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第七十九話『後の約束』

「う、く……確かにこれは、何度も味わいたくない感覚じゃないね……」


「だろ? だから無理は禁物……なんだけど、今ばかりはそんなことも言ってられなかったしな」


 わずかに息を荒くするツバキの言葉を聞きながら、俺はゆっくりと首を縦に振る。魔術神経を損傷する様なケガなんてしないのが一番なのは当たり前にしても、『無理をしなければならないとき』というのは誰しもにもありうることだということもまた事実だった。


 普段から二人に伝えている事でもあるのだが、俺の存在はあくまで命綱だ。『どうせ修復してくれるから大丈夫』では、いつか取り返しのつかないことになりかねないからな。無茶をすることがクセになってしまうと、修復術師の力をもってしても魔術師としての寿命はどんどん縮んでいくし。


 そういう意味でも、このダンジョンでの戦いは二人の体に悪すぎるんだよな……。応急処置はしてるからまだいいとしても、俺以外の専門家の手も借りたいところだ。……まあ、王都周辺に修復術師は俺以外いないから言っても仕方のない話ではあるが。


「……よし、大方の修復は済んだぞ。どこか不自由なところとかはない……よな?」


 ツバキの手を放しつつ、俺は恐る恐るそう問いかける。経験を何回詰んで来ても、修復が終わった後の体に異常がないかを尋ねるのは少しの緊張を伴うものだ。それが大切な仲間のものとなれば、その不安もひとしおというものなのだが――


「……うん、今のところは大丈夫だよ。ちょっと体が重たいけれど、それは多分疲労によるものだろうし。宿に戻った後、ボクたちに十分な休暇を与えてさえくれれば問題はないと思うよ」


「……ああ、それは約束するよ。街に戻ったらたくさん休んでくれ」


 腕をぐるぐる回しながら笑顔を浮かべるツバキの姿を見て、俺の体中から力が抜けていく。そのついでと言わんばかりの要求にも、俺は一も二もなく頷いていた。


 今日の出来事が王都にどう伝わるかは分からないし、今日俺たちが倒した魔物が本当に研究者たちが追い求めるプナークだったのかも不明瞭だ。……もしかしたら、俺たちを取り巻く状況はもっと面倒なものになっていくかもしれない。


 だが、そういう面倒事を引き受けるのは俺の役目だ。ちょうど俺は悪評を受けてるのもあるし、そういう目立つ立ち位置にいるのは俺だけでいい。二人にはその陰でゆっくりと休んでいてもらおう。


 俺が即答したのが意外だったのか、ツバキは一瞬目を丸くする。……その後、いつにも増して柔らかい笑みが俺に向けられていた。


「休暇を保証してくれるのは良い雇用主の証だからね。……その約束、破らないでよ?」


「そりゃもちろん。お前たちとの約束を破ったことはねえだろ?」


 いつもツバキがしているように、片目を瞑りながら俺はそう返して見せる。我ながら綺麗な返しに、俺が内心会心のガッツポーズを取っていると、その左手がグイッと引かれた。


「……ねえリーダー、最近気になっていたスイーツがあるのだけれど」


 ふと振り返れば、リリスがいつになく殊勝な様子で俺の方を見上げている。すっかり意識することも少なくなった俺の肩書を呼ぶその姿に、俺は思わず苦笑を浮かべた。


「ああ、思う存分食べてきていいぞ。お前たちがいたからこそ、俺たちは誰一人欠けずにこのダンジョン開きを切り抜けられたんだからな」


「それは嬉しい言葉ね。……それじゃ、そのスイーツを楽しみにここからもうひと踏ん張りするとしましょうか」


 俺の返答に柔らかな笑みを浮かべて、リリスはより強く俺の手を握りしめてくる。『私の方にも修復を回してくれ』という言外の主張に、俺は小さく頷くことで応えた。


「じゃあ、ボクは先にプナークの残骸を調べてくるね。……もしかしたら、いろんな人が驚くような何かがあるかもしれないからさ?」


「ああ、頼む。俺たちも治療が終わったら合流するよ」


 治療開始の気配を察して、ツバキは足早にプナークの亡骸へと向かっていく。その軽やかな足取りを見送りながら、俺はゆっくりを目を閉じて修復の術式に意識を向けた。


「……うわ、またすごい負担かかってる……。こんな無茶、本当はさせたくなかったんだけどな」


 さすがにクラウスと戦闘した直後ほどではないが、並の魔術師ならばとっくにダウンしているレベルの損傷なのは間違いない。ここまでして戦ってくれたことがありがたくもあると同時に、そこまで負担をかけなければいけない俺の無力さが情けなかった。


「大丈夫よ、私はぴんぴんしてるし。……マルクから見ると、そう言われても安心はできないんでしょうけど」


「当たり前だろ。いくら修復術式と言っても、すぐさま百パーセントの力を出していいですよって言い切ることはできねえからな」


 リリスの魔術神経の状況を把握しつつ、俺はリリスの質問に答える。何度も大きめの損傷を修復してきたからなのか、会話にもリソースを割きながら修復の準備を進めることが出来ていた。


 大規模な修復術式を受けることに慣れるのもそれはそれでよくない事ではあるのだが、今のところ悪影響が出ていない事だけが幸いだ。……まあ、それにしたってこんな綱渡りみたいな戦場はもうごめんだけどさ。


「……よし、それじゃあ繋ぐぞ。少ししびれると思うけど、我慢してくれよ?」


「大丈夫、心の準備はできてるわ。……さあ、いつでもいいわよ」


 俺の合図に応じて、リリスはゆっくりと両目を瞑る。いつもは大人びて見える表情が、そうするとあどけなく見えるのは俺の小さな発見だった。


 少しだけ観察したい気分にもなるが、あくまでもこれは治療だ。あんまり嫌な感覚を長引かせるわけにもいかないし、ここはダンジョンの真っただ中だしな。


 握られた手から伝わる情報を改めて精査し、修復するべき場所をもう一度確認する。そこにしっかり魔力が流れていることもしっかり確かめたうえで、俺はぐっとリリスの手のひらを握りしめると――


「繋げっ!」


 最近になって言いなれてきたその式句とともに、俺の体を脱力感が襲う。修復術式の酷使は俺にも悪影響を与えているようだが、それを上回る成果が俺の眼の前では現れていた。


「……うん、いつも通りね。この技術を見抜けないでいたとか、クラウス達の見る目がなかったことがよく分かるってものだわ」


「それに関しては申告してない俺にもまあ問題はあるんだけどな……とりあえず、それが巡り巡ってお前たちを助けてるんだから後悔はねえよ」


 軽く飛び跳ねて体の調子を確認しつつ、リリスは呆れたように呟く。それに苦笑を返しながら、俺はプナークの亡骸を調査しているであろうツバキに視線を向けると――


「……ん?」


 ツバキが何かを片手に持って、こちらにゆっくりと歩み寄ってきている。それはツバキの手のひらにも収まってしまえるような、小さな結晶体のようなものだ。宝石の様なその結晶は、とてもじゃないが魔物の体内から出てくるものとは思えなかった。


「二人とも、修復は終わったかい? プナークの残骸を調べているうえで、ちょっと気になる物を見つけてさ」


 軽く肩で息をしながら、ツバキは俺たちにその石を差し出して見せる。所々地のような赤黒い模様が入っているそれは、近くで見るとどことなく禍々しい印象を受けた。


「プナークの体から出たものだから、何かしらの機能を果たしてたものだってのは間違いないはずなんだ。……リリス、この石から何か変な魔力を感じたりはしないかい?」


 そういうと、ツバキはさらにその石をリリスに近づける。それをまじまじと見つめていたリリスは、やがてゆっくりと首をひねると――


「……妙な魔力があるかないかで言われたら、あるわね。……その正体が分からないから、私からは何とも結論付けられないけど」


 ――リリスにしては何とも歯切れの悪い結論が、戦いの後の大部屋に響くのだった。

今回ツバキが拾ってきた石の正体がいったい何なのかは、少し後に持ち越すことになります。今はただ『見つけた』という事実が大きい事だけ覚えて置いていただければ、この先の物語をより楽しんでいただけるかなあと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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