第八十話『意外な受容』
「……悪いな。お前たちも色々消耗してるだろうに、俺たちの手助けなんてしてもらっちゃってさ」
地下一階へと続く階段をのぼりなが、俺は後ろを振り向いてそう声をかける。その視線の先にいるのはリリスとツバキ――だけではなく、あの地下で俺たちが誘導してきた冒険者たちだった。
結局あの謎の結晶の正体は分からず、ギルドに持ち込んでみないと何とも言えないという結論だけが俺たち三人の間で唯一一致したことだった。また一つ無事に帰還しなければいけない理由が増えた中で、いくつかの冒険者たちが俺たちと一緒に戻ることを提案してくれたのだ。
「何言ってるんだ、お前の誘導が無ければ俺たちは今頃あの訳の分からない化け物と戦ってたんだぜ? それに比べれば、冒険者パーティの護衛くらいは簡単なもんだ」
俺の背後を歩く冒険者たちのうちの一人が代表してそう答えると、周りもそれに追随するように首を縦に振る。彼らにとって、俺たちの存在はかなり大きなものとして認められているらしい。
「いくら警戒をすると言っても、ボクたち三人だけじゃ面倒を見切れないような懸念点もそこそこあるからね。こうやって人数が増えたことは、安全面から純粋に喜ばしい事だよ」
「奴らが三人組であることを情報の一つとして持ってるなら、こうやって紛れた私たちには気づけないでしょうしね。最初は少し疑ってしまったけど、申し出を受けて正解だったわ」
俺の礼に続くようにして、リリスとツバキも満足げに頷く。その足取りはしっかりとしたもので、ここで何回もの激戦を乗り越えて来た冒険者のものとはとても思えなかった。
だが、二人の背後に従えられるようにして浮遊している大きな麻袋たちがその証拠をしっかり示している。その半分以上をプナークの素材が占めていると考えると、如何にあれが強大だったかが分かるだろうというものだけどな。
「お前たち三人をして警戒せざるを得ない敵とか、俺には皆目見当がつかないけどな……。正面からぶつかってお前たちに勝てるところなんて存在しねえだろ」
誰がどう見ても大収穫と結論付けるであろうその背中を見ながら、護衛の中に混じっているアランがしみじみとつぶやく。その言葉に冗談めいた色は無くて、本心からそう思っているのだろうということがよく分かった。
「……いや、いるんだよ。このダンジョンを抜けるまでは、何が何でも絶対に油断はできねえ」
だが、その言葉を俺は低い声で否定する。俺だっていないと信じたいものだが、ここまでの俺たちの戦いっぷりが多くの敵を作っている事だけは事実だからだ。……警戒しなければいけない敵は、確かにまだこのダンジョンの中にいる。
ダンジョンという閉鎖的な空間を抜けさえしてしまえば、俺たちの敵も大きな動きはできないだろう。だからこそ、あっちからしてもこの場所は勝負どころなのだ。……俺たちは、意地でも警戒を解くわけにはいかなかった。
「……クラウスのところも粘着質だよな。ちょっと仕事取られたからって、お前たちのことを延々と目の敵にしてきてよ」
「アイツはことさらに最強にこだわってるからな。それを阻もうってやつが現れたんじゃそりゃキレるのも仕方ない……って、え?」
背後から飛んで来た忌憚のない感想に軽く頷こうとして、俺は思わずすごい勢いで振り向いてしまう。……その言葉は、俺たちの正体を知るものでなければ出てこないもののはずだった。
まさか子の冒険者たちもクラウスの刺客なのか? ……いや、それならそれでもっと仕掛けるタイミングがあったはずだ。少なくとも敵ではないだろうが、だからと言ってここで油断するわけにも――
「……クラウス? 誰だそりゃ、知らねえ名前だな。響きを聞く感じ、冒険者か?」
少しばかり緊張をはらんだ沈黙を、アランのどこか間の抜けた質問が打ち砕く。アランは王都出身ではないから仕方ないところではあるにせよ、『クラウスを知らない人間がいる』っていう事実自体が俺からすると少しおかしかった。
さすがのアイツでも、王都の外にまで知り尽くされているようなデカい影響力を持ち合わせてはいないらしい。王都での知られ具合を思うとちょっと意外ではあるが、まあアイツの周囲の評判は耳心地のよいものだらけだったろうからな。その環境を前にしてさらに名前を広げよう、とはならないのかもしれない。
「ああ、クラウスってのは冒険者の名前だぜ。王都の冒険者では知らない奴はいない、多分一番有名な名前さ。……良くも悪くも、だけどな」
アランの疑問に俺が答えるより前に、俺を驚かせたのとはまた別の冒険者が説明を代行してくれる。それはあまりに端的で、しかもフラットだった。王都の冒険者はクラウスに多かれ少なかれ牛耳られているのだという事実を感じさせないくらいには、その評価は公平なものだ。
「悪くも悪くも、の間違いじゃないの? 私が聞く限り、あの男のいいところなんて一切入ってこないのだけれど」
「はははっ、そりゃまた痛烈だな! さすがはクラウスを抑え込んだ嬢ちゃんだ、言うことが違え!」
そんな中放たれたリリスの感想に、冒険者一同がどっとどよめく。いくら悪名高いクラウスと言えどそれは偏見塗れのような気もしたが、俺が驚いたのはそっちの方ではなかった。
「……もしかして俺たち、思った以上に名前も顔も知れ渡ってんのか……?」
いや、知れ渡って悪い事なんて何一つないのだが。あのギルドでの一件をターニングポイントとして、俺たちの名前は王都で無視できないものになったはずだしな。……ただ、こうやって直接俺たちのことを知る冒険者と言葉を交わしたのは初めてかもしれなかった。
アランがこの話題を知らないことを思うと、今の話題についてこれてるのはよほどのゴシップ好きでない限り王都の冒険者たちだ。それならば、俺たちの名前もやっていることも分かって当然というものではあるのだが――
「……意外と肯定的なんだね。あまり素直な歓迎をされてなかったような気もするし、冒険者たちはボクたちの登場を喜んでいないものだと思ってたんだけど」
漠然とした俺の疑問を、ツバキが巧みに言葉で表現する。歓迎されていないことはなんとなく察していたのか、隣ではリリスも頷いていた。
ちなみに言えば、今俺たちを守ってくれているのはギルドであまり顔を見ることがない面々ばかりだ。だからこそ余計に俺の戸惑いは大きいし、何か裏の事情があるのかと勘繰らざるを得なくなっているんだけどな。
「ああ、ギルドにいるやつの大半はそうだろうな。まだクエストを選んで食ってかなきゃいけねえような奴らは、クラウスの影響からは逃れられねえし」
「何てったって、アイツの機嫌を損ねたら回ってくるはずの仕事も回って来なくなっちまうからな……。ギルドという場所の力を出来るだけ多く借りたい冒険者からしたら、クラウスにとって今一番うざったい存在であるお前たちを大っぴらに歓迎はできないだろうさ」
そんな俺の疑念に応えるかのように、二十人ほどの冒険者の中からぽつりぽつりと声が上がって来る。その理屈はそれなりに筋の通ったもので、俺の中にあった違和感が少しずつ解消されていくかのようだった。
冒険者が稼ぐための手段は、何もクエストだけではない。ギルドを通じずに直接仕事を受けたっていいし、クエストに出ていない魔物を倒して素材を売却するのだってそこそこいいお金にはなるだろう。ただ、何をするにもギルドを通した方が効率が良かったりするのは事実なんだけどな。クラウスがギルドをずっと使っているのも、『そっちの方が儲かるから』って言ってたような気がするし。
逆に言えば、ギルドを媒介せずに生活を組み立てられる人というのはそこそこ実力がある冒険者と考えることもできる。そう考えると、俺たちは結構な実力者にも知らず知らずのうちに目をかけられていたわけで――
「だがな、クラウスのことを面倒だと思ってる冒険者も俺たちみたいに少なからずいる。……そういう奴らからしたら、風の噂に聞いたお前たちの活躍はあまりにも喜ばしいものだったんだよ」
――会いたかったぜ、俺らのスター?
冒険者の内の一人が、俺たちへの感情をそういうふうにまとめて見せる。……少しキザったらしいそれを否定したり訂正したりする冒険者が出てこないことが、俺たちの存在を肯定している事の証のような気がした。
次回で『プナークの揺り籠』内のエピソードは終わりになるかと思います! 突然現れた支持者たちにマルクは何を思うのか、楽しみにしていただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




