるっていうのはそれだけでどでかい武器なんだぜ?」


「……それは、誇っていいものなんだよな……?」


 まるで考えを読まれたかのような冒険者たちのフォローに、俺は思わず頬を掻く。運を味方につけるのも確かに冒険者の素養ではあるが、それを誇っていいのかって言われるとそうでもないような気がした。幸運に頼るとどこかで致命的な失敗をしそうなのが怖いんだよな……。出来る限り運に左右される要素を少なくできる作戦を考えるのが、二人を支えるうえでの俺の役割だとも思っているし。


「そう考えると、ボクたちとマルクが出会ったことも偶然の産物だものね。君があの日パーティを追われなければ、ボクたちは同じ目標を向けていないかもしれないわけだし」


 そんなわけで内心困惑する俺をよそに、ツバキは軽く手を打ってそう呟く。俺の方を見つめるその黒い目は、いつにも増してキラキラと輝いているような気がした。


「……そこに限っては、そうかもしれないな。人と人の縁ってのは本当に奇妙なものだし」


 何年も繋がってきたものが唐突に切れることもあれば、切れた先で大きな縁が繋がることもある。運の要素をどれだけ取り除こうとしても、それだけは運任せになると言わざるを得なかった。


 完璧なタイミングで投げ込まれたその言葉からは、ツバキの言外の主張が聞こえてくるかのようだ。『ボクたちと出会ったことに対しては、胸を張っていいんだよ』――だなんて、これがただの妄想だったら恥ずかしいったらありゃしないから考えるだけにとどめておくが。


 そんな俺の頷きに、してやったりと言わんばかりにツバキは口元を吊り上げる。その表情は年相応に楽しそうなものに見えて、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。俺たちでいる日常が楽しいものでもあってくれているのなら、それ以上に俺にとって救われることはないからな。


「それで言うなら、俺たちとの出会いも縁って言えそうだな。どっちかっつーと、正体不明のパーティとこんなところで会えた俺たちの方が幸運ってことになるんだろうけどさ」


「そうだな。クラウスに一泡吹かせた正体不明のパーティとか、俺たちが背中を押さない理由がないしよ」


 そのツバキの言葉に乗っかる形で、冒険者たちもしみじみとそうこぼす。仮にも彼らはそこそこ実績のある冒険者のはずなのだが、今俺たちのことを語るその姿はとても純粋なものに見えた。


「……お前さんたち、人気者なんだな?」


「どうやらそうらしいね。まさかここまで探し求められてたなんて思いもしなかったけどさ」


「……あんまり探られるのは良い気がしないけど、王都でばったり遭遇するよりかはマシな出会い方だったわね。話を聞く感じ、私たちに敵意があるわけでもなさそうだし」


 すっかり話から置いて行かれてしまったアランのリアクションに、ツバキとリリスはそれぞれの反応を見せる。かなり警戒を見せていたリリスも、ここまでくれば流石にその誤解を解くしかないようだった。


「敵意なんてとんでもない。俺たちがお前らのことを探してたのは、その背中を押すためだからな」


「背中を、押す?」


 そんなリリスの言葉に首を横に振りながら答えた冒険者の言葉に、俺は首をかしげる。そのオウム返しを肯定するかのように、冒険者たちは一度足を止めた。


 それに応じるようにして、俺たちも足を止めて冒険者たちの守る背後を改めて振り返る。……そこには、二十人以上の期待の視線があった。


「クラウスの天下には、ギルドだよりを卒業した俺たちでも少しイライラさせられて来てんだ。そこにこんなルーキーが現れたら、『お前たちは間違ってねえぞ』って言いたくもなるだろ?」


「ま、それ以上のことがお前たちにできるかっていうと微妙だけどな。今の時点で俺たちよりもお前らの方が強いし、冷静に物事も見えてるみたいだしさ」


 少しお茶らけた声で冒険者の一人がそういうと、薄暗い階段が笑いに包まれる。それに対して俺たちが笑うのも失礼な気がしたが、気付けばつられて自然と口角が上がっていた。


「……まあ、そんな訳でだ。ここからお前たちを否定する奴が色々と現れたとしても、お前たちが掲げた物は間違ってねえ。俺たちはそれを言うために、王都の街を探し回ってたんだよ」


 冒険者たちの声を取りまとめるかのように、銭湯に立っている冒険者がゆっくりとそう断言する。その宣言に真っ先に反応したのは、いままで一番厳しく彼らを見つめていたリリスだった。


「……ずいぶんと、時間に余裕があるのね?」


 言葉こそ厳しいものだが、その口元は柔らかく緩んでいる。それがリリスなりの信頼の証なのだということは、リリスの横顔を見ていればすぐに分かった。


「ああ、なんせある程度余裕があるからギルドを出たもんでな。……可能性がありそうな奴らには、出来る限り声をかけたくなっちまうんだよ。そういうことだから、これからも頑張ってくれってこった」


 俺たちは、その雄姿を特等席で見せてもらうからよ――と。


 満面の笑みを浮かべてそう言い切る冒険者たちの姿は、初めて俺たちに届いた大きな集団からの声援だった。ただ夢中で突き進んでいるところを、『間違ってない』と背中を押してもらえたそれが、俺たちにとってうれしくないものなはずはない。


 だからこそ、俺はその人たち一人一人の姿をしっかりと観察した。大柄な人から小柄な人、剣を手に持つ人から杖を腰に携えた人まで様々だが、俺たちを応援してくれているという事実だけは共通している。そのことを忘れないように、俺はふっと笑みを浮かべて。


「……そうだな。これからも、見守っててくれ」


 あえて短めにそうまとめて、俺はくるりと進行方向を向き直る。その先には、長い階段の果てが見えてきていた。


 このありがたい声たちにお礼を言うのは、全てのことが終わってからにしよう。もっともっと、この人たちには俺たちの戦いを見守ってもらわなきゃいけないのだから。その小さな輪がだんだんと大きくなっていくことを、俺たちは影ながら祈るしかない。……追放された俺の目標は、とっくに俺たちだけのものじゃなくなっているんだから。


 クラウスを越えるという目標を改めて胸に刻んで、俺はゆっくりと歩みを再開する。――階段の終わりは、そしてダンジョンの出口はもうすぐそこだ。

次回、物語は久しぶりにダンジョンの外へと戻ってきます! 大きく前進した彼らを待ち受けるのは一体なんなのか、ご期待いただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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