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追放術師の修復録(リライト・ワールド)  作者: 紅葉 紅羽
第六章『主なき聖剣』

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第五百八十九話『冒涜セシ者』

『帝位簒奪戦』。大層荘厳な響きとは裏腹に、かれこれ百五十年は見向きもされてこなかった制度だ。特に残しておく意味もないが、さりとて廃止する意味もない。形骸化という表現がこれ以上に似合う者もなかなか見つからないだろう。


 その理由は主に二つ。まず一つ、時の皇帝に直接宣戦布告しなければならないこと。いくら帝国が野心ある物の挑戦を歓迎する環境とはいえ、皇帝に直接謁見できるものなどごくわずかでしかない。実際過去に記録として残っている『帝位簒奪戦』は全て皇帝の腹心や直属の部下から挑まれたもの、言うなれば暗君に対する三行半だ.。


 ただ、理由がそれだけならばこの制度は百五十年も捨て置かれていない。帝国の歴史に悪名を刻んだ暗君は確かに居て、けれどその最期は『帝位簒奪戦』なんてもので華やかに飾り付けられていないのだ。


 ならばそれはなぜか。その理由は至極単純にして明快だ。『帝位簒奪戦』の準備期間中、両陣営は一切の手出しを封じられる。神聖な戦いを穢さないためのその決まりは、確かに挑戦者へ恩恵を与える物ではあるが――


「大口を叩いておいてこの程度か。失望したぞ、クライヴ・アーゼンハイト」


――大体のケースにおいて、その恩恵は挑まれた側により強く作用するからに他ならない。


 玉座に腰掛けたまま、カイルは大胆不敵な挑戦者を見下ろす。その右腕は肘の辺りで切り落とされており、滑らかな切断面からは血がだらだらと零れ落ちていた。


 血だまりの中には透明なナイフが落ちており、玉座の間の照明を歪に反射している。激突の一合目としてはあまりにも大きすぎる代償を、クライヴは早々に支払わされた形だ。


「何か策でもあるのかと思っていたのだがな。買い被りだったか?」


「如何にも皇帝サマらしい上から目線の言葉をどうも。大丈夫、退屈はさせないさ」


 血だまりの中から右手だったものを拾い上げながら、なおもクライヴは不敵に笑う.。バランスがとりづらいのか少しふらついてはいるが、それだけだ。愚かな挑戦者は、この現実を前にしてもなお自らの勝利を信じて疑っていない。


「何の前触れもなく突然発生する無数の斬撃。防御方法はなく、今のところは避ける以外の対処法もない。うん、これは中々に厄介だ。これまでにたくさんの挑戦者が死んでいったのも頷ける」


 負傷などまるで気にしていないかのような口ぶりで、ただ淡々と自分に起きた事象を整理する。ふりを自覚しながら、それを意にも介さずクライヴはこちらを見据えている。それが異質で、不気味だった。この程度の状況は織り込み済みだと嘯くようなその態度が、不快だった。


 故に、カイル・ヴァルデシリアは速攻での決着を選ぶ。


「正当な評価だな。その観察眼に免じて一つだけ褒美をやろう」


 眼前の空間を認識し、その中に無数の線を引く。クライヴの首を刎ねるように、あるいは心臓を刺し貫くように。格子状に張り巡らされたそれは、カイルの声一つで振り下ろされる断罪の刃だ。


「喜べ。無謀にも余に挑んだ愚か者として、その名を永遠に刻んでやる」


 最大限の称賛と侮蔑をないまぜにした言葉を送り、カイルは掲げた腕を振り下ろす。皇帝の下した無言の号令に従い、クライヴを取り囲むようにして引かれた線が実体化し――


「――なるほど、()()()()()()()()


 瞬きの後にカイルが見たのは、眼前に迫るクライヴの姿だった。


 頭部を狙った回し蹴りを咄嗟に両腕で防ぐが、勢いを殺しきれずカイルの身体は玉座とともに宙を舞う。それを追う様に迫る氷の弾丸を視界に捉えた瞬間、背筋を冷たい痺れが走った。


「ち、いいっ!」


 理性が追いつくよりも先に、本能がその右腕を振り下ろさせる。それを合図に実体化した不可視の障壁が弾丸を受け止めたのを確認しながら、カイルは床を転がるようにして着地した。


 そうして初めて、カイルの脳は現状の整理へ向けて動き出す。逃げ場無く刃を張り巡らせた。その全てを悟る術などなかったはずだ。しかし現実にクライヴは包囲網を切り抜け、一瞬にしてカイルに肉薄していた。そこに危険がない事を分かっているかのように、迷いのない攻撃の構えを取りながら。


「軍師気取りとはいえ流石は皇帝サマだね、.これぐらいの奇襲じゃ倒せないか。でもざぁんねん」


 カイルを困惑の渦に陥れた当の本人は追撃をするでもなく、握り締めた右腕をぐいぐいと断面に押し当てている。それはまるで常識を知らない子供のようで、無意識のうちにカイルの眉間には深いシワが刻まれていた。


 腕を切断されても再生できる種族がいるという話は聞いたことがあるが、少なくとも魔術の領域では切断された四肢を繋ぎ合わせることなど不可能だ。それが出来ずに戦線を退かざるを得なかった戦友をカイルは何人も知っている。


 そうした者たちのためにも、それは常識であるべきなのだ。切り落とされた腕は繋がらず、故に四肢の欠損は負傷の中でも格別に大きなものとして数えられる。そんな世界の常識をたった一人の魔術師が冒涜するなど、起こってはならない。


「アンタのタネはもう見切った。悪いけど、ここからは一発も食らってやらないよ」


 そんなカイルの想いを打ち砕くかのように、クライヴは右手をひらひらと振って、嗤った。


「たった一動作でアグニの身動きを完全に封じ、氷の弾丸を受け止め、極めつけには僕の右腕をすっぱりと切り落とすような魔術。大体のあたりは付いてたとはいえ、実際に見ると改めてすごい練度だ。どんな術式も極めればここまで万能になる物なんだね」


 見せつけるように右手で三本の指を立て、クライヴは心底愉快そうに頬を吊り上げる。それは賞賛のようであり、勝利宣言のようでもあり、しかしどこか冷徹だった。怒りからなのか屈辱からなのか.焦燥からなのか、『すぐにでも排除せねばならない』と、カイルの本能が再び警鐘を鳴らす。


「ただ一つ惜しかったのは、最初の一撃で僕の首を落とせなかったことだね。それが出来ればアンタの勝ちだった。逆に言えば、それだけがアンタにとって唯一の勝機――」


「――それ以上囀るな、痴れ者」


 あらん限りの殺意を言葉に乗せ、カイルは再び腕を振り下ろす。密度も切れ味も範囲も、全てが先の一撃を上回る断罪の刃。クライヴの周囲を一切合切細切れにせんとばかりのそれは、クライヴの存在そのものが皇帝の逆鱗に触れたことの証であり、そして。


「……もしかしてアンタ、昔ながらの皇帝よろしく人の忠告とか聞けないタイプか?」


 それじゃあもう僕は殺せねーよ、と。


 その一撃を放ってもなお耳元で聞こえる苛立ち交じりの声は、クライヴの宣言が誇張でも強がりでもないことの証明だった。


「何、を……ッ」


 振り返ると同時、鋭いかかと落としが頭上から降ってくる。一歩引いて回避できたのは半分偶然のようなものだ。それが間に合っていなければ、今頃カイルの身体は真っ二つにされていた。


「華麗なるタネ明かしで君の度肝を抜いてやりたいところだけど、何にせよ場所が悪いね。この城の中でもあまりにこの部屋は君の手がかかりすぎてる。仕組みとしては単純な魔術をよくもまあここまで洗練させたもんだ。そこだけは尊敬に値するよ」


 床に深々と突き立てられた氷の刃を引き抜きながらクライヴは嗤う。まるで自らがこの空間の支配者であると、そう宣言するかのように。右腕を一度犠牲にしたことすら、彼が書いたシナリオの一節に過ぎないとでも言いたげに。


「だから……うん、そろそろ場所を変えようか」


 カイルの内心を知ってか知らずか、クライヴはパチンと指を鳴らす。その瞬間、カイルの鼓膜を巨大な破壊音が容赦なく殴りつけた。


 それに続いて震動が来る。一か所ではなく、同時多発的に。その情報で、カイルは自分の身に――否、この城に起きた現象の真実に辿り着いた。辿り着いてしまった。


「爆撃、だと……!?」


「ご名答。大将同士の殴り合いだからね、せっかくならド派手にやらなきゃ」


 カイルの驚愕に笑顔で答え、クライヴは床に広がった亀裂に手を触れさせる。それが合図になったかのように細かなヒビは部屋中に広がり、過剰な負荷はやがて崩壊を生む。当然だ。大前提、ここまで烈しい戦いを想定して作られた部屋ではないのだから。


「もっと足掻いて僕に見せてよ。君が積んできた研鑽、その本質を」


 断続的に聞こえる爆発音が耳を打ち、床を失ったことによる浮遊感がカイルに未知の、あるいは久方ぶりの感情を想起させる。……それはきっと、『恐怖』と呼ばれるモノによく似ていた。

ほんっとうにお久しぶりです。待っていただいていた方、ありがとうございます。たまたま見つけてくれたよって人、ありがとうございます。

社会人になってから色々――本当に色々ありまして執筆から離れていたのですが、ぼちぼち自分のペースで復帰しようかと思います。以前のように毎日投稿とはいきませんが、どうかよろしくお願いいたします。前よりももっとクオリティに拘って行ければと思いますのでご期待ください!

それでは、また次回でお会いいたしましょう!

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